栄光から悲惨へ : W杯とフランス | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

ジダンヌの頭突き場面をビデオで見た時、「まさか!」と思った。2006年7月9日ドイツのベルリン・オリンピック・スタジアムで行われたW杯決勝戦の出来事。
だれもが現実に起こったなど信じられない。悪夢ならいいがと思った事件だった。

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フランス・ナショナル・チームのキャプテン。司令塔の彼が、チームの優勝がかかったことも忘れ、テレビで観戦中の数百万のファンも忘れ、イタ公に「おまえのかあちゃんデベソ」とか言われたのか切れてしまった。

プロの最後を飾る試合で、当然レッド・カードに値する行為、へらず口を叩くイタ公に頭突きを喰らわせるなんて。

冷静さを欠くにもほどがある。試合の後、ロッカールームで「落しまえ」つけりゃいいじゃんかとだれしもが思う。いや、「試合中で良かった、後だったら血をみたかも」という説もある。相手はイタリア代表、マルコ・マテラッツイ。ジダンヌの姉を「putane =puttana娼婦」呼ばわりした。

マルコがジダンヌのシャツを掴んだので、ジダンヌが「そんなにほしけりゃあとでくれてやるよ」と言ったに対して、マルコが「シャツより、オマエのピュタン・ねえちゃんがほしい」とやり返した。ビデオを見ると、ジダンヌはチームの仲間の方に戻りかけ、マルコとの距離は10mは離れていた。マルコが背中に投げかけた言葉に捉まり、棄てておけるかと後戻りし、頭突きをくらわした。

家臣の忠義もお家とり潰しの罰も忘れ殿中で逆上し、刀を抜いて吉良上野介に切りかかったバカ殿、浅野匠之守とおんなじだわい!と思った。

このハプニングについて、フランス人の間では、ジダンヌを擁護する声が強かった。
フランスの田舎暮らし-zidane3 「チームの優勝は逸したが、自分の人間としての名誉を守った」と理解を示す批評が多かった。時の共和国大統領ジャック・シラクさえ、ジダンヌとの面談で「頭突きくらわせたんだって?どんなふうだか、ちょっとやってみせてよ」とか言ったらしく、胸に頭突きを受けている。


しかし、この頃すでにフランス・チームには凋落の影が射し、優勝はイタリーに攫われ、転落の道を転がり落ちることになった。イタリーとて同じ、南アW杯では揃って一次Tで敗退した。

2006年のW杯では、フランスは予選通過さえ危ぶまれ、現監督のレイモン・ドメネックが引退を宣言していたジダンヌを説き伏せて出場させ、ジダンヌのお陰で決勝まで勝ちあがったのだった。

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2010年のW杯南ア戦では、補欠でベンチに座りっぱなし、後半残り20分でやっと出場した元キャプテンのチエリー・アンリは、パリの空港へ着くや、その足でサルコジ大統領とのサッカー総括二者会談のためエリゼー宮へ向かった。会談の内容は翌日になっても公表されなかった。(2日後のインタヴューでもアンリは「よかったよ」と笑うだけ、内容に触れるのを避けた。)

サルコジ大統領はサッカーが好きだ。「フランスが勝てば、GDPが2ポイント上がる」とまで公言し、政治的な後押しをしてきた。それが逆目に出たフシがある。連盟のお歴々とドメネック監督、選手との関係がギクシャクを超え、不審、責任逃れ、深い溝が出来ていた。


ジダンヌ引退後のフランスチームには傑出した選手がいなくなった。ジダンヌの後を
フランスの田舎暮らし-ribery 継ぎキャプテンを勤めていたアンリは人格的にも皆に親しまれチームを良く纏めているように見えた。フランク・リベリとの連携プレーでも相互にアシストし合い、ゴールを決めていた。



フランスの田舎暮らし-anelka Gros mots (罵詈雑言)の応酬

サッカーは大衆の根強い人気に支えられたスポーツ。それだけに政治が利用したがる。だが選手もサポーターも社会的には移民や下層労働階級の出身であり、サッカーで有名になれば一躍金持ちになれるという希望に燃えて子供の頃から親しんだ者たちだ。

ジネデインヌ・ジダンヌ(Zinedine Yazid Zidane )はマルセイユ生まれ。父親はアルジェリアの山岳地帯カビールの出身で今は故郷で暮らしている。

アネルカは両親がマルチニク島出身でパリ南西郊外の街トラップへ1974年に移住してきた。ニコラはヴェルサイユ近くの町チェスネで生まれた。

パリ郊外の、とりわけHLM(低家賃住居)と呼ばれる団地を中心に、ここ数十年来移民労働者の2世3世の反乱・暴動がしきりに起こり、保守・革新が政権交代を繰り返しながら、様々な政策を試みて来たが、悪化するばかりで、誰も解決できない危険地域(Zone sensible)と化してしまっている。


ニコラ・サルコジ氏は共和国大統領に選ばれる前、内務大臣であり、警察力を強化するとともに自ら頻繁に、この危険地域を視察し、特に2005年にパリ北西郊外クールヌーヴを視察し、麻薬のデイーラーを取り仕切っている Caid (親分)を見つけ出し、「Karcher で掃除してやる」と宣言した言葉が物議をかもした。

Karcher は1935年にAlfred Karcher が創設したドイツのメーカーで高圧水を噴
フランスの田舎暮らし-karcher1 射して汚れを吹き飛ばす器械。家庭用の小型器械は今日どこのスーパーでも販売され、便利なので人気がある。

内務大臣の言葉は「汚物を高圧水で吹き飛ばし清潔にする」という意味なので批判を浴びた。移民の2世3世は「オレたちはキタナイものなのかよ!」と反発。

サルコジ氏自身はユダヤ系のギリシャ人とハンガリー貴族の末裔で祖父の時代にフランスへ移住したやはり移民の子といえる。違うのは、パリの西の郊外ヌイイ市という大金持ちが邸宅を構える地の市長から政治キャリアを開始した点にあり、移民の子が大統領になれるのは、日本と決定的な違いだし、スポーツに社会階層の差が出るのは世界共通。サッカーは、テニスやゴルフとは違うのだ。


フランスの田舎暮らし-karcher2
どうやら、パリ郊外の危険地域の手入れと同じ発想で、不振が続くフランス・ナショナル・チームの立て直しを試みた気配がある。チームの中に反逆を扇動する裏切り者がいるとか、そいつを見つけ出して叩き出せ、とかどうにも低級なレベルのプレッシャーで選手のやる気をそぐ方にしか進まなかった。

メキシコに負けた後、ロッカールームに入ってきたドメネックにアネルカが「おカマ掘ってもらいに行けよ」と怒りをぶつけたことをマスコミが書き立て連盟がアネルカをチームから外し、先に帰国させた。

アンリは「アネルカはチームの全員が腹の底で思ってることを口にしただけ」と言い、トレーニング拒否も、アネルカへの連帯を示すためだったし、だれかアジテーターが扇動してああなったことなどまったくなく、ごく自然に選手全員の意思がまとまってしまったのだと証言した。


サッカーに政治が介入することについて世界連盟のFIFAはもしフランスの政治家が介入し過ぎ、自国チームの管理ができない状態が続くなら処罰もありうるとの会長の声明を出した。


6月23日の夜、サルコジ大統領は秘かにパリ郊外サンドニの麻薬密売のドンが潜むと思われる「危険地域」を視察した。偶然通りかかった21歳のアラブ系移民の青年がアネルカと同じ言葉をサルコジに向かって吐いた。「オカマ掘ってもらいに行けよ!青年は即座に3人の警官に地面に押さえつけられ、ボビニー裁判所の即決裁判で36時間の強制労働を科せられた。大統領侮辱罪である。

「罵詈雑言を吐くことは大統領自らがやっとるじゃないか」というのが一般の反応。農業見本市視察の際、ちょっとした罵言に向かって大統領が「Casse-toi,
pauvre con ! うせろ、オタンコナスめ!」とやりかえした。

激しい肉体酷使に加え連日のプレッシャーで苛立った選手が雑言を吐くことぐらい普通じゃないか!シラク大統領はさすが度量があり、ジダンヌに頭突きやって見せてと言ったが、サルコジがもしアネルカに「罵言吐いたんだって?どんな?言ってみてよ」なぞ言い、アネルカが「オカマ・・・」と大統領に向かって言ったとしたら、3日の強制労働では済まないかもしれない。

ジダンヌの時代には大物がそろっていた。ブランとかエマニュエル・プチとか。

どうしようもなくバカな甘えん坊ども」とドメネック監督が自分が手に負えない若手選手たちとの溝どころか深く広い峡谷を隠そうともせずに告白した。

ナショナルチームの監督にはドメネックに代わりローラン・ブラン( Laurent Blanc )の就任が公になった。前から候補として挙がっていたが会長ほか数人がドメネックに固執した。7月2日、フランス・サッカー連盟会長のJ.P.エスカレットは辞任を記者団に発表した。とともにアネルカは今後永久にフランス・ナショナル・チームでプレーできないだろうと公表した。

フランス・ナショナル・チームはジダンヌの時代と比べて黒人が増えた。6割がアフリカ出身の黒人。かつてはリリアン・チュラン、クロード・マケレレくらいだった。ジダンヌはアルジェリアの山岳民族ベルベルでギリシャ人などと同じ地中海人だし、アンリは南米のグワドループとマルチニックの混血。

内務大臣のブリース・オルトフーは2009年9月の「夏の大学」のプライベートな発言だが「一人ならいいが、おおぜいとなると問題だ」と特にアフリカ出身の移民の増大について発言し物議をかもした。

多民族国家フランスには、日本や韓国には無い民族問題、人種問題がある。彼らに、フランスという国民国家のナショナリズムを押しつけられるだろうか?

プロチームに所属し、成績を上げれば、より良い条件でスカウトされる。ちなみにW杯の優勝チームの選手は各人30万ユーロ(3千万円強)のボーナスが出るそうである。

フランス・チームは連携プレーやチーム全体のために個人を犠牲にしてプレーすることがもともと不得意なチームだ。ジダンヌでさえ後輩のアンリにアシストしてゴールを決めさせたのはたったの1回なのだ。日本と対照的に違う。しかし、プレーをしながら相手の動きを読み、「攻め」の構想をイメージし指令を発してリスクを怖れず果敢に攻めるところが日本と決定的に違う。

静止した状態からの達人プレーではまだまだ世界の強豪とイーヴンに渡り合えない。ジダンヌやプチやブランなど傑出した選手はそれぞれ想像力があった。それに、なにか大きな事を成し遂げようという気宇が感じられた。こういう選手が揃っていれば、チーム全体の力も上がり勝負に勝つ。

今回の南アW杯は出発前からフランス・チームはダメだ。「負けてこいよ」とまで言うサポーターもいた。でも、もしかして!劇的回復を見せてくれるかもしれない。それも虚しい期待に終わった。

ジダンヌは後輩選手たちのトレーニング拒否についてインタビューで「ボクは賛成できない」と発言している。ジダンヌの公式サイトがありビデオが見られる。

       http://www.zidane.fr


アンリが何故W杯に司令塔として先発で出られず補欠としてベンチで見守らねばならなかったのか?監督と連盟の意図がわからなかった。アンリにはこれが最後のW杯となった。

次の監督のブランはカリスマ性があり、W杯優勝の1998年にはナショナル・チーム
フランスの田舎暮らし-l.Blanc のミドルを務め試合のたびにゴール・キーパーのバルテスのつるつる頭にキスして励ますなどチームの中堅として優勝の牽引力となった。若手選手も信頼を寄せ付いてゆくだろう。

過去に栄光を背負ったチームは重圧が大きく気の毒だ。その点、日本や韓国やUSAはこれからという未来の栄光を目指して成長できる楽しみがある。



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