『ロラン・バルト モード論集』 | すっぴんマスター

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■『ロラン・バルト モード論集』山田登世子編訳 ちくま学芸文庫





ロラン・バルト モード論集 (ちくま学芸文庫)/ロラン バルト
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「初期の金字塔『モードの体系』当時のロラン・バルトは、ソシュールによって提唱された記号論的方法を探り、モードをその研究対象として、多くのエッセイを残している。モード界の2人のヒーローを対決させる「シャネルvsクレージュ」、装いの卓越性について語る「ダンディズムとモード」、衣服史研究の方法論をめぐる「衣服の歴史と社会学」、モード誌の表現からその意味作用を探る「今年はブルーが流行」など13本を収める。緻密かつ鮮やかにモードという日常の現象を分析してみせる1冊。新訳・オリジナル編集」Amazon商品説明より




バルトの作品は、同じちくま学芸文庫から出ているものをいくつか読んでいるけれど、まあどれもむずかしくて、一読では理解できないし、そもそも熟読してどうにかなるという感じではないのかもしれない。



本書は、『モードの体系』という作品の前夜に書かれた、そこにいたるバルトの思索の道筋であって、ひとつひとつは短く、本じたいも薄い。だけれど、言語学の方法をファッションの領域に持ち込もうとするにあたって、バルトのありかたはじつに緊密であり、スリリングだ。



構成としては、訳者によれば、第一部が記号論の専門知識がなくても読める、モードに関する知的なエッセイであり、第二部がもう少し学術的なモード論だ。その第二部、「今年はブルーが流行」などはたいへんな難解さであり、僕などはぶぶんてきに読み飛ばしてしまった。まあそのうち理解できるだろう。




どこを読んでも知的にスリリングであって、僕では、「読んだだけでちょっとあたまがよくなったような気がしてくる」種類の書き手のひとりなのだけど、後半にはインタビューが三本おさめられており、そのうちのひとつ、セシル・ドランジュという、たぶん記号論的には素人のひととの対話は、訳者あとがきにも記されているように、なかなかおもしろくて、なんか著名な知識人のツイッターにおけるフォロワーとのやりとりを見ているような気分になった。というのは、はなしがぜんぜん噛み合ってないということなのだけど、バルトは、紳士というかなんというか、辛抱強く、ひとつひとつ丁寧に回答していて、相手がどこまで理解したものかわからないが、いずれにしても、このひとのおかげで、晦渋な言い回しに包まれていたバルトの思想が多少クリアになったことはまちがいない。




最後のインタビューでは、分析の詩的な試みとして、それが無から対象をつくりだすことだという、今日の批評技術に通じるようなことばも見られた。げんにそこにあるものを、盲目の凡人たちをおしのけて、才能をあるものがすくいあげるのではなく、分析それじたいが、対象をそれとして成立させているというのだ。これは、ちょうど、モード雑誌がモードをつくりだしているのであって、すでにある、言語化されていない「クチュリエの創発性によて生まれる本質的に気まぐれな現象(138頁)」としてのモードがモード雑誌に記載されているわけではない、ということともよく似ている。モード雑誌に書かれないモードなど存在しないとすれば、分析されない対象もまた無のままだということになる。しかしそういう、「軽薄」なものこそが、方法を支え、いきいきとしたものにする。作品がそれじたいで完結しており、作品が送るメッセージはすべて、作品それじたいの表面の凹凸に記載されている、そういう態度のほうが一般的かもしれない。だけどここでは、方法が対象を保証するのではなく、むしろ対象が方法を支えるのだ。




だから、バルト流の現代批評は、すでにあるものを言語に翻訳していくものではなくて、新しい世界をそこに見出そうとしている。たぶんそういうところが、難解でありながらどこまでもスリリングな理由なのかもしれない。




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