今週の闇金ウシジマくん/第266話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第266話/生活保護くん⑭



偶然佐古の目にとまり、ネット上に自宅画像から実際の住所までさらされてしまっているオラオラ系大学生・剛田照己。佐古はしばらく北国にいっていたので、それを見たべつのものだとおもわれるが、剛田の家の郵便受けやドアには落書きや、なにやら血まみれのものなどがひっかけられていたりして、とにかくひどい。


剛田は相手を罠にかけるために考える。いたずらをされるのはいつも彼がバイトにいっているときである。外出するときがすべてバイトに行くときではないので、つまり、家にいないときではなく、バイトにいっているときをねらっていたずらがされている。となると、彼のバイトのシフトを把握しているやつのしわざだ。剛田はツブヤイターでバイト先についてつぶやいたことがあるから、それをもとに店に足を運び、シフトを確認したのだ。


そして、剛田は以前、佐古のことを目撃している。そのときはなんか小汚いやつが写真撮ってるなーくらいだったが、おもえば彼のいた位置はちょうど、ネットにアップされた自宅の画像の角度と一致しているのだ。


剛田はつぶやきで佐古を誘い出し、友人の猛志に尾行させて家をつきとめるつもりなのだ。直接のいたずらをしているものをとらえるなら、ふつうにバイトに出かけ、その間猛志に張り込んでもらえばよい。これだけでは、いたずらをしたものと佐古が同一人物であると見ているものかどうかわからないが、以前彼は「連中」みたいないいかたをしていたし、いずれにせよ元凶は写真を撮っていた佐古である。だからまずは彼をいたぶろうと、そういうことだろう。


佐古はぬーべーと希々空(ののあ)のところに向かっている。めしあは企画書が倒れて病んでいるから外に出てこれないのかもしれない。

ぬーべーは佐古に一日をどう過ごしているか訊ねる。佐古的にはじぶんの正体はDQNバスターということだが、それを明かすことはできない。それは匿名のものだからだ。正体がわかると存在できなくなるという点では、ウルトラマンみたいなヒーローものと同一である。というか、そう考えると、一般の正体を明かせない系のヒーローというのはみんな匿名なのだな。

生活保護を受けるようになってから、とりあえず生活のお金について心配することはなくなったが、今は退屈で死にたくなるとぬーべーはいう。ひとによっては、生活保護でパチンコをして金欠のやつもいる。もちろんそんなことがばれたら生活保護はとまってしまうだろうけど、目的のない日々を送ることを強要され、それにしたがっているような毎日に比べたらよほど健全だとぬーベーはいう。彼女もできない。



「俺、思うんだ。


安楽死認めていいと思う。


必要


必要だ・・・」



ぬーべーの表情はひどくうつろである。ぬーべーにとっての生活保護は、その場にぴくりともせずとどまることを要求するものである。生活保護くんは、その申請が通ったときから、社会的制度による共感、つまり「計量されること」を受け容れることになる。ひとの痛みや苦しみは、彼が感じたそのままの身体作用を経由して、他者に知覚させることはできない。したがって、理論的に、生活保護を通すか通さないかを判定するのは、そうした痛みを「数えることのできるもの」として分類するものである。そこではおそらく死すらも、計量されたのちに配給されるものなのである。

佐古はあやうくぬーべーから金を借りそうになるが、彼は冷静に、友達とおもうなら貸し借りはやめようという。しかしののあは留守だ。ぬーべーは違法金融なんかバックレてしまえというが、佐古が正直というか丑嶋がおそろしいというか、今日も佐古はきちんと利息を返済する。だけど、そもそもはののあの借金なのであって、違法云々以前にどうしても納得がいかないとおもったとしてもべつに奇妙ではない。佐古は勇気をだして、もう少し金利をどうにかできないかと丑嶋にもちかける。

佐古が地方で仕事をしてきたはなしすると、丑嶋は佐古の手のひらを見てなにかを考える。そして、老人相手の御用聞き、さらには起業という目的意識を耳にして、なにかをおもう。ばあいによっては利息を下げてもいいというのである。


さて、帰宅した佐古をパソコンのむこうで待っていたのは、その北国での仕事で仲良くなったおばあさんだ。おばあさんは相変わらずスカイプをスイカップ、ネットショッピングを熱湯ショッキングと勘違いしているが、細かいことはどうでもよろしい。重要なのはこうして、みずからパソコンを動かし、佐古と画面を通してはなしているということである。

そして、おばあさんの友達もさこちんからパソコンを教わりたいと、たくさん、あちらに集結しているのである。佐古は感動して涙を浮かべる。

佐古はパソコンが得意そうだし、しかもおばあちゃんっ子だから会話も上手なのだろう。たいへんな評判である。授業料も振り込むという。佐古はこの感動をニクシーに綴る。これまでの仕事は苦痛なだけでやりがいなんかなかった。だけど、いまになって、そういうやりがいのある仕事が見つかったかもしれないと。これは北国での仕事にも見えたことだ。生活保護くんとしての佐古は、“まず”、計量される。仕事を開始する以前の段階で、すでに給付される額があらかじめ定まっている。だが北国以降の佐古には、“まず”労働がある。そののちに、妥当かどうかは二の次にして、返礼のようなものとして、お金が支払われるのである。このちがいは、非常に大きいだろう。この返礼は、ほかのどのような労働ともとりかえのきかない固有のものである。少なくとも、佐古と、相手のおばあさんたちはそう考えている。おばあさんたちは、佐古の佐古性みたいなものにお金を払っているのである。


日記を見ていためしあも元気を出す。企画書を書き直し、必ず起業してやると、決意を新たにする。

そして佐古も、調子がいいということで、DQNパトロールを開始する・・・。剛田はまたそれっぽいつぶやきを用意しているのだった。



つづく。



前回のバキ感想で、わたしたちは昨日と明日の区別がつかなくなったとき、わたしの存在しない世界というものが想像できなくなり、死のリアリティに直面する、というようなことを書いたのだけど、あれはもしかするとまったく逆だったかもしれない(これもおもいつきだが)。というのは、ぬーべーのように、昨日と明日がまったく同じであると推測可能なら、当然、わたしの死んだあとの世界も同じようにすすんでいくと想像することは自然なことのようにおもえるからだ。ただし・・・カテゴリちがいだが、範馬勇次郎においては、世界とわたしが同義であるから、勇次郎の硬直は世界の硬直なのであり、そこに、彼は絶望していたのかもしれない。

そして、バキ感想では「成長」という狭い定義にこだわってしまったが、これはむしろ「更新」という広い意味でとらえたほうがより適切かもしれない。わたしたちの生はいつでも、のびたり縮んだり、濃くなったり薄くなったりして変化している。これはおそらく、次世代への知恵のパスという点についても同様で、わたしたちの価値は絶えずかたちを変え、新たに生成されていき、そのなかに、わたし固有の世界は息づいている。それは死を軽々と乗り越えていく。そのとき、ぬーべーとはべつのしかたで世界は鳥瞰される。というのは、ある意味では、わたしたちは存在をやめたあとでも、世界と同化した目線として存在し続けているからだ。わたしたちの子供はわたしたちの遺伝子を受け継ぐのだし、わたしたちのくちにしたことばはそれを耳にしたもののエクリチュールを編んで広がっていく。それが、価値の弾性というものなのかもしれない。

いずれにしても、ぬーべーは死を求めているぶぶんがある。しかし、生活保護くんとしての彼は、死ですら、配給されるものとして考えるほかない。ここで恐怖なのは死そのものではなく、死がたいした意味をもたないということなのではないだろうか。淡々とした日常は、生の輪郭としての死を、ぬーべーにおいてはずいぶんうっすらとしたものにしてしまっているのだ。


剛田がトラップを仕掛けてくる。彼のふるまいがネット上でどのようなあつかいを受けたか、具体的なことはわからないが、剛田はいまだにツブヤイターもフェイクブックも続けている様子だ。となると、騒いでいる連中だけ騒いでいて、じっさいのコミュニティではたいしたあつかいはないのかもしれない。今回のつぶやきがトラップだとすると、これまでのものに比べれば犯罪自慢というほどではない。だから、このアカウントがさらされて以来自粛してきたという可能性はあるわけだけど、前後に佐古が違和感を抱かないところを見ると、ふつうに続けているらしい。


このつぶやきじたいは、いまでは、ネット上で注目されているわけだから、みんな見ているし、リンクを貼ってさらすことはできる。佐古のDQNバスターとしての仕事は、これを撮影するなりなんなり、リアルに動くというところにある。ここにあやうさがある。佐古は、おばあさんたちとの経験から、交換できない、とりかえのできない、つまり制度では計量できないじぶんの価値というものの片鱗を知ったはずである。にもかかわらず、生活保護くんとしての彼は、相変わらず匿名の、つまり交換可能なものとしての量的価値にこだわるのである。べつに、それはそれでかまわない。だが、剛田がいたぶろうと考えている対象は、ほかでもない、佐古なのである。匿名が匿名を攻撃するぶんには、どちらも交換可能だから、ある意味ではフェアである。しかし匿名が実名を攻撃するとなると、攻撃を受けるものはその場から動けないので、必然的に、相手の素顔を暴こうということになるのである。そこらへんが、佐古にはまだ実感がないのかもしれない。佐古では、鉄槌をくだす相手は誰でもよかったのかもしれないが、剛田のほうでは反撃を加える相手は誰でもいいとは当然ならないのである。しかし、まあ佐古は痛い目を見るとおもうが、これは構造的には、彼が生活保護くんを抜け出る最大のチャンスかもしれない。剛田が佐古を実名者としてとらえたとき、DQNバスターはどんなに弱くても交換不可能のヒーローになるのだ。ある意味で剛田は、ほかの誰よりも、「ほかならぬ佐古」を求めているのである。




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