画を参考に、一幕ものの劇を仕立てることにした。場面はパリのモンパルナスの貧乏画家のア
パート。登場人物。主人公の画家、アメディオ・モジリアニ。その恋人、ジャンヌ・エビュテルヌ。友
人の画商、レオポルド・ズボロウスキー。冷酷な画商、モレル。劇の最初と最後にナレーションを
入れ、状況を説明する。モジリアニの愛人で女流作家のベアトリス・ハスティングス。五人の芸術
家が舞台に上るが演技やセリフはない。
幕が上がる前にナレーションの声が響く。
「二十世紀の初頭、パリは芸術の中心でした。世界中から芸術家が集まり、キュービスム、フォー
ビスム、そして未来派、シュール・レアリスムなど次々に新しい芸術の実験が行われます。そん
ななかにエコール・ド・パリと呼ばれる画家たちがいました。
一九二十年一月。パリのモンパルナス。イタリア人の画家アメディオ・モジリアニは、ピカソ、藤
田、スーチン、ブラック、マックス・エルンスト、キスリングなどが集まって暮らす建物の一室で貧し
いながら純粋な芸術に情熱を傾け、制作に励んでいます」
幕が開くと舞台は画家のアトリエ。椅子に腰掛けた妻のジャンヌをモデルに画架に向かい絵筆
を握るモジリアニの姿が薄暗い照明にかろうじて浮かび上がる。
「画家の生活は貧しく、暖房の薪を買うお金もありません。同じ階に住む、友人で画商のズボロウ
スキーが客を見つけ、モジリアニをアメリカ人の富豪のところへ連れて行きますが、買った絵をビ
ジネスに使いたいと富豪の意図が分かると、プライドを傷つけられ、画家は席を立ってしまいま
す」
啓が脚本を書く上で参考にした映画の場面はこうだ。
ズボロスキーが絵の買い手を見つけ画家をホテル・リッツへ連れて行く。出発の準備にあわた
だしい中で富豪は、絵が大好きだとセザンヌの絵を取り出して自慢げに見せる。
モジリアニの絵の人物が眼を青く塗りつぶされているのを見て富豪は突然声を挙げる。
「いい考えがある」
富豪はアイデアを見つけた喜びを隠さず、アメリカ人らしい無邪気さで打ち明ける。
「私の会社でこんど新しい香水を発売するんだ。青い水……。そうだ、青い水って名前にしよう。
そしてこの絵をラベルにして香水瓶に貼り付ける。ポスターにしてあちこちに宣伝する。売れること
間違いなしだ」
「瓶のラベルにするんですか?」
モジリアニは富豪の俗物性を即座に見抜いて言う。
「ポスターにするんですね。ピソチエールにも貼るんでしょう」
「ピソチエールってなんだね?」
アメリカ人はパリの歩道にある小便所をピソチエールと呼ぶと知らない。この俗物は金の事しか
頭にない。絵の価値などわからないんだ。激しく失望したモジリアニは自虐的に言ったのだ。
「この絵を便所に貼るんですね」
美の女神を冒涜するグッドアイデアだ。内心怒ったモジリアニは立ち上がりドアを開けて出て行
く。アメリカ人は何が起こったか解らない。
(つづく)