今週の範馬刃牙/第293話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第293話/父への贈り物(プレゼント)



勇一郎の技、ドレスを息子にしかけた範馬勇次郎。

やがてバキはふりまわされるだけでなく、近くにあった車に叩きつけられるようになる。

傍目には致死的な攻撃である。だけれども、範馬の、バキの見る高さにおいては、状況はちがった。彼は、迫り来る車体をさばき、破壊することで、ダメージを軽減し、ばかりか、その間に体力を回復させてしまったのである。


バキは父になにかを手渡す。



「もらってばっかじゃさ・・・・


悪いから・・・・」



それは、車からこぼれでた部品でつくられた、不気味な人形である。ちょっと車のことはよくわからないので、なにがどのぶぶんにあたるのかわからないが、いずれにしても、遠めにもなにか長い得物を手にした人間だということがわかる程度には完成している。ひとつひとつの部品は、コードとかチューブみたいなもので、おそるべきことに結ばれている。


はっきりと表情に見せているわけではないが、勇次郎は驚いている様子である。というのも、いつバキがこれをつくったのか知覚していないのである。ふつうに考えて、バキはずっとふりまわされていたのだから、ふりまわされていたときにつくったに決まっている。あるいは、メンタルの戦術で、こうした状況をあらかじめ予測して、家でつくってきたという可能性もないわけではないけど。


バキは叩きつけられながら、傍目には致死である攻撃のさなか、車を破壊し、ばかりか部品を集めていた。しかもそれは、ただてきとうに、目に付いたものを拾ってきたというものではない。てきとうに集めて、限られた時間でこんなものはつくれない。バキはたしかに、必要とするかたちをはっきりと確認しつつ、ふさわしい部品を探していったのである。

勇次郎はバキをヌンチャクとしてあつかっている。だから、つねに足首だけをもってふりまわしていたわけではない。ドレスのあいだの半分程度は、バキは片手しかつかえなかった。それでいて、ダメージを減らすよう動きつつ、こんな作業までしていたのである。もちろん、この作業じたいにはなんの意味もない。これは要するに、父への、「余裕」の表現である。


勇次郎もバキがこんなことをしていたことは気づかなかったが、しかし攻撃が正確に決まっていないらしいということは、打ちつけながら感じていた。微妙に、想定していた衝撃より小さいのだ。父はそういうのだが、バキはまだ人形の出来にこだわっている。その温度差、つまり、範馬勇次郎の攻撃をいなすという行為をあまり重大とみていないかのようなバキの一種の軽さに、勇次郎はなにか違和感のようなものを覚える。そしてふと、さきほどバキのくちにしたことばを思い返す。「もらってばかりじゃ」だ。

そして勇次郎はなにかに気づく。瞬間、ふたりが動く。これは、どちらが仕掛けたのだろうか。勇次郎の尻のあたりから伸びているラインを見ると、彼が右の蹴りをはなち、バキがそれを空中で回転してよけたように見える。だが勇次郎は軸足で飛び上がっており、バキの回転をよけて後方に退いているようにもおもえる。

だがそのあと、バキは、なにもくちにしていない勇次郎に対し「その通りだよ」といっているので、この瞬間の動きを無言のメッセージ、父の了解として受け取ったことになる。勇次郎の攻撃に、バキは父の気づきを感じたということだろう。

さて、父はなにに気づいたのか。つまり、バキはなにをもらったつもりでいるのか。



(父からの


勝利・・・・)



息子の生意気に勇次郎が猛っている。身をおとし、攻めに入る勇次郎だが、ここで、バキの意識がなにかザ・ワールド的な状態になる。暗くなったコマのなかでは、バキの蹴りが勇次郎の顔面に打ち込まれる。勇次郎が鼻血を出す。続けて、鬼の形相でふりかえる勇次郎の顔面に拳がめりこむ。「会話長くね?」「あれは教育だから!」という観客の会話を背後に、ついにバキが反撃を開始する様子である。



つづく。



勇次郎が鼻血を噴出した。

これはダメージありとみてもいいだろう。


打ち込む瞬間、まるで時間がとまったように、バキには感じられているようである。

じっさい、技がきまる瞬間、攻撃を放った本人のバキが、意外な顔でこれを見つめているのである。

もうずいぶん前だが、意識のトリガーのとりあいをしていたとき、この技術の極意が、相手の意識をリニアにするというところにあると分析した。

意識というものは多奏的なものである。あるひとつの「意識」・・・というふうにとりだすことじたいがたぶんできないのだが・・・の起動する前の0.5秒、この瞬間をついたところで、わたしたちはたったひとつの意識の命令でのみ動いているわけではなく、それどころか、たとえば心臓はいつもかってに動いているし、訓練によって複雑な反射も可能になる。

だから、相手の行動を意識と一瞬切り離し、空白にするためには、すべての意識を一点に集中させることが前提だった、と僕は考えている。

このことを思い返すと、バキのつくった人形は、勇次郎を猛らせ、たったのひとつの意識に全身を支配させるためにとられた戦術であったのかもしれない。

ただ人形を手渡すだけではない。勇次郎が唯一認めた、父・勇一郎の必殺技、これを、かわすばかりか、「余裕」の表情で、まるで世の中にあるとるにたらない現象のひとつであるといわんばかりに、おちょくってみせたのである。

バキは、ドレスの威力を現実「余裕」で受け止めていたわけではあるまい。身をもって、この技が最上級のものだということを感じていたはずである。しかし、だからこそ、それをおちょくってみせることは、父の意識を一直線にするためにもっとも効果的だったのである。


となると、逆にいえば、バキにとっていまこの瞬間は最大最後のチャンスかもしれない。バキからすれば、勇次郎が猛り狂っているときが、ダメージを加えるいちばんの機会なのである。


先週に引き続き、重要な瞬間に、背景には範馬脳が浮かび上がっている。

バキの脳みそは背中と同じ、鬼の貌を浮かばせている。

だが、そこに鬼を見出すのは他者である。その模様のなかに、すでにして鬼の意味が含まれているわけではない。

そして、わたしたち読者や、ごくいちぶの例外をのぞいて、周囲のにんげんはこの脳を見ることはできない。

勇次郎の背中に鬼を見出したのは、勇次郎じしんのふるまいのなかに鬼を見たものたちである。

しかし、仮にバキのふるまいのなかに鬼(のようなもの)を見出したとしても、そもそも脳みそを見る機会がないので、そこに鬼の顔が宿ることはない。

にもかかわらず、範馬脳はこのように、あきらかに範馬的に、起動している。

範馬脳とはなにか。

勇次郎を追うということは、行く先々で「勇次郎の痕跡」を発見し、落胆するということである。

彼はすべてのわがままを可能にする、淵源的な意味での他者をもたない存在である。彼にとっての他者は一種の知識にすぎず、不如意をほどこすものとしては誰も登録されていない。だから、勇次郎にとっての世界は、あらゆるものが溶け合った乳児のものに非常に似通っている。

しかしそれは、彼がずっと乳児のままであるからではなく、事実彼の腕力が世界と等価のものであり、彼に「おもいどおりにならないこと」を教える機会がまったくなかったからだ。

そんな勇次郎に、勇次郎でない人物が追いつこうとするためには、地道に、不器用な手つきで、世界をひとつひとつぬりつぶし、「未知」を埋めて「既知」を蓄えていくしかない。

範馬脳の起動は、おそらく、そのようにして蓄積された「既知」が、鬼の顔として勇次郎の背中に顕現する「範馬」に追いついたということなのだ。

それがたまたま計量可能な「知識」のようなものであるから、正しく脳にあらわれている、ということではないだろう。これがあらわれる場所が、他者に見えないところであるというのが、おそらく重要なのだ。それは、内部に退蔵されなくてはならなかった。勇次郎の「鬼」性みたいなものは、意外なことに、彼の与り知らぬところで他者のほどこしたものだった。彼の絶対性を保証するものは、それが絶対であるとくちにする他者たちだったのだ。

しかしバキは、これを内部から覆そうとするものである。父と同じように、他者から指摘されるしかたで近づくだけでは足りないのである。なぜなら、バキは、「絶対である」と指摘するものすらもカウントし、学び、知り尽くし、じぶんのいちぶにしていかなければならないからである。不思議なはなしだが、事実として、勇次郎は地上最強であり、絶対であり、他者をもたない。だがそれは、彼以外の他者が絶対だ、最強だとくちにするまでは存在しなかった絶対性であり、自存性なのである。そのようなコメントを以前いただいた記憶もあるが、勇次郎の他者からの独立したありかたは、じつはそれじたいを認める他者ありきの相対的なものだったのである。これを超えるために、バキは、「絶対」である、最強である、ほとんど鬼であるとくちにされる“以前”から、絶対であり、最強であり、鬼であるようなものにならなければならないのである。事実としてできるかというおはなしではなく、そう志向せねばならなかったのである。それは、遅れてきたものが先をいくものに追いつこうとするときの、宿命なのかもしれない。先を行く勇次郎とおなじしかたで背中に鬼を宿しても、けっきょくのところそれは勇次郎と交換可能な存在にすぎないのだ。





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