五月晴れのパリ 26 旅と認識 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

「現代人は新聞、ラジオ、テレビで見聞きし、本で読んで関心を搔き立てられ、実際に行ってみたい、手にとって見たい、体験したいってなるのよ。活字や音声や映像で得た知識には想像力が伴うから、実際よりも大きかったり美しかったりする。長年夢見ていた国へやっと来ても、想像との違いが顕わになって失望することが多いわ。あなたも失望しませんでした?私の教え子は、ルーブルでモナリザを見ると大抵は、ああ、なんだ、こんなちっぽけな絵だったんだって失望の声を挙げるわ」

「イメージが現代人に果たす役割は大きいですよね。その役割は、ひとりひとりにみな違う、ってヴィトゲンシュタインが言ってます。観光に行っても、ガイドブックで事前に見た物しか見ない人が多いですね。ガイドブックの情報を確認するために旅してる。知らない土地へ行って、新しい発見、世界観が変わるような体験を人々は恐れるのか、求めようとしない」

「それは、こわいもの。日常生活が壊れるのは」

フランスの田舎暮らし-コローセーヴル
       コロー、セーヴル↑

「昔のひとはそうじゃなかったんじゃないかって思います。芭蕉は、奥の細道を旅する時、事前に多少の知識はあったでしょうがむしろ予備知識なしに自然の現象と対峙して、感動を句に詠んだんじゃないって思います」

「あらたうと青葉若葉の日の光」

「五月雨をあつめて早し最上川」

「暑き日を海にいれたり最上川」

「荒海や佐渡によこたふ天の川」

「みな自然現象を前にした感動を詠んでますね。先生は日本へ行かれて新しい発見をなさいましたか?」

「本を読んで想像していたのと比べて、失望することが多かったわ」

「日本人は、西洋人と比べて、やはり閉鎖的、排他的とお感じになりましたか?」

「そりゃ、もう……。主人と出会った時には日本人は変わった、親切で教養があって、これなら一緒に暮らせるって思ったわよ。でも、じっさい東京で暮らして見ると、失望することのほうが多かったわね。というか、表面は似たように見えても、底にはどうしようもなく違う風土、文化が横たわってる。絶望しました。それで別れて帰って来たの」

「先生がお若い頃、東洋人と結婚なさるなんて、すごい冒検じゃありませんでしたか?反対されなかったですか?」

「父は反対したわ。母が賛成してくれたの。一緒になんなさいって……。ああ、こんな結果になって、父の言うことを聴かなかった罰だわ」

「東西の文化の違いは深いですね。お気の毒です。戦後すぐの時代に、日本文化に興味を持ち、日本語を学ぶ人は少なかったでしょうね。先生は、同世代の女性としてかなりエキセントリックじゃあありませんでした?失礼になったらお許しください」

「シントックって、フランス人は支那人を馬鹿にするでしょう。そりゃ、変わりもんだったわよ。でも、私が興味を持ったのは西洋列強に半植民地にされた中国じゃなくて、明治維新を成し遂げ、日清・日露の戦争に勝ち、西洋列強に伍して近代化を成し遂げた日本だったの。その歴史、朝鮮を併合して満州に進出した日本の歴史なのよ。特に文化に惹かれたわけじゃあないわよ。
父は教育者だったし、その影響で東洋人に西洋の文化を教えよう、啓蒙しようって考えがあった。そこが間違いの元だったんだわ」
    コロー、ヴィルダヴレイの風景↑                

「学院の先生の中じゃあ、先生がいちばん面倒見がよくって優しかったですよ」

「優しく、甘やかすことが教育者として良いことなのか?反省することがあるわ」

「日本人の先生との違いをいちばん感じましたよ。学院のフランス人の先生方に」

「ルッソーの影響かしらね。エミールは教育論として有効よ」

「駆け足でしたけど、西欧の国々を回って見て、北欧やドイツと違うなってすぐ感じました。フランスへ入って。ラテン人は親しみやすさというか人なつっこさがありますね。ドイツや英国と比べて」

「農業国ですもの。百姓の直接性、身近の人間にはだれとでも家族同然に接するわね。遠慮ってことをしない。日本人は世間体を気にし過ぎるし、文化そのものが、まわりへの気遣いで成り立っている。外国人にはわかりづらい決りや規則があり、みんな守るでしょう。
フランス人は、自分しか原則信じないの。自分の眼で直接見たものしか信じないのよ。だから絵が好きだし、画家が尊重されるの。現実を直截に、ありのままに見るってこと。いいことだわ。フランス人は、イデオロギーとか観念に動かされることが少ないのよ。スターリンのロシアや毛沢東の中国みたいにはフランスは行かないわよ」

「ああ。なるほど、とてもいいことを教わりました。ほんとに子供たちもみんな絵が好きですね。こないだ、町角に立ってスケッチしてたら、子供が二三人寄ってきて、ぼくの絵を覗きこみ、しばらく描く様子を眺め、励ましの言葉を投げかけてくれましたよ」

フランスの田舎暮らし-ヴィルダヴレイ
               コロー、ヴィルダヴレイの池↑


「絵をお描きになるの?」

「パリには絵になる風景がいっぱいあるので。佐伯祐三をご存知ですか?」

「しらないわ。日本人の画家で有名なのはフジタだけよ」

「ユトリロやピサロや佐伯の絵を見てパリに来たくなったんです」

「コローが好きよ。橋の向うのセーヴルの絵を描いてるわ。ヴィル・ダヴレイには池があって、今もコローの碑が立ってるわ。……今日はお喋りばっかで満州国のお勉強できなかったわね。来週は、ちゃんとやりましょう。国際連盟とパリ条約について、も少し勉強が必要よ」

 (つづく)

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