すっぴんマスター -10ページ目

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第116審/最悪の駆引③



前回は掲載を見落としてしまった。ごめんなさい。

今週はウシジマくんのカラー版電子書籍のお知らせと、例の原画展詳細についてのニュースもあるぞ!東京は3月21日から。ちいかわのナガノ先生とのコラボが山椒みたいに効いている。





本編では出雲と宇治が遭遇したところだ。

前回全財産を聞かれていたが、宇治はすなおに答えたみたい。しかし飯は先輩の出雲がおごると。

高そうな食事を済ませ、店に気を使う身振りをとりつつ、出雲は宇治を誘って外でタバコを吸う。宇治は吸わないがライターはヤクザのたしなみとして持っていたらしく、出雲のタバコに火をつける。


おつとめ中の京極について語られる。京極は読書が好きらしい。なにか本を送りたいがじぶんは読まない(読めない)からわからない、何がいいか?という出雲のはなしだ。司馬遼太郎や菊池寛などの歴史ものが好きだったはずと。司馬はともかく、菊池寛とか、渋いなあ。それからHUNTER×HUNTERの続きを気長に待ってるとも。ある意味、そのへんはふつうの人間なわけである。

続けて、山城弁護士が看守から聞いたとして、部屋では横にならず正面をまっすぐ見たままずっと座っているそうだ。だらだらしないようにじぶんを律しているのだ。

また、ベテランの山城ですら怖くなるときがあるという。焦点があっていないような、ビー玉みたいに異様に澄んだ、ひとを殺したことがある人間の目だ。いちおう山城は、「人を殺めた人間の目と似てる」と慎重な言い方をしている。


出雲は率直に壬生の居場所を宇治にたずねる。宇治は知らないというが、ふたりが同郷であることはすでにバレているようだ。だがそこまで確信があるというふうでもなさそう。ただ嘘はすぐ捲れるとだけ脅しをかける。で、ついでに車ももらうと。先週してたはなしだな。あと、もしこのまま出雲が帰るのなら、結局食事代は宇治が出すことになりそう。


百井という謎の売人とつるんでいる曽我部。百井は砕いた氷砂糖に潤滑油をかけて苦くしている。バカなガキに売るんだと。覚醒剤以外、こういうふうにいろいろ試して遊んで売ってるそうだ。曽我部は、結局はまたこんな状況になってることに動揺しているっぽいが、百井は殴ってきたりはしないからまだそんなにやりにくくはなさそう。ただ、ぜんぶ曽我部に押し付けて逃げそうな雰囲気はある。



九条は烏丸と公園にきてブラサンの散歩だ。楽しい時間を終えて、さあ仕事するかというところを待ち受けていたのは出雲である。



つづく




壬生と宇治が同郷であることをすでに知っていたり、九条を訪れたり、出雲はめちゃくちゃ仕事が早いな。そして、京極をはめたのが誰なのか本気でつきとめようとしているのがよくわかる。


京極は、壬生が、嵐山と取引をして、預かっていた武器を提出したことで捕まっている。いつもならここで九条出陣となる。ところが、これも壬生のわかりにくいはからいで、犬飼への逃亡示唆ということで、九条は告発され、カンモクパイで出てこれたものの、肝心なときにいないという状況になってしまった。こういう流れであってるかな?山城はどういう経緯で出てきたんだっけな。

ともかく、出雲の立ち位置からはどう見えるかということがここでは重要となる。壬生にとって九条の告発は、京極に九条を利用させないようにするとともに、じぶんと九条がもはや絶交関係だということを示す強い手だった。じっさい、ふつうはそうとらえるだろう。だが出雲はどうだろう。できすぎていないだろうか。京極的には、壬生に攻められるとともに、みずからを守る最強の盾としての九条も、壬生に奪われたことになるのである。

これは、九条は徹底的に受け身でいられたことだったし、じっさい壬生から真意を聞くまではピリついてもいた。だから、背後の事情、つまり壬生の戦略について知らないを通すことは可能だろう。壬生の戦略としても、攻めつつ盾も奪うということは、利にかなっているわけで、不自然さはない。壬生と宇治の関係も九条は知らない。出雲としても、たんに近くにいたものとしてなにか知らないか聞きにきただけなんだろう。そして、九条は壬生と会ってはいるわけである。


出雲は、久我の連れを殺したときのように、必要に応じて想像を絶する残虐さを発揮するぶぶんはあるが、基本的には面倒見のいいヤクザである。ただその面倒見のよさは、先天的な優しさとかによるものではなくて、あくまでヤクザ的身振りを出ない。今回の食事では、タバコはダメだろうなとわかっていながら、いちおう聞いて、わかっているという相槌をいったんはさんだうえで外に出ている。なにもいわずに「味に影響するから」とただひとりで考えて外に出るより効果は大きい。このひとは、ヤクザだけど、こちらに気を使って外に出てくれたと、あの大将は感じただろう。前回の愛人っぽい女に対してもそうだ。急に靴を奪い、それを盃ににしてダメにするという行為には暴力性があるし、端的に迷惑である。しかし、非公式とはいえ「盃を交わす」という行為に使ったことからは、女の靴、また女に対してある聖性のようなものを認めている、という読み取りが可能である。しかもそのあと大金を与えて靴を買うようにもしていた。女は、「盃を交わす」という重要な祭事にじぶんの靴なんかを使ってくれたと、迷惑を被っている側でありながら感じたことだろう。


このようなヤクザ的身振りに出雲は包まれている。ひとは、ほんらいただの迷惑行為にすぎない出雲のふるまいを、「面倒見のいいヤクザだ」と読み換えてしまう。だから出雲はモテるし人望がある。久我の連れや闇バイトを処分させたときも、ずいぶん舎弟らを労っていた。しかし、そもそもは、彼がひとを殺そうとしなければ済んだことなのである。出雲は、ヤクザとしてのふるまいを人望で覆い隠すことで、まるで最初から迷惑行為・犯罪行為などなかったかのようにひとびとの認知をコントロールするのである。

これは、モテ出雲とは逆にもおもえる残虐パートにもいえる。果たして、久我の連れは、あんな殺しかたをされる必要はあったのだろうか。あれは、過不足なしに見せしめだったわけである。そしてそれさえも、京極への気持ちと部下へのねぎらいの気持ちを畳みかけることで、透明にしてしまうのだ。


もちろん、彼の京極を慕う気持ちはほんものだろう。しかし、人望という点では出雲のほうがうえかもしれず、もっといえば、あの過剰な京極ラブ描写からして、彼は「京極を慕う」という身振りさえ、じしんの人望の糧にしているようでもあるのだ。彼にはそんなつもりはないかもしれない。だが、出所してすぐ、京極のかえしだけを考えているかのようにふるまうさまからは、あざとさも見え隠れするわけである。近くにいるものには見えないあざとさだ。遠くから見ていても、以上のようには感じないという読者も多いだろう。しかし彼がその京極をいちばんに考えるという身振りによって人望を獲得していることはおそらくまちがいないのである。







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第115審/最悪の駆引②



不覚…。前回掲載時に次回10号掲載と書かれていたため、特に本誌を確認せずにいて、8号掲載の第115審を見落としていました…。やばい、刃牙もあるし一気にたいへんになってしまった。ざっとで…。


久我の連れが主犯で京極宅に侵入した、たぶん闇バイトの連中の死体を処分した若い衆が陸に戻ってきたところだ。出雲は彼らをねぎらい、あとで合流するようにいう。

その出雲がクラブで酒を飲む前には、百井という売人と、なんと曽我部がいる。どういう経緯かわからないが、出雲が酒に誘うくらいだから、百井もそうとうキレものなんだろう。

その前に描かれた九条、烏丸、薬師前のやりとりで、出所したはいいが心配されていた曽我部だが、薬師前の予感通り、百井はやたら堂々としているが、曽我部はビビりまくりだ。


京極が出てくるまで面倒をみてやるということなので、ひょっとすると百井はもともと京極のもとで働いていたのかもしれない。出雲はそばにいた嬢に靴をぬがせ、それを盃にして酒を飲み合う。盃を交わしたな、と出雲は確認するが…。こんなことで、ヤクザです、ってなるのかな?


いきなり靴を汚された女は、大金を渡されて、喜んで出雲とともに裸足で帰宅するのだった。


別の日、約束通り出雲は戻ってきた宇治と合流する。久我は宇治の側に立っている。

宇治はめちゃくちゃに稼いでいる。兄貴分よりいい車乗ったらだめだろと軽くいわれ、差し上げますと、宇治も軽くいうのだった。



つづく



やれやれ…。まさか読み飛ばしてるとは…。車にかんしてこういうやりとりがあったのね。次話であっさり出雲が車持ってくからびっくりしちゃったよ。


ウシジマくんでも、舎弟が兄貴分を強く慕い、命をかける姿はたくさん描かれてきたが、出雲はその系譜、しかもそうとうな強者だ。あの女の靴を盃にすりくだりからは、唐突で暴力的ながらいちおう、彼女を神聖な存在として扱っている感じがみえる。曽我部のスニーカーで盃を交わさないよねということだ。なんだろうね、モテそう。








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第37話/血


ピクル戦を終えたジャックだが、時間をおかずに光成と連れ立ってやってきた花山とバチバチだ!

花山も指を鳴らしているし、至近距離でにらみあう状況である、これは試合成立だろうとジャックはいうが、光成は「黙らっしゃい」という。こんなふうに行き当たりばったりで決まる小さい立ち合いではないと。ふたりのレベルを考慮した発言ではあるが、なんか最近光成はえらそうだな。まあ、「いまここではちょっと」ということなんだろうけど…。基本的には当人たちの勝手じゃないかな。

ジャックは、ピクルにズタズタにされた腹を示しつつ、こういう場合は負傷している側、ハンデのある側に決定権があるということをいう。ジャックに問題がないなら問題がないはず。
しかし花山は、血が出てるという。唐突すぎてちょっと笑っちゃった。顔面爆発したことあるひとが言ってるのがおもしろい。血が苦手だと。もちろん、言葉のままの意味ではない。ジャックがいうように、彼は負傷している。花山は、だからこそたたかうことはできないのである。

目の前で煙玉が爆破しても気づかない男である、そういう、言葉の裏みたいなことを読むのはジャックは苦手だし、だいたい根本的なものの考え方がちがいすぎて、ジャックには花山の考えはわからない。「血が苦手」と、そのまま受け取って、なんかへんなキャラになっちゃってる。

しばらく面白がってみていた光成がやっと説明する。まさしくジャックは手負いである、その傷がふさがるころ、この男はジャックの前に現れる、しかも、血が苦手なのも治っているだろうと。手負いだからやらないんだと説明したかたちだ。

そうして花山は去っていく。ジャックは理解したのかなんなのか、とにかく戸惑っているが、それよりも、観客の盛り上がりかたに驚いている感じだ。なににこんなに喜んでいるのかと。これは、「エエカッコしい」と「観客」の接触点にはじめてジャックが気づいた瞬間かもしれない。ジャックじしん、歓声を求めはするが、いわば「観客の求めるもの」には無知なわけである。これについては、いかに花山がカッコいいかを実況が説明している。

通路で花山を待っていたのは、いつのまにか客席から去っていた刃牙だ。そして、流儀を問わないジャックと流儀にこだわる花山の対決は、もはや宗教戦争だと煽るのだった。

つづく


いかにも花山らしい、花山ならそうするだろうなという流れだ。

負傷にかんするとらえかたのちがいも対照的である。ジャックは一般論を述べているようでもあるが、ハンデのあるほうに決定権があると考える。その点については、実は花山はなんとも言っていない。というか、決定権がどうとかというはなしをしていない。ただ血が苦手だから、要するにいまはやりたくないなあということだけを言っているのである。ひとつには、相手が負傷しているからこそやりたくない、ということだ。そんな卑怯な喧嘩を花山が望むわけはない。もうひとつは、彼自身の問題、負い目をつくりたくないということだ。柴千春によれば、負い目をのなさが勝ちを呼ぶわけだから、これは結局勝ちたいからかというはなしになるが、そういうことでもないだろう。あくまで美学的に、そんな喧嘩はしたくない、みたいなところとおもわれる。
花山は、強さを授かって生まれた、生まれつきの強者である。体格はむろんのこと、鍛錬で身につくものでもない、人間離れした瞬発力が生むあの破格の握力である。暴力が日常にあるヤクザという出自もそうかもしれない。そういうものは、鍛えてはいけない。準備してはいけない。その思想はやがて、アファーマティブ・アクション的に、相手に多少の有利を与えるという方向に生長していった。準備しない、つまりいつでもゼロでなければいけない、という思想から、さらに、自身をいちど引き算しなければ気が済まないところに発展していったのだ。ふつうに考えると、この思想は強さに結びつかない。勝ちのチャンスを見逃し、武術の基本ともいえるところから逸脱する、闘争合理性からは離れたものだからだ。しかし花山の場合はそうではない。むしろそれが勝ちにつながっていく。「エエカッコしい」側の論理を考える際には、花山ほど極端なふるまいは、それがなぜ強さに結びつくのかということの参考になるかもしれない。なぜ、スペック戦のように、最初にもらえるだけ攻撃をもらうような非合理的強さの引き算が、むしろ強さにつながるのか。おそらく、いっさいの迷いがなくなるからである。引き算は、やがて彼を滅する。濁りのない、漂白された存在にする。このあたりは、以下の記事でくわしく書いている。






花山は自己を滅する。相手の攻撃を通じて、花山を花山たらしめるもの、授かったものをすべて殺す。そのとき、武蔵がいうように、彼は仏のような存在になる。彼の動作からはいっさいの「花山薫」が消え去る。主語があり、述語がある、人間の行為状況から、主語が消え去る。そうして、彼はついに述語そのもの、攻撃そのものになって相手を打ち砕くのである。



それでも、あの場でジャックがどうしてもやりたいとなったら、花山は受けるだろう。それが、決定権そのものについて彼が言及しない理由だ。ただ花山は、美学的にこんなファイトはいやだなあ…と言っているだけなのだ。とすると、ジャックは今回、花山の美学に押し負けたことになる。だからこそのあの困惑なのだろう。そもそもジャックは、押し負けるもなにも、なにが起きてるのかわかっていないようだった。こうみると彼は明らかに人間としては未成熟で、こんなところにも差が出るのだなという感じがする。おもえば本部の老獪さを前にちからを出しきれない感じがそれだった。内面的には幼児のようなピクルもそうだ。ピクルが刃牙や武蔵と戦ったときにあらわになったあの、なんというか力量以前の差が、花山戦では露呈してしまうかもしれない。




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第36話/服装(ナリ)




不完全ながらピクルの都市民的完成を見せて終了したジャック対ピクル。

だがそれはジャックの勝ち名乗りを受けて実況がそうとらえたものだ。最高審判長である光成が宣言したものではない。どこかに消えていた光成は実況の背後に現れ、これを小突き、お前は審判かと咎めるのだった。いや、あなたがいうのですか。地下闘技場って審判がいないのが大きな特徴ですよね。光成が試合をとめることはあるけど、なんというか、ある種の超自我的なものにすぎないのであって、ほんらいはただ試合展開の明らかさと選手本人たちの宣言が優先されるはずだ。前後するもののジャックの勝ち名乗りとピクルの戦意喪失は見て明らかなものであり、この試合はジャックの勝ちである。まあ、内容に関わる話というよりは、たんに宣言じたいを横取りされたのが悔しいのかも。


去り行くピクルを見送るジャックのそばに、花山を連れて光成が現れる。ここでも勝手に試合終了されたことを言っている、が、誰も文句はないだろうと。光成じしんはどうなのだろうか。なにかおもうところはあるようだが、彼にとってはそれほど明らかな勝利でもなかったということだろうか。


だが、光成の目的はこんなことではない。ジャックはピクルを見つけたときから花山を意識している。ここでもそこまで露骨ではないが、じっと観察している感じだ。このふたりをぶつけたいのである。


とりあえず勝利を祝福する花山。ジャックが無言ではなしが進まないので、光成が水を向ける。噛道は花山にはどう見えたかと。似たようなはなしは前もしていたが、花山は相変わらず「人様の流儀に口を出すつもりはありません」のスタンスだ。しかし、それが逆に、わずかでも同意できないぶぶんがあることを物語る。

花山は噛みつきはできないのかと光成が煽る。花山は黙っているが、ジャックがそこで「無理ダ」とようやくしゃべる。服装をみればわかる。そんな勇気はない。こんな場所でも正装でいるエエ格好しいにはできないと。ジャックも噛道がエエカッコしい的な近代格闘技の批判思想的なものだと自覚していたのか…。


花山も光成が煽りジャックが挑発していることをわかってはいるだろう。もういいでしょうという花山に、噛みつかなくても勝てるということだなみたいな、挑発なのかなんなのかわからないことをジャックはいう。で、これが効いたみたい。花山が指を折り、静かに拳を鳴らしはじめる。そして、やはり、もういいだろうと、さっきとはちがう雰囲気で述べ、歩み寄る。これは試合開始だろうとジャックはいうのだった。



つづく



これはピクル以上にあついマッチメイクだ。年も同じくらいだよな。


刃牙ワールドは、勇次郎を除くと、もともと強さの関係を不等号であらわせない世界だが、なかでも花山は測定しにくい性質の強さを持っている。強さが精神性や出自(侠客立ち)によっているぶぶんが大きいからだ。もちろん、握力という測定可能な武器もある。しかし、握力キャラはこれまでもたくさんでてきたが、武蔵など例外はいるけど、花山との直接の握力比べはあまり行われてこなかった。板垣先生も花山の作劇上の聖性を保護するのに慎重なのだろう。


図式的には、大多数のファイターには多かれ少なかれ「エエカッコしい」なぶぶんがあるが、ジャックにはそれがない、だから噛みつきのような技に挑戦できた、みたいなことになる。カッコつけない、それがジャックの強みだと。だがぼくでは、いままでのところで、ジャックが勝ちのたびにあがる称賛の声を誇らしげに喜んで受け取る姿が引っかかっていた。非エエカッコしいは人目を気にしないはずである。そういうものが、果たして歓声を喜ぶのかと。この点については、ジャックじしんはカッコつけてるかどうかを意識していない、という方向性で読んできた。彼のふるまいを外部から評価しようとしたら「カッコつけない」が出てくるのは自然だが、彼自身にそのつもりはない。「父殺しを描き続けてきた」と一般に評される作家がいたとして、当の本人にはそんなつもりはまったくない、というのと同じだ。ただ、強力だから、誰も使っていないから、噛みつきを選んだと、そういうプラクティカルな理由なんではないかとおもわれたのだ。

今回ジャックが花山を「エエカッコしい」としたことが即彼の「非エエカッコしい」たることの自覚にはつながらない。あの場面は、光成の手を借りた挑発だった。だから、ジャックが、じぶんがどう見られているのかを理解した上で、文脈を利用するかたちで挑発に活かした、というふうにみることはできる。ただ、仮にそうだとしても、噛みつくのかできないのかという流れのうちに、ジャックが花山との対戦を望んでいることにちがいはなさそうだ。つまりジャックは、彼自身が「カッコつけること」をどう考えているかとは別に、深い意味を、花山との対戦は宿すことになると理解しているのだ。


ピクルはジャックと並ぶ「非エエカッコしい」といえたわけだが、花山は逆に、刃牙キャラ屈指の「エエカッコしい」なわけである。それどころか、最初に書いたように、彼の場合はその精神性、「花山薫」として生きることじたいが強さにつながっている。ジャックとは逆にカッコつけてるから強いタイプなのだ。これは美学対決ということになるわけである。そしてそのもっとも象徴的な差異が噛みつくのかつかないのかということなのだ。


ところでその、「非エエカッコしい」は歓声を喜ぶのか問題だが、げんに喜んでいるわけだから、ジャックのなかにはなんらかの理屈があることになる。一般の感覚に引き寄せてまず考えられるのは、中二病的感性だろう。じぶんはひととは異なっていると考える中二時代のわたしたちは、症状の重さにちがいはあれど、それぞれにそれを表現してきたはずだ。しかしいっぽうであなたやわたしは、それを誰かに認められたいと思わなかっただろうか。考えてみればこれは不思議な感性である。ひととはちがうのであれば、ひとの評価なんてどうでもいい。ここまでは意識できる。だがそのさき、わずかではあれ、それを誰かに知ってほしい、ひととはちがうと言ってもらいたいと願う気持ちはあったのである。

もうひとつは、そうした「人間の抱える矛盾」みたいなはなしではなく、理屈のとおるもので、ジャックは新しい価値観を作り出す立場なのだというものである。美学をもつものを「エエカッコしい」と呼んだところで、ジャックじしんが「非エエカッコしい」を自認するところに美を見出していることはゆるがない。だが、既存の世界ではそれを美とはしない。世界は、噛みつきを、たとえば花山のかっこよさとは同列に語らない。そのうらみがジャックの原動力なのである。だったら、そういう世界をつくればいい。そう考えると、ジャックは父に認められたい、世界に認められたいとあがいていたむかしから変わっていないのだ。ただ、あがきかたが変わったのだ。流行を追うのではなくつくる、みたいなことだ。世界にはじぶんを正当に評価するものさしが存在しない。だったら、評価されないまま突っ走って、世界をひっくり返して、美意識じたいを根底から変えてしまえばよい。その上で、つまり突っ走った上で得られた評価、つまり歓声は、はばかることなく正面から受け止める権利があるわけである。









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第114審/最悪の駆け引き①




出雲が登場したところで、新年より新章スタート!「曖昧の判断」は薬師前の不同意わいせつの件のみとなった。


久我が出雲と死体処理をしている。刑務所にいる京極の家に泥棒に入ったものが、経緯はわからないが久我のむかしの連れで、手伝わされている感じだ。

重機でつぶしたその死体を、骨は砕いたからということで、三分割してゴミ袋に詰めるよう、出雲が久我にいう。元仲間だから、という以前にすりつぶされて内臓が出てるので気持ち悪いのだが、宇治と盃をかわした伏見組の仲間ということで、久我は手伝わされる。

ふと目を向けた先には他に三つの死体が。これが実行犯ということで、闇バイトらしい。で、久我の知り合いが計画した主犯ということだろう。彼らは家に入る前に若い衆に捕まったが、防犯カメラの存在も知らなかったという。最初から捕まってもいいくらいの感覚でバイトを集め、チクッたら家族を殺すなどと脅しておいたが、ヤクザの本気の拷問であっさり吐いちゃった、みたいなことだろう。


出雲はペット火葬車を3台持ってきている。これで火葬するわけだが、焼却炉が小さいので、分割しておかなければならないというわけだ。


作業しつつ、出雲は、壬生と連絡をとってるかと久我にたずねる。はいというわけはない。携帯も預かるが、会話はすぐ消すか、ちがう携帯を使ってるはずで、見るだけむだだ。出雲はそうしつつ、久我のスマホで宇治に電話をかける。壬生らといつもの寺だか神社だかで遊んでいた宇治は、久我かと思って出たらくだんの出雲で、内心動揺しただろう。どこにいてなにをしてるか。西で商談してると、アバウトな返事だが、出雲はあまり詮索しない。違法なこともあるだろうし、ヤクザのマナーというところなのだろうか。明日の食事の約束だけして出雲は電話をきる。いつもどるか聞いて約束してて意外と優しい。いまから来いとかいうヤクザもたくさんいるだろう。

宇治は苦々しげに壬生に出雲からの電話だったと伝える。壬生も、出雲がやっかいな男だとよくわかっているようだ。



九条と烏丸は東京に戻ってきている。烏丸は沖縄を気に入ったようだが、東京では仕事が山積みだ。カップ麺をなににするかなどと話してるところに薬師前が差し入れを持ってやってくるのだった。



つづく


薬師前も戻ってきたのね。


出雲は、あんなふうにひとをひとと思わずに解体できる残忍さもだが、久我に壬生と連絡をとっているか訊ねているときのあのヌルッとした感じや、たいした用事もなく宇治に電話をする感じなど、とにかく嫌な感じが際立つ男だ。胸くそ映画に出てくるタイプ。


壬生と宇治の関係は知られていないので、宇治は疑われてはいないが、勘の鋭い人間なら、壬生の連れだった久我を引き入れる宇治になにかを感じるかもしれない。そうでなくても、宇治は、仮想通貨だったかな、ふつうのヤクザではしくみを理解することも困難な方法でもうけているから、なんだかえたいの知れないやつ、という印象は強いだろう。また、人柄もいいので、たぶん若い衆からの人気も高い。少し上くらいの世代、つまり出雲とかからすると、なーんか信用できないなあという感じだろうと思われる。

もしその直感に自覚的になったら、ヤクザなら宇治と壬生のつながりをつきとめるかもしれない。なぜなら、ふたりは、道で知り合ったような偶然的な間柄ではなく、中学の同級生だからだ。不可能ではないだろう。


「出雲」って、いまの島根県あたりのことだとおもうんだけど、これまでのキャラがほぼ平安時代の京都周辺地名から名前をとられていたことを考えると、少し異質な感じもする。そのあたりのことは「空気感」であり、ぼくは神話や歴史にくわしくもないので、地元民に「そんなことないよ」っていわれたらそんな気もするが。なんというか、イギリス人の名前のなかにスラブ系が混ざってる感じというか…。なんとなく、外部からきたという感じがする。ちょっとニュアンスを調べてもいいかもなあ。







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