貧乏を見かねたズボロフスキーが飛びこんで来る。モジの絵を沢山買ってくれる客を見つけた。大急ぎでモジとジャンヌを連れ、ホテル・リッツへ行く。アメリカの実業家は帰国準備で慌ただしい。モジはすぐに場違いなところに居る自分を感じ取る。
アメリカ人の富豪は「絵が大好きだ。こんど、こんな絵を買った」と言いながらトランクからセザンヌを取り出して見せる。
「君は風景画は描かないのかね?」富豪が画家に問う。「ゴッホは言いました」モジが言いかける。そこへ、富豪夫人がくる。「ダーリン。早くしないと汽車に遅れるわよ」
やっと言葉を挟む隙を見つけたモジリアニは言う。「ゴッホは人間の眼にはカテドラルに無いなにかがある……と」
アメリカ人富豪はモジの絵の人物の眼が青く塗りつぶされているのに着目する。「青い眼。青い水。そうだ、いい考えがある。こんど私は新しい香水を発売するんだ。そのラベルにこの絵を使おう。ポスターにもして方々に宣伝する。売れること間違いなしだ」
アメリカの富豪はついに本性を現した。モジは見逃さない。こいつは絵がわからん俗物だ。
「ラベルに使うんですか? ポスターにしてあちこちに貼る。メトロにも。……ピソチエールにも貼るんでしょう」
自嘲気味に、被虐的に画家は言う。
「ピソチエールってなんだね」
30年前までパリの歩道には「エスカルゴ」とも呼ばれる小便所があった。僕の絵を公衆便所に貼るんですねと画家は自虐的に言ったのだ。
「美」への純粋な信仰を持つ画家は作品が香水の瓶のラベルに使われたり、公衆便所に貼られたりが耐えられない。生活の為に金は欲しい。が妥協できない。子供みたいに純真な「美」への信仰と「金儲け」への侮蔑。自尊心から画家はドアを開け出て行ってしまう。
そこまでの場面をヴィデオで見てみましょう↓
この現実生活との妥協の拒否は画家の命と引き換えの行為であり、まさにこのあとモジリアニは行き倒れ死んでしまう。
せっかくのチャンスを自尊心からぶち壊したモジリアニはジャンヌと意気消沈して下宿に帰ってくる。ジャンヌは8カ月の子供をお腹に抱えている。食べるものを買う金もない。画家はすでに死が近いことを自覚している。
「ごめんよ、ジャンヌ。僕たちは、あの世で幸せになれるんだね……」
そういうモジリアニの眼はすでに遠くを見ている。
子供じみた純真さ故にジャンヌとそのお腹に居る子供にひもじい思いをさせていると反省したモジリアニは、デッサンを数枚掴みカフェーに売りに行く。「あたしも一緒に行くわ」というジャンヌに
「いいんだ。若い女は夜は出歩かないもんだよ」と言い残して出て行く。それが二人のこの世での別れ
だった。
(つづく)
