連載小説 「異土に焦がれて」 10 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

 その年の暮れ、啓は一本のフランス映画を観た。

 ジャックベッケル監督の<モンパルナスの灯>だった。モジリアニの晩年を描いた映画で、貧困と

戦いながら純粋に美の探究に命を捧げた画家の悲劇的な最後を描いている。モジリアニを演じる

ジェラール・フィリップが魔性にとり憑かれた画家の悲劇を深い個性で演じ、貧乏だが気位高い画

家にひたすらな愛を寄せるジャンヌをアヌク・エーメはかげろうのような薄幸を漂わせた演技で観る

者の同情を誘わずにおかなかった。


 二十世紀初頭のベルエポックと呼ばれる繫栄期から、第一次世界大戦で疲弊した後も、パリに

は、外国から大勢のアーチストが集まりコスモポリタンな雰囲気を作っていた。初めモンマルトル

に、ついでモンパルナスのロトンドやドームなどのカフェに、画家たちはたむろして、時に乱痴気騒

ぎを催した。この時代のパリには、日本から藤田嗣治、里見勝蔵、佐伯祐三、岡本太郎、深尾須

磨子などが滞在している。


 ピカソとともに黒人芸術に霊感を受けキュービスムから出発したモジリアニは、初め細長い顔の

抽象的な彫刻を作ったが、新しすぎて大衆には理解されなかった。映画はモジリアニがカフェで

労働者をモデルにデッサンする場面から始まる。労働者は描き上がったデッサンを見てこんなも

のいらないと突き返す。その様子を秘かに観察する男がいる。モジリアニの絵を評価している画

商のモレルだった。彼はこの画家の絵が将来高い値をつけると踏んでいるが、冷徹に買い取る機

会を狙っており、貧しい画家を助けようとはしない。 モジリアニは仲間から、呪われたという意味

の『モディ』の愛称で呼ばれていた。結核を病み、アルコールに溺れた貧乏画家は、その名の通

り最後は路上に行き倒れ、病院に運ばれ死んでしまう。


 モジリアニは必ず若くして死ぬとモレルは予言し、画家の友人の画商ズボロフスキーからハゲタ

カ呼ばわりされる。モレルの予言どおり画家は三十五歳で世を去った。画家の跡をつけ、病院で

息を引き取るのを見届けたモレルは、ジャンヌが待つアトリエへ行き絵のすべてを二束三文で買

い取る。親に結婚を反対され、最愛の伴侶が倒れ、絶望したジャンヌは、モジリアニが逝った翌

朝、窓から身を投げる。お腹に八ヶ月の子を宿していジャンヌは二十歳になったばかりだった。


 秋の学園祭に啓のクラスは劇を上演することになった。三人の実行委員のひとりに啓も選ば

れ、何を上演するかにつき議論した。<ドモ又の死>とか<オットーと呼ばれる日本人>とか<夕鶴>

とかが候補にあがったが、純朴すぎたり、政治的すぎたり、マンネリすぎて
どれも適当でない。

もっと僕らに相応しい劇はないかなと三人はそれぞれ知る限りの戯曲を探したが思い当たらず沈

黙した。啓もこれといったアイデアはなかったが沈黙が息苦しくなって、最近、<モンパルナスの

灯>を見て感動したと口に出した。
二人が啓の顔を見て、それいいじゃないか、君が脚本を書けば

いいと口を揃えて言った。脚本など書いたことのない
啓はそんな積りで言ったんじゃないと逃げた

感動が大切なんだよと二人に煽られ結局、脚本を引き受けることになった。学園祭は十月の終

わりで、上演の準備と稽古に一ヶ月は要る。啓に残された時間は二週間だった。


  (つづく)


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