すっぴんマスター -49ページ目

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第118話/存在し得ない

 

 

 

 

獣の構えから超低姿勢でのハイキック、さらにジャブから左のハイキックという具合に、戦略的に見事に宿禰を惑わせてジャックがダウンを奪う。「嚙みつき」という行為の異様さばかりに目がいきがちだが、そもそもジャックは打撃でも超一流なのだった。

 

要するに、いま起こったことは「嚙みつき」が思い浮かばないようなふつうの試合と変わらないということだ。一同、そのことに感心する。本部はガイアに笑いながら「打撃で終了(おわ)っちまう」といい、独歩は渋川に、古代相撲はこのまま負けてしまうようなタマかなと訊ねる。だが、本部も渋川も、「ここからだナ」というのが本音のようだ。ここのところは、「ここから」なのが古代相撲の本領なのか、勝負一般についていっているものか、微妙にわからないが、まあ現実的な感覚でいっても「ここから」という語はいかにも適切な感じがする。

 

立ち上がりつつある宿禰の顔面を三度ジャックの蹴りが襲う。ジャックは徹底的に顔面を狙っているようである。足を除けば、宿禰の胴体に打撃を通すことがそうかんたんではなさそうなことは見てわかることだし、それにジャックはじっさいに彼に噛み付いているので、その筋肉の質のよさを理解してもいるのかもしれない。

しかしその一発を、直撃でありながら、宿禰は受けきる。コンビネーションでちらせばダウンもとれるだろうが、見える打撃なら受けきってしまう、というのが克巳と刃牙の解説だ。歯を食いしばって耐えるというより、一撃がくると認識して、その衝撃がやってくる覚悟を決めたふうである。なので、たぶんふつうにダメージはある。ふしぎな感触だとおもう。弾かれるでも打ち通るでもなく、ただ重量のある物質として停止している感じなのだ。蹴り足はしびれており、ジャックはその衝撃をかみしめている。

 

両方の僧帽筋を切られて引く動作を封じられ、打撃のことごとくをもらい続けている宿禰は、けっこうピンチだとおもうが、宿禰の杜での訓練の日々を思い出している。彼の「実戦」相手であった、空想上の力士である。身長2メートル超で体重は250キロ、そしてその体重が全方向に働き続けるという、じっさいの物理空間では存在し得ない、膨張する力士である。彼は、ジャック・ハンマーという怪物と対決しながら、2500キロで嚙みつきも実行する力士にするんだったと考えるのだった。

 

しかし宿禰の打撃も相当なものである。ジャックもそうそう攻撃をよけるタイプではない。ちからの限り殴り合うような状況、決着が近づいているのだった。

 

 

 

つづく。

 

 

 

250キロの膨張する力士は、宿禰にとって「完全無欠」の存在であるようである。ここでは、理想の強敵としての認識になっているようだ。

以前にこのはなしが出たときに考えたことがあったか、調べても出てこないのだが、この「全方向に250キロ」というのは、どうとらえたらいいだろう。たとえば突きでいえば、その威力が100だとしたとき、地面を蹴りこむぶぶんにもやはり100の衝撃が、逆向きに生じている。両方の手のひらではさんだなにか小さい生き物が、両手を突っ張って手を閉じるのを防いでいるときに、こういう状況になるだろう。これが全方向で起こっている。つまり、ひとつの動作について作用・反作用の関係が浮かび上がるだけでなく、そうした動作が無数に、同時起こっているということなのだ。これはやはり爆発のような現象が近いようにおもえる。しかもそれは回転している。回転にかんしてはひとつの方向しかないだろうから、宿禰からみてある方向に、この爆発・膨張する物体が回転しているということである。しかも、それでありながらこの物体は球体ではなく、人間のかたちをしている。「全方向」というのが、球体ようななめらかな表面を構成せず、もっと複雑に、人体に沿うものであるのだ。

 

こういうものを相手にすることでなにが生じるかというと、まずはじしんの動作の「抜け」だろう。こちらの可能な動きには限度がある。ふつうは、手足をおさえてしまえば相手は動けないが、それが達成されたそばから、この相手は後方に向けての、ほんらい不可能な方向に向けての動作を生じさせるだろう。なにかやわらかいボールのようなものを手のひらにおさめようとしたとき、指のあいだから逃れるようにして流れ出てくるのを、微妙に位置をかえながらおさえていくようなものだ。宿禰は、相手をつかむなり投げるなりしようとするそばから、その動きでは制御できない別の、また別方向の動きを感知し、それを包み込むさらなら動作を探し求めることになる。これは、このように書いてみるとよくわかることだが、中国拳法の站椿(たんとう)、もしくは立禅で行われていることにかなり近い。とおもったところで再び調べたら、こういうはなしは「第46話」ですでにしていた。かなりくわしく書いているので詳細はそちらで読んでもらうとして、立禅というのはかつて烈がよくやっていた、中腰でじっと立ち続ける稽古だが、これはじつは静止していない。少し動いている。より楽な姿勢、より気のたまる姿勢を求めて、体内では重心や関節への負荷の微調整が続いているのだ。

立禅は、中腰であるから、足腰の稽古にもなり、じっさい、いまはどうだか知らないが、むかしの極真空手城南支部ではそのような意味でも採用されていた。だが、基本的にはからだのバランスを整える稽古になる。宿禰の「完全無欠」な強敵との静的トレーニングは、ここにパワーを付与したものになるだろう。つまり、立禅が、静止状態の、対重力における人体のコントロールだとしたとき、爆発する力士相手のこの稽古は、そこに運動が加わるものになるのである。

 

こういうわけで、宿禰の稽古にかんする思考法は一貫している。それは、「バランス」である。不均衡を是正する、それが彼の稽古法なのだ。ここには聖地を守るものとしての使命感も作用していることだろうが、そのはなしのくわしいところは忘れてしまったので、また今度。今回もうひとつ気になるのは、書いたように、この「爆発する力士」を、なにか理想のように考えているっぽいぶぶんだ。というのは、全方向に同一のエネルギーを発し続ける「爆発」のような状況というのは、生じる事物が一定である点で、ある意味ではバランスがとれているからである。もちろん、宿禰とこの強敵では大きな違いがある。それが方向だ。爆発は、外に向かって起こる。宿禰はそれを、内側に向けて制圧するのである。邪を祓う、不均衡を正し制圧する宿禰にとって「敵」とは、なにしろ外に向かって広がっていくものなのだ。

均衡を求める彼が理想の強敵にもある種の均衡(爆発)を想定してしまうのは自然なことだ。ここで、かなりおもしろいことが起こっている。宿禰は、ジャックという強敵に出会って、2500キロの嚙みつき者を想定すればよかったと語っているのだ。ここにおける「嚙みつき」というのはいかにもイレギュラーだ。「2500キロ」というのはまあ漫画的表現として、彼はここで、外に向けて広がる「敵」というものの原型に、「予期できないもの」、ここでは嚙みつきを付与し、バランスのとれないものとして敵を想定すべきだったと悟っているのである。

これはむろんのこと、勇次郎戦で悟った「未知」に通じるものである。宿禰は勇次郎を通じてじしんを「非勇次郎」であると感じた。これは、例の物議を醸した文脈でいえば、じしんの雌を感じたということになる。これが、彼に女の子とイチャイチャさせる。ホモソーシャルにおいて下ネタや女体のイメージが好まれるのは、じしんが同性愛者ではないということを示したいという、ホモフォビア(同性愛嫌悪)の欲求が生じるからだ。宿禰は別にじしんの雌を感じたということはないが、仮に彼が一般人なみに弱く、強さにじしんがなかったら、そう感じていたかもしれない。ともあれ、ここで彼は、圧倒的強者である人生に「未知」が組み込まれる可能性を感じたのである。未知とは、他者のことだ。おもいもよらないもの、トレースできないもの、もっといえばじしんを不快にさせるもの、それが他者である。こういうものを、じしんの「非勇次郎」から転じて、他者を「非自分」ととらえる過程で拾わなければ、彼に成長はない。そして今回、稽古に一掬の不均衡をほどこすべきだったという反省のかたちで、それが実現したわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第44審/事件の真相④

 

 

 

 

今回は短縮版でよろしくお願いします。

とりつかれたように死んだ娘・信子のスマホロックを解除しようとしていた嵐山刑事が、ついに、たまたま、暗証番号をつきとめた。たんに親としての感情以上に、娘の死にこだわる理由はなにかあるのか?深見の問いに又林が応える。犯人とされた犬飼と信子に接点がないのだという。犬飼は証拠からたどりついた犯人だが、じっさい自供でも面識はないとしているという。つまり、誰かのかわり、指示で、犬飼は逮捕されたのではないか、要するに壬生や京極がからんでいるのではないかと。はなしが京極までいくといかにもなさそうにみえるはなしだが、刑事の勘なのだ。嵐山家は刑事一家で、ふつうは一目おかれる、それが、嵐山は昇進試験が苦手でうまく出世できない。その挫折感もあって娘の「真相」にこだわるのではないか、というのが又林の推測である。

 

嵐山は娘のスマホで誰かに電話をかけ、嵐山愛美の父親であると告げる。信子ではなく、愛美に名前が変更になったようだ。そうして、衣笠美穂という赤ん坊を連れた女性に会う。IT社長などの成金と飲んでタクシー代3万をもらうような感じの「ギャラ飲み」をしていた仲間らしい。嵐山はそのはなしをきいても3万という額に引いているだけで、父親として驚いているということはなさそうだ。

子育てで疲れきっている美穂は、嵐山に愛美のツイッターの裏アカを教える。裏アカだが、別に鍵がかかっているわけではないようだ。それを聴いて帰ろうとする嵐山に、美穂はやんわり見返りを要求するが、嵐山は軽蔑丸出しでこれを否定する。だが、それをこそ美穂は否定する。まさしくその態度が娘に嫌われてきたのだと。

 

愛美のつぶやきは不安定で、嵐山はあっさり「メンヘラ」と断定する。さっきから「このひとあんまり有能ではないのかな・・・」となる程度には断定的な調子が続いているが、これもまた、九条のいう実務的な二元論の弊害だろう。メンヘラという語が存在する以上、彼にはメンヘラかメンヘラでないかの二通りしか人類は存在しないのだ。

 

ひとことでいえば、愛美は「こやシャン」という妻子ある男と不倫しており、中絶までしている。こやシャンはなにか悪いこともしているらしい。愛美は父親に相談することにして電話もする。だが、伝えられなかった。仕事が忙しくて、嵐山は無視してしまったのだ。

 

その「こやシャン」というのが、京極と懇意にしている、しずくのAVを出していた会社の社長・小山なのだった。

 

 

 

つづく。

 

 

 

信子は愛美へ、小林は小山へと、微妙に名前が変更された。

どういう経緯だかわからないが、屋上暮らしの九条が小山に部屋を貸してもらっている。愛人の部屋だったというが、愛美のものかどうかはわからない。事件は10年も前のことなので、そのまま保存しているのも変だし、これは、小山が常に愛人を抱えているということを意味するだろう。とすると九条は・・・?

 

 

しかし、なんだか嵐山の娘への認識がちょっとおもっていたのとはちがう感じになってきた。てっきり、事件の捜査の結果、今回わかったようなパパ活的なぶぶんが見えて、娘の知らなかった顔を見てしまった、みたいなことから、もともともっていた被害者学的視点が強化され、くっきりとした二元論的思考になっていったのかとおもわれたが、どうもそれは今回はじめてわかったことのようだ。だが、いま読み返してみると、やはり又林は、「本当の顔を知ることになった」と、過去のはなしとしてこの件を語っており、部分的にはじっさい当時判明してもいたのだろう。だから今回美穂からはなしを聴いても驚かなかった。だが、どのように活動していたかはわからなかったので、今回のツイッターは収穫だったわけである。そして、パパ活では犬飼との接触がないというのも、たしかにそうともいえる。おそらく、当時から京極と知り合いだった小山が、浮気がばれそうになっており、なおかつその相手の女が、たぶん京極もからんでいるなにか悪いことを父親に話そうとしていると知り、それを京極に相談して、京極が愛美をさらって殺した、ということなのだろう。これが、外畠について殺したほうがよかったのか?と、じゃっかん含みをもたせていっていたことにもつながるのだ。(読み返してみて、嵐山が離婚していることをいま知った)

体液が残っている感じの犯罪なので、じっさいに愛美を殺したのは犬飼である。ただ、そこには指示があったわけだ。そのおおもとには、娘のギャラ飲み、不倫、中絶という、嵐山がおもいもしなかった真実が隠されていたわけである。

前回のくりかえしになるが、「真相」とは「本当の顔」と読み替えることができる。嵐山が被害者学的視点から、ひとを見極めるときのものさしとする命題、「本当の顔は本人と罪を共有している人間しか知らない」に出てくる「本当の顔」だ。これを、彼は一般論のようにいう。犯罪者や被害者にかんしてではなく、どこでも通じる普遍的事実であるかのようにいうのだ。この理屈だと、罪がなければ「本当の顔」もないことになる。これが意味するところは複数であるが、九条の言い分とあわせて、これは彼の二元論的世界観とあわせて考えるとよいぶぶんだ。嵐山は、「本当の顔」とは「隠されているもの」だと考えている。これは真実ではないだろう。というか、そもそも「本当の顔」とはなんなのか、ということなのだ。ある人物の、死んだような顔でオンラインゲームをやっているときの顔と、明るく元気に営業活動をしているときの顔の、果たしてどちらが「本当」であるだろうか。しかし、一般的には、器用に立ち回るほどに、社会生活におけるペルソナはかりそめのものであるという感覚が強くなるものだろう。ここを、嵐山は刑事としての経験と結び付けてしまう。つまり、「本当の顔」と「罪」はともに隠れており、つまりそれは同居しているのだと。論理的には誤りだが、彼の感覚としてはそうなるのだ。

 

 

 

 

ただ、嵐山が業者を雇わず偏執的にじぶんの手で暗証番号を解読しようとしていたことからは、彼が無意識下ではそれを解きたくないととらえている可能性がうかがえた。前回星の王子さまを引き合いにして書いたように、二元論はロゴスで世界を制御しようとしたとき出現するが、かならず重要なものを取りこぼすのである。それをカバーするのは芸術だが、嵐山には不要である。メンヘラっぽいものはメンヘラなのだ。だが、それを彼はどこかで気付いている。気付いていなければ、娘の死にここまで執着もしないだろう。だが、父として刑事として、「真相」を探ろうとする動作をやめることはできない。それがあの暗証番号をめぐる異様な行動を誘い出したのだ。

 

だが、ともあれスマホは解除され、ついに「本当の顔」が見えつつあるわけである。彼はそれをふたたび二元論に落としこんでしまうのだろうか。嵐山に関する読解でポイントになるのはそこ、彼が、ほかならぬじぶんの娘をただのメンヘラという枠組みにおしこみ、定型的な解釈にとどまって他責的に語るのかどうか、というところになるだろう。

 

 

 

 

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ブログ更新できなくてすいません。

九条の感想が更新できないばかりか、じきに出るチャンピオンにはバキ道も掲載されてます。こんなことはどんなに忙しくてもいままでになかったことで、じっさい拘束時間的にはそうでもないんですが、夜中に時間がとれなくてパソコンに向かえない感じです(この文章もスマホから)。たぶんずっとこの生活リズムになるとおもうので、なにか新しいやりかたを考えないといけませんが…。ひとまずは最新分を気長にお待ちください。



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新生活に向けてちょっとずつ準備を進めている。

とりあえず、現状のストレスフルな虚無的労働風空間からは抜け出せる。また、別にリッチになるわけではないが、金銭面で最低限のところにまでは戻ることができそう。

 

だが、とはいえ、楽になるわけではない。いまと地続きの仕事ではあるが、けっこう専門性も高く、覚えなきゃならないことがいっぱいある。ものの考えかたが根本的にちがうので、そのあたりも更新していかなければならないし、人間関係面でも、知っているひとが誰もいない状況になるので、緊張感が高い。正直言ってどうなるかはわからない。けっきょくは凡庸なぼくには無理な仕事で、途中でギブアップしてしまうかもしれない。じっさい、専門性高いのに、それを身につけているものは会社に誰もいないので、まねできるセンパイも、ノウハウ的なものもなく、じぶんでやるしかないので、相当に不安はある。新事業で会社も気合い入れているっぽいが、それはつまり、失敗できないということである。しかしながらこれまでのブルシットな環境をおもえば比較にならないくらい良い条件であるし、やりごたえもあるにちがいない。準備を進めているこの何週間か、疲労や不安はあっても、去年を捨て年とさせたあの粘着的な不毛感はなかったのだ。『ブルシット・ジョブ』は、途中まで読んでどこかで眠っているが、やはりひとは、疲労やそれに連なるストレスだけではなく、非生産的な日々にも参ってしまうものなのだと、今回のことでつくづくわかった。まあ、定義的な意味でいえば、ぼくのは給料がともなっていなかったので、ブルシットですらなかったわけだが。

 

 

 

 

 

 

準備といって具体的にすべきことはいくつかあるのだが、それ以外に気がかりなのは、去年から書いているように、ぼくの非常識っぷりである。ぼくは、島田荘司はほとんどぜんぶ読んでいるが東野圭吾は読んだことがない。憲法にかんする論文はいくつか読んだことがあるが日本国憲法をまじまじと読んだことは実はあまりない。そういうことである。ぼくは、ひとが当然知っていることは、知らないのだ。また、たんに知識の量的な不足ということにとどまらず、ある種の判断において、不注意からくるミスを犯しがちな人間でもある。この判断ミスにかんしては、2通りのパターンがあって、ひとつは例の「ひとのはなしを聴いていない」的ラインの不注意ミスである。もうひとつは、これは特質といっていいかもしれないが、マニュアル通りに行動できないというか、ある行為が合理性を伴っていないとき、それを覚えられないということがある。だから、ふつうは考えずに、ある刺激に対するある反応という具合に機械的に対応すればよいところ、いちいち原理経由でとらえがちなので、結果としてはおかしなことになりがちなのだ。

こういう、人間性にもかかわるような根本的欠陥が、新生活でどのように働くものかが、不安なのである。

 

新しい環境ではいまより広い知見が必要になる。これは、経験で補うほかなく、けっきょくはミスを通じていろいろ学んでいくしかないのかもしれない。しばらくはきつそうだが、しかしこれは幸せなことのはずだ。この数ヶ月、ただ無意味な負荷をかけられるだけで、みずからの能力やたくわえているものが及ばずに敗北したことがなかったのだ。そういう敗北も人生には必要だろう。とはいえ不安ではあるので、勉強するしかない。全力でとりくんだうえでの敗北、それなら受け容れることができる、と思う。

 

いま気になっているのは読書猿氏である。『独学大全』が非常に話題になった、何者なのか不明の博覧強記の人物で、このひとの影響で復刊された本もあるくらいである。ツイッターやブログで発信されている独学の方法も非常に有効なようで、『独学大全』は勉強したがっていた相方に買ってあげたのだが、ぼくもほしくなってきている。ピアノから筋トレ、書きものまで、ぜんぶじぶんのちからでやってきたから、「独学」にはぼくも一家言あるわけだが、こういう状況だといくらなんでも不安になってくるのである。

 

 

 

 

 

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第117話/獣の構え

 

 

 

 

ジャック・ハンマーと野見宿禰という超大型ファイター対決が、傍目にはふつうのお相撲のように四つに組んだような状態にもつれこんだ。

しかしじっさいそこで起こっていることは互いに廻しをつかんで膠着しているような生易しいものではない。宿禰は両手でジャックの背面に指を食い込ませてアバラを捕り、ジャックの腕の状態はよくわからないが、上からおおいかぶさるようにして宿禰の右僧帽筋肉に食いついているのである。どちらも必殺の状態なわけだ。ガップリ四つ、ガブリ四つなどと実況が上手いことをいっている。

ジャックの場合は嚙みつきの深さにもよるが、宿禰のアバラ投げは必殺中の必殺という感じがある。だいたい、からだに指が差し込まれている時点で空手でいえば貫手が決まっているのと同じなわけで、そこから投げられれば、投げのダメージとともに肋骨も激しく損傷するのである。

宿禰が投げに移る。力学的に互いの動きがどう作用するのか、複雑でよくわからないが、ともかくジャックの顎ははずれない。そして、投げられたからだが地面に接触するかというところで、ジャックのからだが停止する。これは、嚙みつきのパワーでしがみついているということだろうか。

同時に、バキらはそこで起こった、宿禰には致命的なことを看破する。僧帽筋を切られたというのである。僧帽筋は、背中や肩を鍛えるときに激しく働く、かなり大きい筋肉だ。ものを上げるとき、そして投げるとき、これは不可避的に機能する。ただ今回は、それがジャックの口のなかで機能した、ということだ。

 

投げに失敗した宿禰がジャックを突き放す。最初の接触で千切られた左肩と同じくらい、その右側から血が噴き出ている。ということは、左のほうも切れていると見ていいのだろうか。宿禰は汗をびっしょりかいており、けっこう追い詰められているようにも見える。まあ、もしほんとうに投げが封じられたのだとしたらかなりまずい状況ではある。

ジャックが食いちぎった肉を弾丸のように勢いよく吐き出す。本部がいうように客はドン引きだ。

 

ジャックがさらに姿勢を低くした獣の構えをとる。手をついているさまがどことなく相撲のようでもあるのが印象的だ。究極に進化した格闘技の具現としての嚙道が原始に帰っていると実況がいう。今日の彼は冴えてるな。

だが次に宿禰の前に出現したジャックがくりだすのは蹴りである。軸足の膝が接するほどの低い位置から、ほとんど直線的ですらあるハイキックだ。ゆらぐ宿禰を、今度は立ち上がったジャックが、古典的にすらみえる左ジャブで連続して殴る。意識の散ったところを、さらに追い討ちの左ハイ。嚙みつきがなくてももともとジャックは超一級の打撃ファイターなのだった。

 

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

嚙みつきを連想させる獣の構えから古典的な打撃をくりだすという、試合開始のときからのあの揺さぶりの戦略が、まだ続いているようである。

 

宿禰目線でいえば、彼はなにかジャックから(ひょっとしたら意図せず)多くを学んでいるようなところがある。これから襲いかかるというメッセージを豊かにたくわえた獣の構えをとりながら宿禰の技をもらったり、カウンターに終始したり、そういう戦略的なジャックの行動を、宿禰はたとえばいかにもカウンターの構えである金剛力士の構えでなぞっているように見えるのだ。こういうジャックの揺さぶりに対して後手になりつつ追いつこうとする宿禰のふるまいがあると仮定して、今回のガップリ四つはどういう状況になるだろう。遠目には、そうした戦略やなにかはいちどキャンセルされて、互いに相手を手中におさめたような状況になっているように見えるかもしれない。それがそうではなかったというのが今回の話だ。宿禰はジャックの身体に指を指し込み、それが決まれば回避不可能にさえおもわれたアバラ投げを行おうとしている。そして同時に、ジャックはうえから噛み付いて、致命傷を負わせることのできるポジションを作り出したのだ。互いに相手の心臓を握ることに成功した、ように見えたわけである。ところがそうではなかった。ジャックが嚙みとっていたのは、アバラ投げを実行するのに必要な僧帽筋肉だったのである。いわば、心臓をつかんだ宿禰の身体をまるごと巨大な手でつかんだような状況だったわけだ。ここでもやはり宿禰は遅れているのである。

しかしこれは、宿禰が学んでいる身であるからこそであるとも考えられる。遅れている、もしくは劣っているということは、追いつく、また成長する余地があるということだ。

 

それにしても絶対的必殺技にもおもえたアバラ投げがおもいもよらない方法で破られたものである。といっても、これはジャックだからこそできたことで、ほかのものは僧帽筋をむしりとるなんてことは、せいぜい花山ができるかもしれないというくらいのもので、まず考えられない。この点で嚙道は宿禰を上回ったわけだが、しかし考えてみれば両者のやっていることはじっさい似てもいるのである。嚙みつきは、身体のどのぶぶんに対しても実行可能だ。多少ダメージの多寡にちがいはあっても、基本的には出血をともなう大ダメージが期待できる。そして宿禰もじつは、衣服に関わらず身体を骨格に見立ててどこでもつかむことができるという技の持ち主なのだ。とするなら、もし今回のような状況が予期できたとすれば、宿禰はジャックの嚙みつきにかかわる筋肉(どこがそうなのかはわからないが)をつかみとればよいことになる。つまり、この状況も回避じたいは可能だったのだ。やはり宿禰にかんしては「学習」と「遅れ」がテーマになっているようである。

 

引き続きとられたジャックの古典的打撃はなんだろうか。今度もやはり「いまから嚙みつきますよ」というメッセージに満ちた獣の構えからの行動だった。ここにも宿禰は揺さぶられるわけだが、それ以上のことがここからは感じられる。嚙道は基本的に分岐をはじめつつある相手の動作をこちらの「嚙む」に収束させる技術だというふうにこれまで考えてきた。だが、もちろんそれだけではなかったわけである。強い蹴り技をもっている選手が、拳を鍛え、突きの接近戦で有利に持ち込むことで得意な蹴りをよりよい条件で打ち込めるようにする、ということはよくある。嚙道においての「嚙みつき」は、「最終目的」であるとともに、北極点や赤道のようなものにもなるのだ。それがそこに「ある」ということが相手に強く意識されている状況では、もはやそれがじっさいに行使される必要もなくなる。いってみれば、刃物をもっているものが突如繰り出した打撃が、今回のジャックの攻撃だったのである。ほんとうに「嚙道」は完成しているようだ。

「嚙みつき」を背後に宿した「ただの打撃」は、しかし超一流のジャックが繰り出すものであり、強烈なものである。ここから宿禰は多くのことを学べるだろう。というか、ここではじめて、「つかんだら無敵」におもえた宿禰が、非常に限られた条件でしかちからを発揮できないファイターであることが露呈しているわけである。アバラ投げは、ただ必殺であるばかりではいけないのだ。必殺であるがゆえに生じるほころびに食い込むような、アバラ投げを背後に宿した別の技術が必要なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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