連載小説 「異土に焦がれて」 44 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

「レオン・ブルムは平和主義者で、労働者にバカンスを与え、軍事を疎かにしたのでドイツに負け

たんでしょうか?」

 啓は、先ほど訊ねかけてしなかった質問をぶつけた。

「そんなことはない。それはヴィシー政権の言いがかりだよ」

 ラウルがみんなを代表して答えた。

「実際は、ドイツとの戦争の脅威に備えるために、軍事産業を拡大し、雇用を創出した。そうするこ

とで世界恐慌から脱出を目指したんだがね」

 ラウルは知識人らしい落ち着いた話し方で啓に解説をしてくれた。

「ブルムはナチスに逮捕される危険を知りながら、パリに残ったんだ。ヴィシー政権はフランスを弱

体化させた責任をブルムなすりつけて逮捕した。あちこち引きまわされた後、チロルの強制収容

所に入れられた。ブルムの弟はアウシュヴィッツで処刑されたよ。ドイツが敗け始めて、ユダヤ人

の処刑を速めろと命令が出されたんだが、チロルの強制収容所は聞かなかった。それで、ブルム

は生き延びたんだ。連合軍に救出され、戦後も短期間首相を務めた後、パリで死んだよ」

 ラウルの話でみんなの気分が沈んだのを見て、ダニエルが陽気な声を挙げて言った。

「アンナがタルトを作ってくれたわ。みんなテーブルについて、いただきましょう」

 ラウルがそれぞれのグラスにワインを注いで回った。ワインはブルゴーニュ産の赤でルビー色が

美しかった。

フランスの田舎暮らし-パーテイ



 アンナが大皿に乗った手作りのポテトとチーズ入りタルトを、切り分けていた。彼女はその晩、ピ

ンクのTシャツの上にブルーのジャケットを着て、胸にペンダントを提げていた。アンナが上体を傾

けるとそのペンダントが前に垂れるのが見えた。金色の細い鎖の先に小さなハート形のルビーが

嵌めこまれたペンダントだったが、そのルビーの赤の色が鮮やかな輝きを放って啓の目を射た。

 アンナは切り分けたタルトをひとりひとり皿に配った。

 ラウルがグラスに注いだ赤ワインは高級ワインではなかったが、格別美味いと啓は感じた。透

明なグラスに光が差しワインがルビー色に輝やいた。

 アンナのペンダントのルビーと、ラウルが注いだ赤ワインの、ふたつの赤い色は、啓が思春期

に、仄かに西洋の象徴として眼に浮かべた赤と繋がった。啓はこの赤に惹かれ、西洋に憧れてこ

こまで来た。アンナに誘われ、ダニエルのアトリエで、版画作りを始めたことで、啓が青春時代を

通して憧れ求めていたものが見つかったと思った。

「アジメはフランスの画家でだれが好き?」

 ときどきアトリエに顔を見せる主婦が啓に聞いた。

「僕はやっぱりモジリアニが好きです」

 啓はイタリアのトスカナ地方出身のこの画家が好きな理由に裸体画の色を挙げた。

「モジリアニの裸婦たちは、みんな黄色か橙色ですよね。東洋人に親しみやすい色です。ゴヤの

マヤ夫人みたいに象牙色でもなければ、ルーベンスの輝かしいミルク色でもない。イタリアの地中

海の太陽に温められた庶民の女の裸体が自然のまま露出されてますね。恥じらいを微塵も見せ

ず裸体を曝け出してます。見せる喜びを感じてるとでもいうように、自然な微笑が口許に現れて

る。ポーズしてる女の感情が生々しく伝わってきますよね」


   (つづく)


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