12 - 7 不義への誘い | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

 「あなたがそんな関係を疑うなんておかしいわよ」

 時子が悲しい顔をつくって武彦に言った。

 「ボクは西洋人に比べて知力も肉体的にも劣るからね。ルフェーヴルみたいな好紳士に口説かれたら君もまんざらじゃないだろうと思ってね」

 武彦は感情の高まりで口の端が震えるのをどうにか抑えながら言った。

 「男の嫉妬っていやらしいわね。あたしはそういう心配がないように和秋についてってもらったんだけど」

 「西洋人は嫉妬を愛してる証拠と受けとって女は歓迎するらしいがね」

 「あたしはなんにもしてやしないわよ。変なふうに勘ぐられたら損だな。疑われてんのだったら、ほんとに浮気しちゃおうかな」

 密通を罪に感じるのは、配偶者を苦しめるからという時子の返事に、それならわからないよう楽しめばいいじゃないか。わざわざ白状して連れ合いを苦しめることはない、とレイモンは言った。

 黙っていることは嘘をつくことにはならない。夫婦間には秘密や隠し事をもたないことなんて教えは嫁入りのときに処女が吹きこまれる道徳だよ。女を中世からの貞操観念に閉じ込めておく古い思想だ。

 配偶者と精神も魂も肉体も完全に結合できれば理想だけど、そんな夫婦は現実にはありえない。長年の仕事と家事で身も心も摩耗し、倦怠が進んで、初めにあった激しい情熱は失われてしまう。

 いちど失われた情熱は男女のあいだで取り戻すのはむずかしい。夫婦のどちらにも欠乏の感覚が出てくる。互いの連れ合いに何かが欠けている。その欠けているなにかが欲しいって思うようになるんだ。僕は家内を自由にさせているし、僕も自由だ。互いによりよい相手が見つかれば、魂と感情のおもむくままにしていいと言ってある。レイモンは誇らしげにそう言った。

 結婚という社会的制約に縛られずどこまでも個人を尊重する自由主義の見本みたいでそれはそれで肯定できることのようにも思えたが、愛情の観点からみれば、どことなく冷たい。社会的、経済的により自由な男に有利な考えのように時子には思えた。

 肉体的に愛を交わしたあとではふつうは愛情が尾を引くものだし、そうなれば黙っているからといって、配偶者との感情がもとのままでは済まなくなるだろうと時子は危惧した。

 最初の恋人に裏切られ、シングルマザーで働きながら苦労して子育てをし、普通の女が味わうはずの幸福を私は持てなかった。一生に一度だけ、一回限りの心も身体も融けるような愛というものを味わってみたい。一回だけなら許される。そんなふうに気持ちがゆらいでゆくのを抑えることも出来なかった。

 (つづく)

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