■『人はなぜ「美しい」がわかるのか』 橋本治著 ちくま新書
- 人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書)/橋本 治
- ¥798
- Amazon.co.jp
「人はなぜ、「美しい」ということがわかるのだろうか?自然を見て、人の立ち居振舞いを見て、それをなぜ「美しい」と感じるのだろうか?脳科学、発達心理学、美術史学など各種の学問的アプローチはさまざまに試みられるであろう。だが、もっと単純に、人として生きるレベルから「審美学」に斬り込むことはできないだろうか?源氏物語はじめ多くの日本の古典文学に、また日本美術に造詣の深い、活字の鉄人による「美」をめぐる人生論」カバー折込から
橋本治の著作を読むのはこれがはじめて。本屋でこれを目にしたのもたまたまなのですが、「橋本治」という名前じたいは、内田樹がことあるごとにあげていたので知っていた。
それで、まあ正直に書いてしまうと、裏表紙のひとのよさそうな橋本氏の笑顔そのままのようにやわらかくていねいな語り口に数ページ触れたじてんで、ちょっと軽んじてしまった。が、もちろんそんな第一印象はかんたんに覆された。というか、第一印象はそのままなのだが、こちらの文章に対するありようが正されてしまった感じだ。
この本のタイトルが『人はなぜ「美しさ」がわかるか』ではない理由は、まえがきに書いてある。
「私は、「各人が“美しい”と感じたそのことが、各人の知る“美しさ”の基礎となるべきだ」と考えていて、「“美しさ”とは、各人がそれぞれに創り上げるべきものだ」と考えています。つまり、「美しさ」とは無数にあるのです。あまりにも多くありすぎて、その一々を記憶するなんてことは、とてもじゃないが出来ない――だからこそ、たんびたんびに「美しい」と思って発見してしまう能力が重要なのだと、考えているのです」
つまり、この本ぜんたいにわたってかかれてあることは、「美しさ」という、固定された万物の「価値」をなぜわれわれが「わかる(=理解する)」のか、ということではなく、あるものを触知したとき、われわれはなぜ、「じぶんがいまそれを“美しい”とおもった」とわかるのか、ということなのだとおもう。だから、この本は、あるものごとの普遍的な美しさを探究した論考ではなく、その個人の内側にある(らしい)原理、システムを、どこまでも個的な立場からさぐりさぐり文章におこしていった、一連の作業の記録だ。「わたしはどうやらこんな具合に“美しい”を直覚しているらしい」ということが謐々と記されたものが本書なわけだけど、ということはもちろん、その内容は、「これこれこういうものが“美しい”ものなのだ」という、絶対的に「美しきものごと」について書かれたものではないので、その読まれ方は、原理的にきわめて小説的であるべきなのだとおもう。つまり、テーマやタイトルはじつに思弁的で、原理の探究なんてところも哲学的といっていいとおもうが、筆者は、とりあつかう内容の必然からどこまでも「私」の直感に固着せざるを得ないので(だって筆者のなかに起こった“美しい”は筆者にしか知りえないから)、そのアプローチのしかたは、ちょうど目的地はおなじであるのに、小説と哲学が真逆の方法をとるように、普遍性だとか、このあいだ読んだ竹田青嗣のいう、「これこれの問題については誰もがそう考えざるをえない、という道すじを探して進む」哲学的なありようとはまったく反対にあるのだとおもいます。
- 人間の未来―ヘーゲル哲学と現代資本主義 (ちくま新書)/竹田 青嗣
- ¥945
- Amazon.co.jp
くりかえすように、僕たちが「わかる」はずの「美しさ」というのは、このように名詞化したじてんで「美しい」程度が数量的に制度化されるので、少なくともこの文脈では、ことばとして破綻している。じっさい、ちょっと前まで「美しさ」というのは制度だったというのだ。これが、美術品の値段が高いことの理由へとつながっていくところなどは、目から鱗だった。
後半、筆者の得意分野である『枕草子』や『徒然草』などを引き合いにだしつつ、「美しい」を体感するときに基礎となるのは背後にある「人間関係」だという結論に至るのですが、ここも、こんな考え方があるのかとちょっとびっくりしてしまった。
重要におもえるところを引用して説明したいところだけれど、そういうことをしにくい雰囲気が本書にはある。というのは、くりかえすようにそのアプローチはきわめて「小説的」なので、小説はどこか(結論)に向かっていることよりはその運動こそが重要であるので、どこか一箇所を抜書きするということにどこか抵抗が生じるのです。筆者は、青空に浮かぶ雲や、花や、嵐の奥にのぞく不思議な空模様などを「美しい」と体験し、考察して、じぶんのなかに起こった事態をことばにしていくが、それはどこまでも筆者のなかに起こったできごとであるから、僕たちの共有するある言語で、「これこれこういうことだったのだ」と記しても、「美しい」は各人に固有の体験である、という前提があるから、この問題にじつは普遍的に共有される「結論」はありえない。問題が小説的であるのだから、アプローチも小説的であるわけなのでしょう。
- 絵本 徒然草 上 (河出文庫)/橋本 治
- ¥756
- Amazon.co.jp
- 絵本 徒然草 下 (河出文庫)/橋本 治
- ¥756
- Amazon.co.jp
- 桃尻語訳 枕草子〈上〉 (河出文庫)/橋本 治
- ¥683
- Amazon.co.jp
- 桃尻語訳 枕草子〈中〉 (河出文庫)/橋本 治
- ¥578
- Amazon.co.jp
- 桃尻語訳 枕草子〈下〉 (河出文庫)/橋本 治
- ¥735
- Amazon.co.jp
- 橋本治と内田樹/橋本 治
- ¥1,890
- Amazon.co.jp