連載小説 「異土に焦がれて」 9 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

                            

 渡辺先生の話は、その時はそれほど意味があるように感じなかったが、結局、啓の人生をすっ

かり変えるほど重みを持ってしまった。

 中学まで科学者かエンジニアになりたいと思っていた啓は、高校に入り自我の目覚めとともに

学校で教えることにも懐疑を向けるようになった。最初が幾何の公理だった。『点』と『直線』の公

理を啓は疑った。「点とは、位置だけあって大きさの無いもの」。「直線とは、点と点を結ぶ長さだ

けあって巾の無いもの」。そういう幾何学の公理は、疑う余地のない『決めごと』と教えられた。

 まてよ。ちらっと疑いが頭を擡げた。「大きさが無いものが存在するだろうか? 大きさが無く存

在もしないモノが位置を持つことなんて出来ないじゃないか。巾の無い線なんて現実には在り得

ない。存在しないものに長さがあるわけがない」

 啓の質問に教師はただひとこと「それはキミ、グモンだよ」と答えた。

 素朴だが数学の基本にかかわる疑問を愚問とはぐらかした教師への啓の不信は、受験体制そ

のものへと拡大していった。数学と英語が重視されるのは大学受験の重要科目だからではない

か? 美術や倫理・哲学が軽視されてると感じた啓は、数学の時間に<ソクラテスの弁明>や<ロ

ダン>を読んだりした。ミロのヴィーナスやヘルメスの石膏像が並ぶ美術教室へ行き、『西洋への

憧れ』に身を任せるのだった。秋になり孤独感に捉えられた啓は、学校を抜け出て、帰路の途中

にある小高い丘に登り、日だまりで図書室で借りた本を広げながら憂愁に沈むのだった。

 その本を棚から手にとって捲るうち、一瞬、啓の眼に『赤い光』が見えた。ルビーのような赤。葡

萄酒のように透明で魅惑的な赤。まだ見たことがない西洋の教会のステンドグラスの透明な赤い

光のようでもあった。

 小高い丘の枯れ草に腰を降ろし小春日和の暖かい陽に当たりながらその本の文字を拾ううち、

啓の心は、まだ見たこともない遠い西欧の風景への憧れで満たされるのだった。

<アーサー王と円卓の騎士団>という中世ブリテンの騎士道伝説がとりわけ啓の興味を惹いた。

英雄アーサー王と円卓の騎士は理想の王国建設を志しながら、王妃グイネヴィア姫と騎士ランス

ロットの不倫のために崩壊の危機に直面する。王国を救う唯一の道は『聖杯=グラール』を探しだ

すことだ。騎士たちは馬に乗り<聖杯探究>の旅に出る。が、全員悪の化身モルドレッドに殺され

てしまう。騎士の中で最も身分の卑しいパーシバルが最後に残り、湖に放り込まれるが溺れ死ぬ

寸前で鎧を脱ぎ捨て、水から這い上がる。瀕死のパーシバルが見た夢の様な光景に現れた物こ

そ『グラール』だった。アーサー王の許へ聖杯を運んだパーシバルが杯の液を飲ませ、アーサー

王は正気を取り戻す。

 アーサー王物語を読みながら啓は、パーシバルが見つけた聖杯とその液体を想い浮かべた。そ

れはキリストの赤い血の色だ。ちょうど、秋の夕方で沈む夕陽が裸の欅の網目模様を茜色の空に

浮かび上がらせていた。茜色の空を眺める啓の胸に西方への憧れが限りなく嵩まった。その時に

見た『聖杯の赤い血の色』と『茜色の空』は、ある象徴的な意味を持って啓の脳裏に強く焼きつい

たのだった。



   (つづく)
 

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