連載小説 「異土に焦がれて」 24 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

 啓は画廊にある本を下宿へ持って帰り読んでいった。第二次大戦後の美術界の動向と抽象絵

画とはなにかを理解したかった。

 抽象画について啓が知っているのは、ピカソと、セザンヌくらいだった。オランダ出身のモンドリ

アンの絵は平面を直線で分割しただけで見ても何の感情も沸かなかった。一方、カンディンス

キーの絵は色彩が奇麗で、点や線や半円形や曲線やアメーバみたいな形が面白く見て楽しかっ

た。音楽を聴くような感じがした。

 カンディンスキーが、絵とは外界をコピーすることでなく人間の内面の動き、魂の作用を、点や線

や様々の形と色を使って表現することだと書いているのを見つけ啓はやっと抽象画を理解できた

と思った。色彩についてこの画家が、モネの<乾し草>を見て啓示を受けたことも具象画から抽象

画への継承と発展があるのだと思った。

 それでも啓は具象的な形へこだわらずにおれなかった。高校に入学して最初の幾何の授業で

『点』と『直線』の公理が出て来て、そんなものは現実にありえないと気がついてショックを受けた

時、点や線や幾何学的形態が人間の頭脳にしか存在しえない、いやありえないものを無理やり

あたかも見えるように決めて幾何学を構築していることに気付いて以来、抽象的思考というものに

疑いを持ち続けた。


 版画ビジネスの方法として一品一品の小売販売では数も限られてるし、啓が受け取るコミッショ

ンも多寡が知れている。もっと数を稼げ、大量販売できる方法を考えねばと頭を捻り、やがて啓

は、版画のリースを考えついた。部屋の壁面を飾る絵の需要があるビジネスは、レストラン、カ

フェー、それにホテルだ。レストランやカフェーでは壁面は限られている。一方、大きなホテルは百

も二百も部屋を持ち、部屋の壁面には必ず絵か版画が飾られる。壁に掛けられた絵や版画はホ

テルの所有ではなくてほとんどがリースなのだ。

 その頃、啓はようやく物置小屋から出て、少しましな部屋に入っていた。相変わらず家具も調度

品も無い屋根裏部屋だったが、家族や友人・知人がパリに遊びに来るたびにホテルを訪ね、部屋

に額絵が飾られているのを見ていた。高級なホテルなら油絵が、普通はアクリルやシルク・スク

リーンや版画が掛けてあった。

 昔から有名なヴァンドーム広場のリッツ、コンコルド広場に面したクリヨンなど、パリは観光で

持っている街なので異常にホテルが多い。だが、超高級ホテルは、資本関係や昔からの縄張り

やコネで、一匹オオカミが割り込む余地はない。飛び込みで入ったところで追い出されるのがオチ

だ。フランス人は業者といえども顔の繋がりを大切にする。既に入っている業者との契約をキャン

セルし乗り換えてもらうだけのメリットを提供できるか?と考えると無力を認めざるを得ない。

 狙い目は中小のホテルだ。しかも改装工事中か新しく進出したばかりの外資系が良い。ター

ゲットを絞って探すと意外と沢山あることが分かった。二つ星、三ツ星ホテルの数は数百にのぼ

る。

 啓が契約を獲得した最初の客は、そのころ再開発が始まったサンルイ島の北側のマレー地区

にあるチュレンヌ・マレというホテルだった。チュレンヌは太陽王ルイ十四世が若い頃活躍した名

将の名前だ。部屋数四十。額装、飾り付けをサービスし、四十ある部屋全部に額絵を入れる。三

か月で一枚の額絵のリース料金を設定してあったが、全部の部屋に一年間額絵を提供するリー

ス契約をしたいというので割引いて各部屋三か月ごとに年四回交換する条件で金額を提案した。

四十部屋全部に入れるので、これも合計を丸めて割り引いた。契約書はロロザにサインして貰っ

た。

 啓の報酬は約束通り二十パーセントで四千フランを貰った。当時一フランの相場が七十円だっ

たので換算すると二十八万円の計算になる。学生が、四か月は暮らして行ける金額だった。啓は

この金を節約して暮らし、アンナの居るアトリエに通うことができた。


  (つづく)


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