田代は気になっていたことを思い切ってダニエルに訊いてみた。
「ああ」とダニエルは一瞬、口を噤んで顔を蒼ざめさせたが、「テロは卑劣な手段だよ。イデオロギーやドグマを人に押し付けるべきではない。同じように、会社も現場の人間関係を尊重して欲しい」
ダニエルは組合員だが過激ではない。会社と工員の間に立ち班長としての責任も果たす。
「僕は個人のパーフォーマンスよりグループの協力を大事にしてきた。ピッポは現場を知らない。ちょっと眼で、バラバラ、無秩序で効率が悪いと見るようだが、グループにはちゃんとした秩序、人間的な調和がある。杓子定規にひとりひとりを規則で縛るのでなく人間の関係、共存の精神を尊重して欲しい。ひとりが遅れれば誰かが助ける。互助の精神は個人の野心を煽るシステムでは育たない。任された責任の範囲で、ひとりひとりが人間として悟性と判断力を発揮しながら緊急事態に対処できる体制を作っている」
「怠ける人間が足を引っ張る形の連帯でなく、全員が上へ向かって連帯出来ればいいですね」と田代は言った。
その場にはカトリーヌも居てダニエルの話に共感する表情で聴いていた。ヴァンデンベルグという姓を持つのでドイツかオランダの家系かと聴いて見る。
「あたしは、南仏のプロヴァンスで生まれたのよ。父はアルザスの出身だわ。ドイツに占領された時に、南に逃げ、エクスが気に入ってそのまま住み着いたのよ」
カトリーヌは少し垂れぎみの胸を故意に、宮原の前に張り出してみせ、グレーと黄色のルノーカラーで縁取りした白衣のボタンを下から一気にひきはずした。
「改善って結局人減らしでしょ。あたしはフローランスみたいに積極的になれないのね。あたしのコパン(彼)はコルシカ人で反体制なのよ」
カトリーヌは肩幅や腰も広くドイツ系の体型だ。美人の類だが、唇が薄く、眼鏡の下の頬骨がラテン系の女性と比べやや広く感じられ、どことなく酷薄さを感じさせる。
一九一二年に、ルイ・ルノーが、テーラーの時間研究に基づく実験をやった時すでに、労働者によりストが行われた。このストを契機に、ルノーの労働者は、時間計測が単にサイクルタイムのスピードアップを目的に行われるのか、労働者にも利益をもたらすものなのか、その検証を組合側に行わせる戦術を生みだした。そして、ルノーの組合である金属同盟書記局は、テーラー主義は進歩を代表する限りにおいて避け得ないものという結論をこの闘争から引き出した。労働の科学的編成は労働者によっても、その適用が彼等の利益を尊重する限り受容できるという考えが生まれたのだ。
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