ナポレオン、ロベスピエール、ダントン | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

この殺戮の場面を遠くから静かに眺めている軍人がいた。若き日のナポレオン・ボナパルト。カルーゼルの建物の窓から戦闘を見降ろしていた。彼はこう記している。

「傷ついた人間を殺す。兵士に包帯を巻いていた二人のスイス人の医師が殺された。女たちがスイス人の傭兵の死体に淫らな行為をするのを私は見た。女は切り取った血の滴る男根をこれ見よがしに掲げて振り動かした。下司女め!」

革命は旧秩序の破壊だから、体制の破壊に伴って、社会秩序、風俗、道徳の破壊が噴出する。ましてや、暴徒
たちが荒れ狂う、生と死の見境がつかない混乱した状況では、人間は普段隠されていた残虐性や破廉恥行為を剝き出しにする。サド侯爵が「悪徳の栄え」を書いたのは、ちょうどこの大革命の時期だった。

フランスの田舎暮らし-Louismanage


叛徒が王門から宮殿の中庭になだれ込み、殺戮が始まる寸前に、ルイ16世とマリーアントワネットは子供二人を連れ、宮殿のすぐ脇にある議場へ避難した。議場には一段高い場所に国王の玉座があり、国王は家族と一緒にそこへ身を落ちつけた。

スイス人傭兵がほぼ全滅し、王党派の「聖ルイ騎士団」も逃走してしまい、殺す相手がいなくなると、叛徒達は宮殿の破壊と略奪を始めた。王妃に付き従っていた貴婦人たちは宮殿に残っていたが、叛徒は別に危害を加えることはなかったという。ただ、
男たちに混じっていた女たちが罵詈雑言を浴びせかけるだけだった。

フランスの田舎暮らし-女たち

叛徒達は議場に向い、玉座に居たルイ16世家族を取り囲んだ。国王の失権を立法議会に望んだのに議会は結論を出さなかった。そのためにこの日(10日)の朝、打ち鳴らされる警鐘を合図に、群衆は宮殿に押し掛けた。国王を逃がしてはならない。
どこかへ拘禁すべきだ。こうして選ばれたのがテンプル(仏語でタンプル)の塔だった。ルイ16世とマリーアントワネットは二人の子供、ルイの妹のエリザベットと共にテンプルの塔へ連行された。


フランスの田舎暮らし-Tuilerie


ロベスピエールは襲撃には参加しなかった。サントノレ通りのデユプレイ宅に籠り、銃声を聞いていた。夜になりヴァンドーム広場へ行くと群衆がルイ14世の銅像を引き倒し、女も交えた市民が国王という文字や百合の紋章をハンマーで叩き像を打ち壊していた。ロベスピエールはパリの蜂起コミューンの代表に選ばれていた。

一方、パリの西南に隣接した郊外、シャラントンにはダントンがコミューンのメンバーと共に居た。彼はコミューンの旧メンバーを追放し、蜂起コミューンを作り、この日の襲撃を組織した。ダントンは弁護士だったが、がっしりした体躯、四角い精力的な顎と口、小さな鼻と敏捷に動く眼を持ったエレガンスとは正反対のむしろ粗暴な印象を与える男だった。食べることと色気、金を愛し生を享楽する男( bon vivant )の代表みたいな男だった。パリのコミューンはダントンを執行委員長に選んだ。反乱軍の最高権力者である。

フランスの田舎暮らし-ダントン


フランス大革命には、フリーメイソン(仏語でフラン・マッソン)が重要な役割を果したと言われる。

人権宣言の全条項を書いた大きなポスターがある。その一番上に三角形の中に見開かれた片眼が描かれている。

フランスの田舎暮らし-人権宣言


アメリカ合衆国の1ドル紙幣にもこの三角形の眼が印されている。いずれもフリーメーソンの象徴:「世界をみそなわす眼」である。

フリーメイソンは秘密結社なので、公表されている文献が少ないが、フランス革命との関係を調べるのは、これからのめのおの課題と思っている。

ダントンはフリーメイソンのメンバーだった。

(つづく)

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