化粧品は人間とともに太古からあった | 雷神トールのブログ

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化粧品は人間とともに大古からあった。

古代エジプトでは紀元前3000年前から軟膏や香油、アイシャドー、歯磨きなどを使っていた。

紀元1世紀のローマ帝国では、皇帝ネロやポッペが鉛白で顔を白く塗り、コール墨で眼に隈どりを施し、頬紅や口紅を塗っていた。

北ヨーロッパでは化粧が広まったのは比較的遅く、14世紀に入ってから貴族たちはクリームを地肌に塗り、髪を染め、香水を使った。18世紀には社会のあらゆる階級の人々が化粧をするようになった。

19世紀までは鉛が入って有毒な鉛白が使われていた。
塩基性炭酸鉛は、20世紀初頭にパリへ来て一躍画壇の寵児となった日本人画家藤田嗣治が使った。白人の裸婦の白い肌を描くのに白色絵具に混ぜて使い、「偉大なる乳白色」と絶賛を浴びた。

藤田はこの発明を秘密にしていたが近年行方不明になっていた4枚の大作が発見され、その修復の際に炭酸鉛を使ったことが確認された。藤田の裸婦の肌が美しいからといって舐めたりしたら有毒なので要注意だ。

日本では資生堂と花王が圧倒的なシェアを占め、2009年の3月決算の売り上げがそれぞれ 6,732 億円と 5,883億円と断トツ。カネボウ化粧品とかコーセーとかノエビアとかはこの2大大手の十分の一に満たない。

日本ロレアルとか、エステイローダーとかフランスの大手が日本に支社を出している。

今から15年ほど前、資生堂がフランスに進出した。化粧品の本場のフランスへ進出するに当たっては相当の年月を掛けて調査研究をした上での決断だったらしい。

フランス女性には評判がいい。工場は、ロワール河に沿った陶器で有名なジアンという町の外れにある。我が家から30キロ程の所で、この町のスーパーは大きいので週に2・3度買い物に行き、その度に資生堂の工場の脇を通る。

昔の西欧人は風呂に入らなかったとよく言われる。空気が乾燥しているから汗ばむことがなく、日本のように毎日入る必要を感じない。それでも一週間入らないと肌が厚くなり疲れを感じる。

実際17世紀の貴族でさえ年に数えるほどしか風呂には入らなかったようだ。

19世紀に入ってさえ、庶民はドガの絵にあるように、金ダライでお湯か水を浴びるだけだった。浴槽に入ってるところをシャルロット・コルデーに殺されてしまった革命家のマラーなど風呂に入れたのは金持ち階級だった証拠だ。

フランスで香水が発達したのは風呂が無かったせいだという説は良く聞く。
ことの真偽は定かではないが、街を歩いていてどこからともなく香水の香りが漂うのを嗅ぐのはやはり気持ちがいいものである。化粧とか身だしなみとかは、人に良く見られたいとか、人に良い印象を与えたいとかの気持ちから出てくるもので、社交性とか対人意識が発達した都会の文化なのだと思う。

化粧品は通販やネットワークビジネスの商材として最も多く扱われている。