もと新聞部員の俊一には情報がどこからともなく入ってきて、校友誌のコラム欄の担当に、図書の借り出し数が一番多いという理由で賢二が選ばれたことを知っていた。
「冬の図書室はガスストーヴに暖められた本がいい匂いをたてるんだ」
賢二は本の匂いに何かを嗅ぎ取り、それに引き寄せられて図書室に通うのかも知れなかった。
今になって俊一が思うに、弟はこの時すでにのちの彼の青春を決定づけるあることを漠然と胸の底に感じていたのではないか?
この時の賢二が、言葉を探りながら洩らした言葉を俊一は忘れないでいるのだ。
「このジイド全集の装丁、いいだろう。きょう、昼休みに、図書室でこれを手にとったとき、なにか遠い異郷への憧れみたいなものがこみあげてさ。なんてったらいいか。そう、たとえば、グラスに入った赤ぶどう酒の透明なルビー色……。
そういう赤がはっきりと眼にうかんだんだ……。それと、たとえば、いつか外国へ行って教会のステンドグラス、赤や青や緑の焼き絵ガラスを見たとしたら、きっとこんな感じにとらわれるんじゃないかって……。
気高いものにたいしての崇敬の念、ていうのかな。胸がしめつけられて、厳粛な気持ち。そんなものを感じたんだ。
それでこの丘のチャペルを思い出したってわけさ。このチャペルは、いっちゃわるいが、おもちゃみたいで、こっけいだけどさ。
まあ、それなりに西欧の雰囲気は味わえるからね。この本を、ここへ来て読んだらいいだろうなって思うと、待ちきれなくなって……。チュウベエの授業、すっぽかしちゃったんだ」
脇に並んで腰を降ろした甲斐があった。賢二は、本の装丁にかこつけて、ここにいる理由を朴訥に打ち明けたからである。
確かに、その本は淡いベージュの手触りが柔らかな紙のカバーに赤と青の繊細な唐草模様が施してあり、手にとっただけで、遠い西欧への憧れが俊一の胸にも湧き上がってくるのだった。
(つづく)
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