1)ひとつはこの丘の中腹の家に20世紀初頭の作家ロマン・ロランが晩年住み、そこで没したこと。大河小説「ジャンクリストフ」を思春期に読み、深く感動したこと。丘の中腹には前衛作家のジョルジュ・バタイユも住んだ。
2)頂上のバジリック(聖堂)マリー・マドレーヌ寺院は、「カルメン」を書いた19世紀の作家・文化大臣プロスペル・メリメの決定で、パリのノートルダム大聖堂とかピエールフォンのお城などを修復した中世が専門の建築家ヴィオレ・ル・デユックが復元した。1979年にユネスコ世界遺産に指定された。
3)この丘は昔から聖地であり、サンジャックコンポステルへの巡礼の途上にある重要な宿駅だった。さらに十字軍はここに集結し聖地へ向った。1146年3月31日復活祭の日第二次十字軍が、さらに1190年7月2日にはリチャード獅子心王率いる英軍とフリップ・オーギュスト率いる仏軍の第三次十字軍が出発した。
そしてこの聖堂の地下のクリプトにマグダラのマリア (Maria Magdolna )、(フランスではマリー・マドレーヌ= Marie Madeleineと呼ばれる事が多い)の遺骨が祀ってある。
1)と2)については、今後追々に語ってゆくとしよう。今日は3)、なかんずくマグダラのマリアについて。
ジョルジュ・ド・ラ・トウール 「マリ・マドレーヌ」↑
マグダラのマリアは1世紀に成立した、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書に4つの場面で、それぞれ少しずつ違った形で登場する。福音の旅、キリスト磔刑の立会人として、キリスト埋葬の立会人として、そしてキリスト復活の証人として。
少し長くなるが、ヨハネによる福音書から引用する。
--------彼女(マグダラのマリア)は後ろを振り向いた。するとイエスが立っておられるのを見た。しかし、彼女にはイエスであることがわからなかった。
イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか?誰を探しているのですか?」
彼女はそれを園の管理人だと思って言った。「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言って下さい。そうすれば、私が引きとります」イエスは彼女に言われた。「マリア」。彼女は振り向いてへブル語で「ラポニ(先生)」とイエスに言った。
イエスは彼女に言われた。「わたしにすがりついてはいけません。わたしはまだ父のもとに上がっていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに、わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上がる
と告げなさい」マグダラのマリアは行って、「わたしは主にお目にかかりました」と言い、また、主が彼女にこれらのことを告げられたと弟子たちに告げた。(引用終り)
このようにキリストは処刑され墓に埋葬された後、真っ先に姿をマグダラのマリアの前に現した。しかし、ここまでの記述ではマグダラのマリアには「罪深い女」のイメージはない。
一般の世人が抱いていた、マグダラのマリアのイメージは一言では「悪女」、女の罪業を一身に背負った、詰まるところ娼婦だった。そして過去の罪を悔い改めキリストに香油を塗り足を髪でぬぐい接吻すことにより改悛した娼婦のイメージを表出した。
「罪深い女」マリアのイメージはルカとマルコが「イエスは以前、この女(マグダラのマリア)から七つの悪霊を追い出されたのであった」と記述していることによる。
大グレゴリウスによれば、この七つの罪とは----邪淫、貪欲、貪食、怠惰、憤怒、羨望、高慢である。
聖書には、マグダラのマリアとベタニアのマリアが出てくる。
ベタニアのマリアは、ヨハネによると「主に香油を塗り、髪の毛でその足を拭ったマリアで、病んでいた彼女の兄弟のラザロを生き返らせてもらった」
しかし、ルカによると「罪深い女」は「イエスがパリサイ人の家で食卓についていることを知り、香油の入った石膏の壺を持ってきて泣きながら、イエスの後ろで御足の傍に立ち、涙で御足を濡らし始め、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗った」
岡田温司著 「マグダラのマリア」(エロスとアガペーの聖女)中公新書によれば、
教会国家の基礎を確立した教皇大グレゴリウスが、この二人のマリアは同一人物でマグダラのマリアとした。
マグダラのマリアは罪深い女である限りエヴァの末裔だが、悔い改めにより喜望につながり聖母マリアに近づくことが出来る。まことに人間的な女性と転身した。
テイシアン・ マグダラのマリア↑
外典の「フィリポによる福音書」にはマリアについてこうした記述がある。
---主はマリアをすべての弟子たちよりも愛していた。そして主はしばしば彼女の口に接吻した。他の弟子たちは彼がマリアを愛しているのを見た。彼らは彼に言った。「あなたはなぜ私たちよりも彼女を愛されるのですか」。救い主は答えた。彼は彼らに言った。「なぜ、私は君たちを彼女のように愛さないだろうか」
また、この福音書ではマリアはイエスの「伴侶」とも呼ばれている。
ダン・ブラウンの「ダヴィンチ・コード」では象徴記号学の専門家ラングドンと一緒に犯人と追いつ追われつする暗号解読官ソフィーは、キリストの伴侶すなわち妻であるマグダラのマリアの子孫と設定してある。
ダヴィンチの最後の晩餐のキリストの左に居る人物こそ、キリストの配偶者マグダラのマリアだという。
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---主はマリアをすべての弟子たちよりも愛していた。そして主はしばしば彼女の口に接吻した。他の弟子たちは彼がマリアを愛しているのを見た。彼らは彼に言った。「あなたはなぜ私たちよりも彼女を愛されるのですか」。救い主は答えた。彼は彼らに言った。「なぜ、私は君たちを彼女のように愛さないだろうか」
また、この福音書ではマリアはイエスの「伴侶」とも呼ばれている。
ダン・ブラウンの「ダヴィンチ・コード」では象徴記号学の専門家ラングドンと一緒に犯人と追いつ追われつする暗号解読官ソフィーは、キリストの伴侶すなわち妻であるマグダラのマリアの子孫と設定してある。
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