直径一・五センチ、長さ八十センチほどの管に息を吹き込んで音を出す。高音ならば真珠のような輝きをもった音として出す。たったそれだけのために、和秋は、学校から帰った夕方や日曜の朝などに疲れて肩がはるまで練習した。
ただそれだけのことという単純さがいいと和秋は思う。単純だがそれを完壁にするのはむずかしい。ただひとつの音を出すにもひとりひとりの個性がついてまわる。唇の形と膨らみ、口腔の立体的な形、喉の構造、肺と横隔膜の能力といった個人の肉体的特性がたったひとつの音にも表れる。
個性を充分のみこみ、それを使いこなしながら万人に美しいと認められる音を作り出すことが、この道を究めることにつながるだろう。音は単に道の入口にすぎない。それを基礎に、調子、音色、リズムといった曲を作る要素を充分に操れてこそ初めて音楽という道がひらける。道は限りなく深い。こうしたひとつの道を探求し続け究める精神が和秋は好きだ。日本とヨーロッパにはその伝統がある。
十六歳の誕生日に武彦に買ってもらったフルートは日本人向きの、左手の薬指が当たるGキーが中心線より外へずれている、初心者向きのものだった。
十八になった年に、指も長くなったことだしと武彦が言い、すべてのキーが一直線に並び、リング状の穴を指で塞ぐフランス式フルートを買ってくれた。キーの穴に当てる指の腹に空気の震動が伝わり、その痺れの感覚が強いほど、その日は体調が良くていいことがありそうな予感がする。
体と喉の調子が良くて、澄んだ音が響く日は、おおげさに言うと宇宙の本質と共鳴できたようで一日が快い。
(つづく)
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