わたしの父は認知症で、一人暮らしが難しいため特別養護老人ホームに入ってもらいました。
 
特養に入所中の父に面会してきた話の続きです。

「今日は不思議な一日だよ」

と、父は言いました。

 

「おれはいつも日記をつけているんだけど、今日のところは白紙にしておくよ」

 

父はかつて毎日のように日記をつけていました。毎日ではなく、週に一回まとめて書いている時もあって、

「まとめて書いたら日記じゃなくて週記だよ!」

と母と二人でよく冷やかしたものです。

 

父が日記をつけなくなって何年も経ちます。しかし、今日の父の中では現在も日記をつけている設定になっているようです。

 

 

それにしても「白紙にしておく」とは?

 

「白紙にしておけば『この日は何があったんだろうなあ』と考えるだろう。考えた時に、一つ。二つ。三つ、四つ、五つと次々に思い出せるから」

 

空白を作ることで注意を引くとは、斬新な発想です。実現の可否は別として。

 

 

 

 

 

父との会話は、意味をなさないものかもしれません。

 

わたしの母はもう一年以上入院しているのですが、母は言葉を発することができなくて、顔を合わせても一方的にわたしが話すしかなくて。

 

それに比べると、こちらの言葉に反応してくれる父との会話は楽しいものです。

 

わたしが帰れば、父はすぐにわたしのことを忘れるでしょう。それでも、会話を交わしたことで何となくいい感情は残ってくれると思います。

 

だから、忘れられてしまっても会いに行く意味はあるのです。