グループ展が開かれている画廊は、トリニテ教会の脇にあった。教会前の広場からサン・ラザー
ル駅へ登ってゆく道の角にあり、二面が総ガラス張りの明るい画廊だった。
入ってすぐのところに天上からワイヤーで吊るされた特大判の版画が展示されていた。タイルの
ような紫、青、赤の四角が幾つか島のように纏まって点在し、間をヒモか糸くずのような繊細な形
が無色で刻印されている。絵の下にダニエルと作者の名前が貼ってあった。それはアトリエで指
導している先生の作品らしかった。
残りの壁一面に生徒たちの作品が展示してある。淡いオレンジや黄色い光が闇の底から浮か
び上がるように見えるのもあった。アンナの作品はすべてモノクロームで、水鳥や山の形が明快
でアンナの明るい趣味の良い性格が感じられた。
トリニテ教会の前に扇形の公園があり、灌木やマロニエの若葉がきらきらと輝きを放っていた。
公園の脇にあるカフェーのテラスには、初夏の豪奢な黄金色の光が溢れ、椅子に腰掛けた人々
は、長く陰鬱な冬の間とじ籠められていた生命が、溢れる光に踊り出したように活気づいていた。
その楽しげな様子を見て、啓とアンナも太陽に飢えていたように足が自然とテラスに向かった。
「やっとお日さまに慈しんでもらえるわね」
椅子に腰を下ろすなりアンナは太陽に顔を向け眩しそうに眼をしばたたきながら独りごとのよう
に言った。その日のアンナは、ベージュの丸首のTシャツの上に薄い藤色のシャツを着て、モスグ
リーンのスカートを穿いていた。
アンナの顔は卵型で、鼻筋がすっと通り、上唇がやや厚い感じだが唇のラインがくっきりと明快
なのが眼とともに知性的な印象を与えた。
「ハジメはどうしてパリへ来たの?」
アンナの顔に見とれている啓の視線を感じたのか質問を投げてきた。啓は<アーサー王伝説>を
読んで聖杯に惹かれたからと口から出かかるのを押さえて言った。
「絵が好きだから。街頭絵描きになるなんて夢見たんだ。それと、十五歳のとき、モジリアニが主
人公の映画を見てすごく感動した。それからは、エコール・ド・パリの絵が好きになって、どうして
もパリへ来たくなったんだ」
アンナは顎に手を掛け微笑を湛えながら聴いていた。
アンナの髪は金髪に少し栗色が混じり、短く男の子のように刈り、肌の色は透明でなくちょうど
牛乳の白さで、少し赤味が差している。
(つづく)
