今週の闇金ウシジマくん/第465話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第465話/ウシジマくん51

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん獅子谷甲児が丑嶋殺っちゃいます宣言をした屋上の場面のあとということだろう、滑皮と甲児が1階までおりてくる。てっきり前に丑嶋を呼び出したような高級ホテルのなかなのかとおもったが、6階だてのビルみたいだ。冷静に考えるとふたりが屋上に出た場面も別にふつうの建物の屋上という感じだったしな。

 

 

甲児がひとつ聞いていいですかと滑皮に話しかける。月の裏側に宇宙人の都市があるかどうか知りたいのかと、からみにくいおじさんみたいな滑皮の冗談を甲児は全無視して訊ねる。なぜ丑嶋みたいなハンパものに滑皮が時間を割くのか理解できないと。しかし、それは甲児もそうである。甲児はそういわれて、じぶんは兄貴のカタキだからという。

 

 

 

 

 

「あいつムカつくだろ?

 

 

昔から偉そうで鼻に付く野郎だった。

 

 

徹底的に心をヘシ折って完璧に服従させるつもりだったンだよ。

 

 

俺のライフワークみてーなもンだった」

 

 

 

 

 

 

こういうことを、滑皮は妙にうれしそうにいう。滑皮の不可解な丑嶋への執着にかんして、滑皮じしんのくちから語られたのは収穫だ。このおもいにかんしては、最近の描写よりむしろヤンキーくんのころのふたりのひりひりするような衝突を思い返したほうがいいだろう。

そして、気になるのはやはりこれが過去形であることだ。たったいま、柄崎の誕生日会をセッティングして、丑嶋への陰湿な攻撃を仕掛けたばかりの滑皮のところへ甲児はやってきて、今夜やっちゃうというふうに持ちかけたのだ。滑皮的にはせっかくいまああやってうまく柄崎をだませたのに、という感じだったが、とりあえずこのことを滑皮は見逃す。つまり、殺していいと認めたのである。偉そうでむかつくから心をヘシ折ろうとおもっていたと過去形になるのは、もうそうするつもりが(少なくとも甲児との会話の流れのうえでは)もうないということなのである。

 

 

 

 

丑嶋は甲児の優秀な部下である潜舵の車にのっている。まだなんのために呼び出されたのかは聞かされていないようだ。潜舵はぱっと見乱暴ものではないが、ひとりで()キャバクラひとつをぐちゃぐちゃに破壊する程度には暴力的である。その潜舵が、キャバクラに潜入させていた女の情報で、オーナーの自宅に脱税でためこんだ金がたんまりあるということを知って、強盗することになったのである。これを甲児に伝え、面が割れていないものを用意してほしいといったとき、甲児は丑嶋のことを考えた。そして、甲児的にはそのまま丑嶋をついでに殺しちゃおうということなのだった。

車には椚も乗っていて、まだ尿意便意示してはいないが、強盗本番のときに騒がれたらたいへんなので、潜舵は済ませておきたい。というわけで、丑嶋にトイレに連れて行くように命令するのだった。獅子谷に対しては反抗的になることもないではないが、それ以外では丑嶋はけっこう黙ってしたがっているようである。丑嶋は椚を連れてトイレを探しに出る。ここで、潜舵たちの本音も見える。なんで椚みたいなのをいつまでも飼っているのかよくわからないと。ひとひとりを動物あつかいとはいえ生かし続けるのはたいへんなことである。しかも椚の場合は両手がないので、犬猫のようなトイレのしつけすらできない。歯もなかったから食事も選ぶだろう。嫌がらせにしても、椚はどうも言葉を理解していないようだから意味ないだろうと。これにかんしてはふたとおりの解釈ができるが、これはあとで考えよう。

 

 

深夜だからかトイレが見つからないので、丑嶋は捨ててあったペットボトルを拾い、どこかの建物のなかで椚におしっこをさせるのだった。潔癖症の丑嶋なので、いやだとおもうが、どういう心理だろうか。立ち小便じゃだめなのかな。でも両手ないわけだから、TIMTIMをもって制御できないので、立ち小便させるとなると、こう、じょぼじょぼっとズボンを汚す感じになっちゃうか。

そうしつつ、丑嶋はそれとなく椚に話しかける。獅子谷はどうかしてるなどといって反応を見ているのである。それを受けて、椚は明らかに表情を変える。理解しているのである。丑嶋はさらに煽る。ケツもふけないからだにされて、母親と姉を目の前でレイプされて、どんな気分かと。椚が殺意を抱いたのを見計らい、丑嶋はおれも殺したいというのである。

 

 

丑嶋と椚が戻ると、そこには甲児が到着している。ふつうに考えると、面の割れていないものということで丑嶋が呼ばれているくらいなのだから、キャバクラを荒らした潜舵と、有名人の甲児は参加しないほうがいいとおもうのだが、たぶんこのあと丑嶋を殺すという突発的な計画が出てきたので、会長も出てきたのだろう。

甲児は、夜中に椚の母親を呼び出すのは忍びないということで、今後は下の世話は丑嶋担当だと、穏やかにいう。うまくいえないけど、こういうしゃべりかたが甲児は独特である。言葉のとおりなら、丑嶋は兄のカタキで、非常に憎んでいて、しかもこれから殺すつもりなわけだが、ちょっとサドっ気のあるものが友人をいじってるときのような口調なのである。どうとでもいえるところだが、丑嶋への「兄のカタキ」を経由した憎しみが記号にすぎない可能性をみてもいいかもしれない。

 

 

ここではじめて用事はなにかというはなしになる。キャバクラのオーナーの家にドロボーに入ると。いつのまにか下見も何度かしたようだ。監視カメラにうつらない非常階段から屋上に上り、ベランダにおりて、窓を割って侵入する。しかし窓を割った瞬間に警備会社に連絡がいくから、警備員がくる10分以内に逃げると。丑嶋は断ろうとするが、選択権はないということで、強制的に参加、すぐさま、甲児と丑嶋、潜舵とたぶん金髪の男の4人は作業開始。

 

 

オーナーの篠田の家には、奥さんか彼女かわからないが、響子というメガネの女もいる。主婦生活を堪能している引退したもとキャバ嬢っていう感じがないでもないので、奥さんかもしれない。

篠田はけっこうぼこぼこにやられていたとおもうが、いちおうもう仕事に出ているようだ。でもだるいのでゲームして時間をつぶしている。響子は夜食を用意している。面倒だけどぼちぼち店にいくかということで、書斎にある車の鍵をとってきてくれと篠田は響子にいう。そうして書斎にやってきた響子は、ベランダでいままさに窓を破ろうとしている黒ずくめ集団を目撃するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

黒ずくめなので誰が誰やらというところだが、いちばん左の大男は明らかに甲児である。2番目が金髪。問題は目出し帽のうえからメガネをかけている右側のおもしろ人間ふたりである。左側のメガネは、リュックを背負っていて、なにかガスのスプレー的なものをもって窓を破ろうとしている。その右のメガネはロープをもっていて、なにも背負っていない。屋上の描写をみると、この左のメガネが先導している感じだから、たぶんこれが潜舵だろう。右のロープをもっているのがおそらく丑嶋だ。しかし目出し帽のうえからメガネって・・・。

 

 

 

椚は言葉を理解しているようだ。しかし、これも、洗脳くんのカズヤのようなものかというと、微妙なところである。言葉を理解しているからといって、複雑な思考が可能ということにはならないし、それをいったら犬や猫や、野生のカラスとかだって言葉を理解している。おそらく、椚は特に演技ということはしていないのではないかとおもう。あるいは、演技するうちそれが自然になっていたということかもしれない。椚が腕をもぎとられたのがどの段階なのかはよくわからない。ともあれ、すさまじい苦痛を受け、かみつくことすらできない、いっさいの抵抗の手段を奪われてしまい、悪態をつくのにも疲れてくれば、いまのような感じにもなろうというものだ。通常であれば、犬あつかいされれば、ムカッとくるのが、椚では、もはやムカッときたことの表明がまったくなんの意味もないのである。そうして、外部からの目線や働きかけが椚ではすべて無効になる。甲児は椚に死ぬことも許さない。となれば生きるしかないので、外部からの刺激に反応をしない存在になることが、もっとも楽なのである。そして、そういう生き方を続けていれば、やがて脳も軟化していって、言葉も理解できなくなる。潜舵たちがいっているのは要するにそういう状況だ。しかし丑嶋は、甲児のしたことがどれだけひどいことかを椚に思い出させるというしかたでアプローチした。彼にとっては、甲児への殺意など抱えるだけ負担だし、母親や姉の件も思い出すだけストレスである。しかし丑嶋はそこをくすぐる。そうして、停止していた椚の殺意をよみがえらせたのである。

丑嶋はたぶん椚に反応があるとはおもっていなかったので、これはおそらく予期せぬ状況である。だから、あのトイレでなにかを話し合ったとか、あるいはなにか仕掛けたとかいうのは、ちょっと考えにくい。が、少なくとも丑嶋のプランのうちに椚は含まれることにはなっただろう。椚に顔を近づけて悪魔のようにささやく丑嶋は、まさにヤクザくん以前の、全能の気配を漂わせている。

 

 

 

甲児が椚にこだわる理由は、潜舵たちにも理解不能である。これにかんしてはふたつ考えられる。ひとつには、潜舵たちは、椚はもう言葉を理解していないので、嫌がらせとしての意味はないと考えているが、そうではないということだ。つまり、嫌がらせとしてこの行動はまだ有効なのだ。げんに、椚は複雑な思考はできなくても、思考停止というふるまいを通じて、嫌がらせに応じているのである。椚がじっさいに言葉を理解しているのかどうかということは、もはやどうでもいい。かんたんにひとを殺す彼らからすればよりそうだろう。ふつう、嫌がらせというものは、そののちの生が想定されている。ご近所トラブル的なものを想像するとして、どうも気に入らないご近所さんの家の前にゴミを捨てていくとかする嫌がらせは、それを見て相手が悔しいおもいをする光景を想像することで成立する。すでに死が決定しているものには嫌がらせも効果的にはならないのである。が、椚は生き続ける。というか死なせてもらえない。そして、その条件のうちで、椚は思考停止を選択した。その結果として“ほんとうに”言葉が理解できなくなっているのかどうかということは、甲児には重要ではないのである。だが、「思考停止」というふるまいが表示されているということは、甲児には意味がある。なぜなら、それじたいが、嫌がらせが有効であることを示すからである。

しかしそれも、そのうち殺すつもりであるということなら、それほど意味もない。ふたつめの解釈として、甲児にとっては椚は生きていることに意味がある、ということが考えられる。なにかひどいことをされて、その相手に復讐しようと考えたとき、その復讐は、なにをもって終わるのか。以前もどこかで引いたが、内田樹によれば、「目には目を」という有名なハムラビ法典の一節は、同害報復といって、制約の表現なのだという。なにかことばの響きだけから受け取ると、目を奪われたのだから、同じだけのことをしてやるという決意が感じられるようだが、そうではなく、これは、目を奪われたものは、相手の目を奪う以上のことをしてはならないという、復讐を制限するものなのだという。これが示すのは、そうしなければ、復讐には終わりはやってこないということだ。それも当然のことである。目を奪われたものが、怒りに任せて相手の目を奪い、耳をそぎ、両手をもぎとっても、じぶんの目は返ってこないからである。

甲児は、復讐の動作を通して兄の死に報いる。これは法の外のはなしであり、甲児の主観だけがこの動作の主人である。奪われた兄は、その犯人たちの命や四肢を奪うことで補われることはない。原理的にもそうだし、甲児の主観としてもそうなのである。椚は鉄也殺害の主犯である。甲児は丑嶋もこの件に関与していると考えているので、あるいは丑嶋も含めて、いつかどこかで復讐は完結する可能性も、彼は考慮にいれているのかもしれないが、ともかく現時点では、椚が甲児の復讐心を負うことになっている。甲児は、少なくともいまの時点で、復讐をやめることはできない。なぜなら、椚やそのほかのシシック元従業員の命で、あの兄の命のもとがとれるとはとても考えられないからである。もし彼が椚を殺してしまったら、それは兄の命に値札をつけるに等しい行為となる。兄の命はだいたいこのくらいの価値だと、意図せず量化してしまうことになるのである。これが、椚の生かされている意味である。奪われた兄を取り返すために甲児は復讐する。しかし、死んだ兄は返って来ない。したがって復讐は終わらない。終わらないはずが、椚が死ねば、これは強制的に終了となる。そのとき、兄の命は有限のものとなり、底が知れることになる。この不安が甲児にはある。だから、無意味にみえても、また相応の労力を必要とするものであっても、甲児は椚を生かし続けるのである。

 

 

 

甲児は熊倉の件を知らない。彼が兄のカタキとして、ほとんど理不尽に丑嶋にこだわるのがアリなら、滑皮が同じように丑嶋にこだわっても、共感はできないとしても理解不可能ということにはならないだろう。だが、丑嶋について語る滑皮には、熊倉のことを隠して適当に嘘をついているという感じは特にない。なにか、むしろうれしそうに、丑嶋のことを偉そう、ムカつくと語るのである。滑皮はそれをライフワークというが、まあ意味としては「趣味」くらいのものだろう。だが、ライフワークというのは通常「畢生の仕事」などと翻訳される。生涯をかけて追い求める事物のことなのである。ことばとしては軽く発声されているが、根底的にはその重みをみてもいいだろう。最初に書いたように、このセリフにかんしては、ヤンキーくんでふたりが作中はじめて顔を合わせたあの思わせぶりな場面を背景にすえればすんなり理解できる。じっさい、偉そう、ムカつく、というのは、滑皮のナマの感覚なのだろう。しかし、ここでは甲児に対したものなので話題になっていないが、むろん熊倉の件もここにはからんでいる。あのことをすっかり忘れて、若いときからのもやもやだけを手掛かりに滑皮が丑嶋いじめをしているとは考えにくい。滑皮はヤクザであり、丑嶋は闇金であるから、社会的な上下関係ははっきりしている。しかし、そういうものを無効にするようななにかが丑嶋にはある。それを、滑皮は感じ取っている。だからこそ「偉そう」と感じるのである。そしてそれが顕現したのが、ハブ一味皆殺しであり、熊倉射殺である。これを経由して、滑皮の感想が真実であったことが判明した。しかし、だからこそ、丑嶋の価値を剥ぎ取る意味はある。丑嶋は、闇金でありながら、ヤクザを殺している。しかもそれは、滑皮の兄貴分である。これほどに、滑皮が信じているもの、ヤクザの伝統とか、裏社会の秩序とかいったことに反した存在はない。くりかえし書いてきたことだが、滑皮がそれでも丑嶋を殺さないのは、まさにそのことによってだ。彼は、ダブルバインドの宝庫であるヤクザ社会でのしあがるために、ひとつひとつの矛盾をつぶしていくより、最大の矛盾を引き受けることで絶対的なものに到達しようとしている。国産のリンゴがすべて赤い国と、青い国があるとする。「すべてのリンゴは赤い」という命題と、「すべてのリンゴは青い」という命題の対立である。これは矛盾している。赤い国が、青いものを「リンゴではない」と証明するのはただの論破である。そうではなく、科学的にどちらもリンゴであるということを証明し、「すべてのリンゴは赤ないし青である」という具合に、両者を包摂することができれば、ひとは絶対に一歩近づくことになる。少なくともヘーゲルではそうである。滑皮は、これ以上の矛盾はないという、親殺しを引き入れるというふるまいによって、ヤクザ社会のダブルバインドをすべて乗り越えようとしているのだ。

しかし、それは具体的にどういう方法によってなのか。丑嶋に親殺しの責任をとらせつつ、彼を引き受けるようなことは可能なのか。それが、彼のライフワーク、丑嶋の「偉そう」な態度に転写されることになる。柄崎は、丑嶋の唯一無二性を保証する存在だ。柄崎じしんが唯一無二になるためには、唯一無二である丑嶋のサポート役として「最強の柄崎」になるほかない。しかし、じつはそのことによって、丑嶋じしんもまた、唯一無二の存在になっていたのだ。だから、彼から柄崎を取り上げることは、丑嶋を凡人におとしめることにほかならない。そうして丑嶋の心を折ることが、丑嶋を殺さず(否定せず)、責任をとらせる唯一の方法になるのではないか。

 

 

 

だが、ライフワークを過去のものとして語る口調からは、あきらめが感じられないでもない。熊倉のことを隠している以上、すべてが真実であるということはないわけだが、それでも、おや、というところがあるのだ。気になるのは、滑皮が甲児に、殺す前に金をぜんぶ奪えといっていたことである。あの強盗が無事済んだあとどこかで葬るとしたら、下手すると夜が明ける。甲児はいったいどうするつもりなのだろう。このまま、潜舵含めた3人でどうにかするのだろうか。コマとしては椚が生きていることが判明したし、柄崎もどうなったかわからない。いくら甲児の腕っ節がすごくても、銃を構えた武闘派ヤクザ三人を皆殺しにしたあの男を、甘く見てはいけないだろう。

 

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