ネットワークビジネスの被害 | 雷神トールのブログ

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田舎暮らしでネットワークビジネス成功-antena

ネットワークビジネスという言葉がいつごろから日本語として使われるようになったか、長く外国で暮らす筆者には定かではない。このブログのタイトルにも付けたし、テーマにも使っているから、まず言葉の吟味からやりなおそう。

まず、ネットワークという言葉。
筆者が日本に住んでいた頃、ネットワークという言葉は定着していた。
それは放送・通信関係の言葉だった。

大辞林をみるとこうある。
「テレビ・ラジオで番組を送りだす局を中心に中継回線によって結ばれた全国的な放送局の組織」

ここでのキーワードは「回線」と「組織」。

二つ目の定義は「ある計画を遂行するために必要なすべての作業の相互関係を図式化したもの。コンピューターによる工程管理に利用される。」

ここでは「計画」「相互関係」「工程管理」がキーワード。

いずれも「網状の連結組織」がネットワークの日本語訳としてイメージされている。

エンジニアリング会社に長年勤務した筆者には二つ目の意味の方が馴染み深いので、ネットワークという言葉を聞けば、工場、とりわけ人と機械とが協力し合って働いている組立工場の様な職場をすぐに思い浮かべてしまう。

工程管理」とか「生産管理」はどの工場にとっても極めて大切で、ボデーから外されたドアーがふたたびボデーへ組み付けられるのも、この二つの管理手法のお陰だし、ラインの同期化にはタクト・タイムがどのような働きをしているかを知ると面白い。

こうした言葉は工場で働く人には極めて切実なテーマで、筆者が別のブログに1年以上前に書いた記事に時間研究とかMTM法とかのキーワードで検索し訪問してくださる読者が今も沢山おられる。しかし、一般の消費者には関心が向かないことかもしれない。

「ネットワーク」に「ビジネス」がくっついたのはインターネットの発達の結果だろう。

広い意味のネットワークビジネスはインターネットを通じて行うビジネス全般を指している。

アメリカでMLMまたはネットワークビジネスと呼ばれているビジネス形態を、日本の特定商取引法第33条が「連鎖販売」と定義していると言われている。

しかし「連鎖販売」という言葉には「網状の連結組織」のイメージと意味が無い。

連鎖販売という言葉からイメージできるのは、一人に売れば、その購買者が販売者になって以下連鎖的につぎつぎと売れてゆくことを目指した販売方法で、「網状の連結組織」の面は脱落している。

筆者は「連鎖販売」という語がネットワークビジネスの訳語として適格と思わない。

消費者センターへネットワークビジネスで被害を受けたとして持ちこまれる苦情のうち20~30%が本人でなく家族や友人からだという。

これは、家族や友人から見れば、ネットワークビジネスをやっている本人が何か「えたいのしれない網状の連結組織」に囚われてしまって抜け出せなくなっているので心配だ不安だと映っている証拠ではないか。

家族や友人は本人からスポイルされていると感じているだろうし、本人から見れば「せっかくの成功のチャンスの足をひっぱる」おせっかい屋が家族や友人なのだ。

ネットワークビジネスが悪徳商法に利用されやすい弱点を持つことは否めない。ビジネスに携わるひとりひとりの良識と良心しか実際に歯止めになるものがないからである。

クリントン元アメリカ大統領がネットワークビジネスを推奨したのも、貧富の格差が一段と激しくなった現代社会で、ネットワークビジネスが、今も努力しだいで経済的自由を獲得できる可能性を評価したからであった。