第284話/洗脳くん⑫
デリヘルで裏ではもうけている金子のばあさんの取立てにやってきた丑嶋は、以前いちどだけ見たことのある、勅使川原と遭遇する。金子を占っているところだという。
前回丑嶋は、思考を放棄した小金井という顧客の特徴的な性質として、占いにはまっていることをあげていた。その意味で、つまり、相手に身をゆだねさせる物語を提供するという点において、占い師と闇金業者は同業みたいなものかもしれないが、彼が客を尊敬することがないのと等しく、占いをばかにしているぶぶんはかなりあるのかもしれない。それとも、「物語を提供する」というこの商売のからくりを知っているため、からかいたくなるのかもしれない。丑嶋はやたらと勅使川原にからんでいく。
丑嶋が勅使川原の鎖骨のあたりに痣があるのを発見する。丑嶋はしつこく質問するが、勅使川原は答えない。だが内心、かなり動揺してはいるようだ。ほとんどつねに無表情の彼女が、顔に汗を浮かべている。
金子のところからの帰り、柏木というヤクザが丑嶋を待っていた。前に登場したあれきりのキャラかとおもったが、まだ出てくるようだ。どう見ても小物だし、今回の用事もそれほど重要とはおもえない。男女一組ぶんの戸籍を売ってくれないか、というか、売れ、そういうおはなしである。丑嶋にとってはめんどくさい男だ。だが、柏木は金子の商売のことを気にしているし、あるいはそこから、神堂周辺の本筋に接近していく可能性もある。
場面はかわって、今度は唐突に、ふたりの刑事の描写である。ベテランのほうが延川、若いのが辻下。関西弁っぽいしゃべりかただが、果たして、彼らのいるところが、丑嶋や神堂のいる東京方面なのか、方言のまま関西なのかは、よくわからない。しかし、途中、通天閣が見えているし、ふたりはいかにもいま出社した、というような会話をしている。あとで訪れる「現場」にも、何度も行っているっぽい。というわけで、本筋の舞台となっている東京ではなさそうだ。
ふたりはまずラブホテルみたいなところを訪れ、従業員の女にはなしを聞く。「泉森社長」のことを聞きたいのだという。ふたりは社長の写真を見せてはなしをはじめるが、女は、気弱そうな社長の横に座っている「天見」という男に激しい反応を見せる。だらだらと汗を流し、そのことのいっさいを思い出したくないというふうだ。
要するに、刑事は「泉森社長」、および、ほとんどついでに、「天見」を求め、彼らの会社のもと従業員を訪ね歩いているわけである。だが、女は、社長からは辞めてからいちども連絡はないという。天見からはしつこく連絡があったが、携帯を変えて引越しまでしたという。特につきあっていたとかというわけではないのに引越しまでしているとなるとそうとうな事態だが、刑事はそこには触れない。
さらにもうひとり、刑事たちはもと従業員の男を訪ねる。彼もまた同様の反応、知らないしそのことについてはなにも考えたくない、そういう態度だ。
もちろん、延川はこの違和感に気づいている。彼らは、社をあげてインチキ商品を売りさばいていた、詐欺師としての泉森を追って、もと従業員たちを訪ねているわけだが、どうも、予測していた感触とちがう。
証拠品のなかには必ず回答がある、飽きずに、阿呆みたいに粘ってつきあっていかなければならない、という持論にしたがい、延川は辻下を連れて、泉森と天見が暮らしていたというアパートにむかう。ぱっと見はどうということもないが、延川はそこに、「なにかいやな感じ」としかいいようのないものを覚えている。職掌的な勘だろうか。
インチキ商品を売りさばく、その会社のボスは、しかし、評判が悪い感じはない。逆に、従犯であるはずの天見のほうに、彼らはおびえのようなものを見せる。そもそも、泉森は本名で、天見は偽名だったのだという。延川は、主犯は天見だったのではないかと考える。そして、その写真にうつっている「天見」というのは、神堂大道なのである。
もどって東京。丑嶋社長が金子を取り立てるのを、コインパーキングに車をとめて待っていたマサル。丑嶋が帰ってくるようなので、先に料金を清算しておこうとする。が、マサルはうっかり番号をまちがえて、べつの車のぶんの代金を払ってしまう。その車というのが、神堂のものなのである。
つづく。
丑嶋と神堂は出会わなかったが、いろいろ急展開だ。
マサルが神堂のぶんのお金を払ってしまった。このじてんでだいぶややこしい。神堂どころか、マサルがどういうリアクションをとるのかも予想がつかない。もちろん、払ってしまったのはまちがいなのだから、返してくれ、ということになるんだろうけれど、それで返してさようならとなるわけがない。だってこれから丑嶋がやってくるのだから。
丑嶋は金子のところに、この駐車場から徒歩でむかったようである。ということは、かなり近いはずだ。そして、神堂もそこに車をとめているということは、そこから徒歩でいけるどこかに用事があったということになる。金子のところには勅使川原がいた。あるいは、もうすでに車内には勅使川原がいて、痣のことを指摘されたと、神堂が聞かされている可能性もある。それに、この場所に柏木がやってくる可能性もある。というのは、前回ポロシャツみたいのを着ていた彼が、今日はスーツだからだ。あのしつこさを見ても、わりと急ぎで戸籍が必要ということなのかもしれない。金子の取立ての日が今日であると予想した柏木は、最初から事務所までついてくるつもりで待ち伏せていたのかもしれない。
というわけで、どうなるのかぜんぜん予想はできません。
今回は神堂の前身である「天見」が登場した。「天」などという文字も入っている偽名であることからみて、そうなると「神堂」も偽名であるにちがいない。
触れないといいつつ何度も触れてしまっているが、今回の挿話は、「洗脳くん」のモデルになっているにちがいない、北九州の事件をいやでも思い出させる。あの事件の犯人も、監禁殺人にいたる以前、布団の会社かなんかを経営していて、そのじてんですでに、あの犯人のサディスティックな性格、また人心をコントロールする特異な能力は発現しており、従業員への虐待は日常となっていたそうだ。
作中でじっさいにどのようなことが行われていたか、当事者である従業員たちがくちをとざしてしまっているので知ることはできないが、たしかに感じられるなんらかの内容が、くちにされることそのものがおそろしいというふうに忌避されているところに、天見の、つまり神堂のこわさが出ている。おそらく、インチキが発覚したせいで、神堂は東京のほうに逃げていったのだろう。つまり、たぶん、近くにはいない。少なくとも、いま目の前にはいない。そればかりか、目の前にいるのは、そのおそろしい神堂を捕えようとしている警察なのである。にもかかわらず、彼らと神堂とのあいだにあったなにかを、彼らには語ることができない。彼らもまた、神堂に洗脳されていたのだ。少なくとも上原まゆみおいて、神堂は、勅使川原を経由するかたちで、スピリチュアルなワーディングで彼女の人格のもっとも深いぶぶんにあるトラウマ的物語を書き換える、という方法をとっていた。あなたはこういう人間なのだと、あたかも分析医が患者と、患者の人格を「共作」していくような顔つきで、すっかり神堂仕様に書き換えてしまうのである。このことはくりかえし書いてきた。たぶん、犯罪心理学にくわしいかたなどからしたら、拙い、お笑いのような分析かもしれない。しかしひとまずは、この路線で考察をすすめていきたいとおもう。
そして、おそろしいことに、「共作」し、じぶんのなかにもともとあった「忘れられた」物語を再発見したつもりである対象者は、人格を書き換えられたことに気づくことが理論的にはできないのだ。いつかも書いたように、ちょうど、宇宙がどれだけ横に縦に伸び縮みしようと、そこに含まれているわたしたちも同じ割合で伸び縮みしているからそのことを自覚できないのと同様に、自力でそうした作為があったことを洗脳完了後に自覚することは、物理学者が常人には理解不可能なわけのわからない理論と計算を用いないと宇宙の伸縮を推測できないのと同じく、たいへん困難なのである。
だがもちろん、そのことで、たとえば痛覚が失われるわけではないし、なにかに恐怖し、耐え切れなければ発狂するということもある。だが、仮に従業員たちが神堂に洗脳されていて、虐待を受けていたとしても、洗脳が完了していれば、彼らにはそれを外部からの異物のように受け止めることはできないのだ。なぜなら、そのじてんで彼らは、神堂(天見)という宇宙に含まれてしまっているからだ。いきなり道でおそいかかってくる暴漢は敵であり、外部からの異物であり、対峙することができる。だが、神堂の語彙でものを考えるよう、人格を書き換えられてしまった彼らには、まるで彼が、「わたしのすべてを知っている全能の神」であるかのように感じられるはずである。なぜなら、彼らは、人格が書き換えられていることを知らないからである。自覚できないからである。
従業員たちにも痛覚はある。恐怖も覚えている。だが、彼らがくわしい事情を語らないのは、「恐れているから」なのではない。それらを、おそいくる暴漢のような、外部からの飛来物として語るための語彙と文法をうちに備えていない、あるいは、自覚のない次元で備えることを禁じられているのである。ちょうど、わたしたちが、宇宙の外側というものを想像することができないように。そこでじっさいに生じている恐怖は天災に対するものに近いのかもしれない。彼らにおいては、「被害者であるじぶんたちが神堂を加害者として告発する」という鳥瞰的な位置関係を設定することができないのである。
泉森と神堂の関係はなんなのだろうか。延川のいいかたでは、「天見」の正体はまだわかっていない感じである。調べてみたら、履歴書やなんかの情報はぜんぶでたらめで、役所に問い合わせてもそのような人物も存在しないことになっていたとか、そんなようなところだろう。ということは、まず会社があり、そこに神堂が社員としてあとから入ってきたと考えてよいだろう。そうして、おそらく泉森の人柄を完全に読み切った神堂が、あの手この手を駆使して取り入り、弱みも手に入れ、社長の人格を掌握し、実質的に会社を動かしていたにちがいない。そんな彼が泉森といっしょに暮らしていた。くわしくは記さないが、おそろしい「電源」が描かれているコマもあることだし、なにより経験豊かっぽい延川の刑事としての勘がなにかを告げている。いったいどうなるのだ・・・。
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