第264話/生活保護くん⑫
丸井という、もとニートで、いまは高齢者向けのなんでも屋を経営している男を訪ね、起業のノウハウを学ぼうとしている佐古、めしあ、ぬーべー。手始めに無償で雪かきをすることで、佐古は労働の自発性みたいなものと、そこから、その意味とはまたべつに、事後的に発生してきた賃金の重みみたいなものを知った。ある労働力がどのくらいの給金で計算されるのか、あらかじめ設定されていることが、ひとびとを交換可能とし、佐古の「理解されない」感覚を強めていたぶぶんはあった。だから、彼が労働の自発性、給金以前の地点で、なんらかの意味のあることをしようとしたことは、非常に大きいとおもう。1000円というのは小さなお金だが、重要なのはその多寡ではない。あらかじめ決定されてはいないということのほうなのだ。
三人はとりあえず、数日は丸井にお世話になるらしい。雪国であることだし、夜は猛烈な寒さだが、暖房はつかえない。節電で禁止されているらしい。
翌朝、佐古たちは、丸井以外のほかのスタッフをはじめて目にする。丸井によれば、彼らももとニートで、いろいろなことが苦手みたい。なにをやっているのかわからないが、なにやら細かい手作業を三人で黙々としている。予定表をみるかぎり、大きな仕事の予定はあまりない。佐古も、どうやって会社成り立ってるんだろうと疑問におもう。
前回雪かきを成立させたおばあさんが佐古を気に入ったみたいで、今日もきてくれということだ。屋根に上って雪をおとしたあと、佐古はおばあさんの部屋でお菓子を食べながら雑談する。おばあさんも、なんでもかんでもができて助かっているということである。
そこに、娘さんっぽいおばさんが入ってくきて、うさんくさそうに佐古をねめつける。孫に電話するかしないかで、ふたりはとげとげしく言い合う。事情はよくわからないが、孫とはなすと電話代がたくさんかかるということでおばあさんは嫌がっている。佐古は、スカイプなら無料だと教える。おばあさんは理解しているものかあやしい。だけど、親切にしてもらって楽しい気分であることはまちがいないらしい。
佐古はおばあさんとはなしているうちに、じぶんの祖母のことを思い出す。勉強しろ、働けと、親はいつもキツイことをいってきた。じぶんはずっとガマンしてきたけど、祖母だけは、いつでも佐古の味方だった。祖母が死んだ日にじぶんは終わったとまで佐古はいう。おばあちゃん子なのだ。
だが、はなしを聞くうち、おばあさんはいつのまにか寝てしまっている。
その夜もあまりに寒いので、佐古が安眠のために案出したのは、ダンボールでつくった棺みたいな箱である。すごくあたたかいらしい。
まともな寝床ができたところで、三人ははなしはじめる。めしあは、ああ見えて「なんでもかんでも」の状況を見抜いている。あんな程度の売り上げでは家賃も払えないはず。じゃあどうしているかというと、国から助成金をもらっているのだという。そういう助成金の期限は3年だそうで、そのあいだに自力で運営できるようにならなければならず、現状丸井以外はただ働きだという。
はっきりそういうわけではないが、めしあは「なんでもかんでも」をすでに見限っているようでもある。具体的なノウハウを学べるだけ学び、彼の考える新しい事業に生かしていくつもりだ。
役人は実際のところどんな会社ができてどれくらいでつぶれようと知ったことではないから、とっとと決めてたれ流しにしてしまう。だが、投資をされるなら先のある、安全に金の回るものでなければならないとめしあはいう。
「俺のやり方はコストを掛けない」
めしあはそういう。まず、地元の商業高校の学生を、「職業訓練」と称してタダ働きさせ、人件費を節約する。シャッター商店街は、店をしめていながら、どこもみんな固定資産税を払い続けている。その税金ぶんのお金で店を借りる交渉が成立すれば、家賃も削減できる。自治体と組んでそうしたことを実現するために、まずは地域住民と仲良くなって信頼を得なくてはならない、というのだ。
三人は次の日もせっせと仕事に励む。今日は公衆トイレ掃除だ。それを観ていたおばあさんは、笑顔で飲み物をくれる。めしあの目線はドライだが、おばあさんたちが喜んでいることはまちがいない。彼らはまちがいなく地域の信頼を得始めているのだった。
つづく。
投資とか事業とか、僕には苦手な、そして無縁な単語が頻出しはじめて、なんかこんなもっともらしく感想書いてていいのかなという気がしてくる。
めしあの「起業」の青写真が見えはじめてきた。内容としては丸井のものとかわらない。だが、たんじゅんにいってしまえば、丸井のばあいでは会社の理念がさきにたっているのに対し、めしあのものはそれを踏まえたものであって、周到である。基本的にやることは同じだろうから、それが成功するかどうかはわからないが、少なくとも、めしあは国からの助成金を受けないつもりらしい。そうなると3年の期限はなくなるし、丸井のように「スタッフただ働き」という状況も生まれてこない。なにしろ、スタッフじたいがいないのだから。
また、丸井が、ある意味ではゼロからスタートし、店にせよ信頼関係にせよ、ある意味では、ひとびとの潜在的な欲望をイノベーティブに創出していっているのに対し、めしあのものは、ありあわせのものをつぎはぎすることによって成立している、なかなか合理的なものである。いまでも、なにかめしあにだまされているような気分は抜けないが、しかし少なくとも表層的には、めしあの起業には見るべきところも多いような感じがする。僕は、あまりにもこの手の問題に疎いので、正直なところよくわからないが、しかし真の意味での「地域の活性化」というものは、外部からなにか異物を持ち込んだり、イノベーションを起こしたりということではないのかもしれない。その点で、めしあの計画では、すでにそこにあるものを如才なく見直すということがされているわけで、要するに老人たちにとっての世界の風景はあまり変わらず、にもかかわらず活気が呼び戻されるという状況が起こりうるわけである。可能性としては。
だが、いま彼らは、丸井の仕事の手伝いがてら「地域住民の信頼」を得ようとしているわけだが、となるとめしあはまさにこの、ここで、起業をしようとしているのだろうか。「なんでもかんでも」の助成金打ち切りまでどのくらいあるのか、まだ猶予があるとして、ぶつけていく気なのか、そのへんはどうなっているのだろう。
とはいっても、現時点で老人たちのいちぶはすでに「なんでもかんでも」をたよりにしているし、そうでないものも、丸井たちが近くにいることでなにか安心のようなものを覚えている可能性はある。ぱっと見、彼らはすでに地域に根付いている、つまり信頼を得ているという感じがする。
となると、めしあ的にいえば、丸井の唯一の失敗は、順番を誤ったことだということになる。
意外なことに、起業における生活保護としての助成金を、生活保護くんであるめしあは受けないつもりらしい。そうすることで、丸井は3年の期限を背負うことになっているわけで、めしあはそれを回避し、健全な会社を目指していくつもりだ。
だが、そもそも、丸井による下地づくりがなければ、めしあたちがあのように信頼の獲得のための行動をとることができたかどうかは、あやしいぶぶんがある。丸井がめしあのような方法をとらなかったのは、まず大金があり、しっかりかまえないことには、信頼関係を築こうと努力することすらできなかったからではないだろうか。若者がいない街で、いくら力仕事をするものが求められているとはいえ、なんの準備もないところにいきなり金髪のめがねが出てきて雪かきさせてくださいといったって、そうかんたんには馴染めないんではないかというふうに感じる。これは、「なんでもかんでも」のスタッフがそうした風景をごく自然な出来事にもっていくことができたために可能になっているものなんではないだろうか。
そのように考えると、ブリコラージュ的に、ありあわせの、地域をよく活性化する会社を興すことができても、じつはめしあは、すでに助成金という権威的制度からの共感、すなわち計量を経由することで、これを実現していることになるのである。
といっても、あるいはめしあは、ここで、「信頼の獲得のしかた」を学んでいるだけで、あるいはべつの土地で起業をするつもりなのかもしれない。「なんでもかんでも」と衝突することになれば仕事はやりにくいし、いちぶの地域住民から反感を買う可能性もある。立地というか、地域の地理とか状況とかも見て、これから決めていくのかもしれない。
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