これに対し、ジャコバンなどの過激派はモンタニャール(山岳党)と呼ばれた。これはなにも山岳部出身の山男が多かったとかの意味ではなく、常に議場の上壇、階段状の議席の上の方を占めていたことによる。
演説には、むろんフォーシェのように「国王処刑は共和国の利益に反する」と反対意見を唱える者も出た。
この議会開会中にルイ16世の部屋には、巧妙に造られた隠し戸棚があり、これが開けられて720点もの国家機密に関わる書類が発見された。これによっていっそうルイ16世の心証が害された。
ロベスピエールはサンジュストの後を受け「王制は人類にとっての犯罪である。私は国民公会がルイをフランス国民( Nation=国家の意味もある)の敵であり、人類(ユマニテ)の敵であると宣言するよう求める」と演説し万雷の拍手を得た。
しかし、ジロンド党が、国王を暗殺するのでなく、裁判上の行為( acte judiciere )の対象とすべきだと主張し、一日中長い白熱した議論を重ねた後、その日のうちに、国会は、ルイ16世は国民公会によって裁かれるべきだと布告した。
国外逃亡を図り、ヴァレンヌで捕えられてからルイ16世一家は、マレー地区の旧テンプル騎士団の塔に幽閉されていた。
髭剃り、ハサミ、およそ刃物に類する一切の持ち物、国王がそれを使って自殺を図る危険のある物はすべて取り上げられた。メガネまでも。
塔の上を散歩するルイ16世。狭間には眼隠しが施されている。
この絵はマレー地区のカルナヴァレ博物館に展示されている。
12月6日。 国王ルイは国民公会で裁かれるために引き出された。髭が伸び、髪は後ろで束ねられ、顔はやつれていた。100人の武装した兵と大砲までが隊列に従った。
議長のヴィユザックがルイに申し渡す。
「ルイ。フランス国民はあなたを告発している。国会は12月3日、あなたが国会により裁かれ、被告人として出廷するよう布告した。今から訴状を読みあげる。お座りください」
書記官が訴状を読みあげる。一項読みあげるごとに議長はルイを尋問し答弁を求めた。
議長 「ルイ。フランス人民は、あなたが専制を確立するために人民の自由を破壊して犯した数々の罪状を告発する。
1789年6月20日、あなたは、代議員による国会を中断させ、その議場から議員を暴力で追い出すことで人民の尊厳を侵害した。
6月23日には、法律を国家に押しつけた。議員を軍隊が取り囲み、自由を破壊する二つの国王宣言を提出し解散を命じた。
これに何と答えるか?」
ルイはこれに対し「当時そのような(国王の)行為を禁じるいかなる法律も無かった」と答えるにとどめた。
(つづく)
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