第2話/王者(チャンピオン)
バキが絶望的な退屈を味わっているいっぽう、同様にたたかいに倦んでいる男がいた。アメリカの総合格闘技の王者であるサム・アトラスという男である。チャンピオンになってもう7年になるらしい。そりゃーすごい。世界を既知に感じてしまってもしかたないかも。
試合中もほとんどやる気を出していない。ぶつぶついいながら余所見したりなんかして、ぜんぜん緊張感がない。相手が意外な動きをしたり、想像以上の速さやちからで動いたり、そういうことがもうまったくなくなってしまったのだろう。同様にヘヴィ級とおもわれる相手を見事な一撃で失神させる。
この「スポーツ」に見切りをつけたアトラスは、インタビューに対して日本に向かうことを告げる。徳川光成のもとにむかったのである。バキと勇次郎のたたかいはテレビやネットで中継され、世界中のひとが目撃することとなった。もちろんアトラスもそれを見た。そして人伝に地下闘技場のことを聞き、日本にやってきたのである。
じっさいのところそういう「チャンピオン」はけっこういるんだろうとおもう。なかには地下の正戦士になっていくようなのもいそうだけど、たいていは、よくてせいぜい、最大トーナメント1回戦負けレベルだろう。アトラスはどの程度のものなのか。光成に親子喧嘩の感想を訊ねられ、「人間の身体があれほど美しく動くのを初めて観た」と評する。強さにかんする評言ではないのはアトラスの自尊心もあってのことかもしれないが、いずれにしても、多少気の利いた返しではある。少しはできるかもと、光成は考えたかもしれない。アトラスはその親子喧嘩の少年のプロモートを光成がしているときき、やってきたのである。バキとたたかいたいと。
アトラスは1試合4億稼ぐそうである。個人の収入ってことなのか、彼が動くとそれだけの金も動くということなのか、あまりにも額がでかすぎてわからないが、いずれにしても大金である。地下でのたたかいは無報酬である。しかし、金では手に入らない「地上最強」の称号が手に入る。
そんなアトラスに、光成はコンディションを訊ねる。アトラスは強者らしく、今夜すぐにでもできると応える。光成はそれを受けて、即座に今夜の試合を決定する。くちにした言葉にうそはない、今夜試合でもべつにかまわない、しかしまさか本当にこの場で試合があっさり決まるとはアトラスもおもっていなかった。バキの都合だってあるだろう。戸惑うアトラスに光成は告げる。
「何時でも
何処でも
誰とでも
断らんから最強なんじゃ」
なるほど。
光成のいうとおり、試合はあっさり組まれることになる。現れた範馬刃牙は想像したよりもずっと小さい。見た限り体重は半分程度のようである。テレビやなんかでバキを見たことはあるはずだが、大きさというか、力感についてはあまり理解していなかったのかも。それだから強さよりも「身体の美しさ」のほうに目がいったのだ。
だが、ずっと伏し目でいたバキがおもてをあげてアトラスに目を向けたとき、彼の目には「見たこともなるようなあるような謎の生物」があらわれたのだった。
つづく。
アトラスが近くしたのは、虫というか恐竜というか、高さ5メートルくらいの、モンスターハンターに出てきそうな怪物であった。これが「見たこともないようなあるような」怪物であるというのがポイントである。というのは、要するに、全体としてはこんな怪物は見たことないのだが、ひとつひとつの構成要素としては、彼はそれを知っているのである。バキがピクル戦や勇次郎戦で見せた象形拳にしてもリアルシャドーにしても、それを知覚するにはこちら側にも経験が必要である。バキは、対戦相手をくっきりとリアルに想像することで、シャドーボクシングの応用で、じっさいにからだにダメージを受けながら試合をすることができる。それをさらに応用し、100キロのカマキリを想定してたたかい、トレーニングなんかもしていたのだが、いずれにしてもそれはバキの脳内に起こっている変化で、それを外から見ているものが相手の中身を知るためには、もともとそれを知っていなければならない。相手の外郭をバキは明瞭に縁取るが、たとえばカマキリという生き物をまったく見たことがないし、そういう種類の生物がいることもぜんぜん想像できなければ、点と点、相手の輪郭とじっさいのカマキリの形状は結びつかず、なにかとたたかっていることは理解できても、それの細部までは浮かべることができない。象形拳はもっと直接的で、相手のイメージに訴えかけるものである。たとえばカマキリをまねるとしても、そこにあるのは所作とか力の向きとかで再現された対象の運動のベクトルだけであって、仮にそこにカマキリの目つきとか体臭とか闘志とか、そういう生々しいものを感じ取ったとしても、それを自覚させているのは彼自身のカマキリにかんする経験なのである。
そしてこのときアトラスがバキに対してなにを感じ取ったかというと、ひとことでいって「世界」である。バキは父を超えるために文字通り世界をすみからすみまで塗りつぶすようなしかたで鍛錬を重ねていった。父とは世界そのものであるからである。だから、理論的には、漸近するのみで、バキは勇次郎に永遠に追いつけない。それが、バキ世界で親子喧嘩がなかなかはじまらなかった理由でもあるのだが、ともかく、バキはそういうしかたで父を目指す以外なかった。そうして、既知となった、ぬりつぶした未知は、技術としてバキのなかに宿る。これはピクル編で考察したことだが、バキというのは他者の集合なのである。そして、たんじゅんないいかたをすると、「もう世界にぬりつぶすところがなくなった」状態にあるのがいまのバキである。父を、珍妙なしかたであったとはいえ、乗り越えたのだから。同様に地上最強になりながら、そのようにバキと勇次郎では成り立ちがまるでちがう。これが勇次郎であったなら、アトラスはただ鬼の形相を、風圧のように全身で受けたかもしれない。しかしバキはそうではない。それだから、ありえない生物のなかにわずかな既視感を覚えてしまうのである。
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