第146話/スーパータクシーくん⑫
スーパータクシーくん最終話であります。
娘の沙耶との再会を果たした諸星は、家を追い出されたため、会社の仮眠室で寝泊りをしていた。彼はキリッとこころを決めていた。丑嶋を警察に突き出し、債務整理をして、娘との新生活をはじめようと。
しかしてもとにはまったく金がない。諸星はまた同僚の薄本に無心しようとするが、薄本はにべもなくこれを断る。薄本は諸星が仮眠室で実質的な生活をはじめたことを知っている。そんな状況の人間に貸すわけにはいかないのだ。
それにしても、薄本は最後までなんだかよくわからないヤツだったな…。
あのときに連絡先を教えたのか、沙耶からの電話で、勤務中に諸星は娘と顔を合わせていた。髪の毛はきれいにととのえられ、服もぱりっとしていてかわいらしい。これは、根杜が買ってやったものということでいいのだろうか?
なにしろ、沙耶はうれしそうな笑顔を見せている。諸星は客のチップでパンとジュースを買い与える。ぐうぐうお腹を鳴らしながら「おいしかった?」と訊ねる諸星。母親の影響か、沙耶は食べ方もしゃべりかたも汚い。彼女はネズミーランドへ行こうという。そこへ元妻の美紗から電話だ。沙耶から連絡あったら家まで連れてこいと。いつかはしなくてはならない会話だ、諸星は、沙耶はじぶんが育てるという。と、唐突に美紗から根杜に相手がかわる。
「沙耶を夜8時までにネズミーランドの隣にあるホテルのロビーに連れて来い!!」
皮肉にも沙耶の望む目的地と同じだ。
芸能プロのにんげんが沙耶を気に入り、モデルデビューさせるというのだ。ヤクザの根杜の紹介だ。なんのモデルだかわかったもんじゃない。諸星は反対するが、根杜はホテルにきたらおまえにも10万やる、いやなら30万用意しろという。
その「芸能プロ」というのがどんなものかはわからないが、「気に入った」からには、沙耶とは直接会ったか、少なくとも彼女の写真を見ているのだろう。写真が存在するからには、その手の(どの手かわからないが)写真をすでに撮ったことがあるはずだ。根杜がかってにオススメしているだけという可能性もあるが、以上のような想像はべつにむずかしくないし、ほとんど瞬間的にできる。そのためか、諸星はおそるおそる娘に探りを入れる。ネズミになにかイヤなことされてないかと。
「前にも…
知らないおじさんとホテルとか行ったコトある?」
諸星は「前にも」という言い方をつかっている。まるで最近あったような言い方だ。もちろん根拠はないが、直観が諸星にそのようなことばを選択させたのだろう。しかし、沙耶は応えない。
そこへいつかの援交娘まみりんから着信だ。出てみるとしかし、相手は男だった。今井だ。
あのときまみりんたちをひきとめた謎の手は今井のものだった。
今井は事故にあい、大怪我を負った。返済はできないだろう。しかしそれなら、彼の保証人である諸星の弱みを用意しろというのが丑嶋の要求だった。そのために傷ついた包帯ぐるぐるのからだで諸星をつけまわした今井は、児童買春という弱みを手に入れた。丑嶋が今井のなんらかの弱みを握っているように、いまでは今井が諸星の弱みを握っている。
今井にいわれてカウカウファイナンスに電話をした諸星は、藁にもすがるような様子で丑嶋に30万円貸してくれとお願いする。
「お前は買う側だったろ?
他人のガキはよくて、
自分のガキはダメなのか?」
…道はふたつ。
娘をホテルに連れて10万を手にし、丑嶋のところの利子を払うか。
逃げて警察に捕まるか。
沙耶をタクシーに乗せ、運転をしながら、4ページもかけて諸星が述懐する。
まず諸星は、「ほんとうにモデルデビューできるかもしれない」「じぶんはサボテンも枯らすにんげんだ」「むかしもそういうことはあった」と、じしんに向けて言い訳をはじめる。言い訳とは、納得を得るための、事態の意味づけである。しかしいっぽうで、じぶんを人でなしだとも認める。
(この小さな体に、
大人の汚れきった負担を押しつけて
どんな言い訳ができるというンだ?)
(なるようになる人生は、
なるようにしかならない)
「沙耶…信じてくれる?
信也くんは沙耶のコト
大大大大好きだよ…」
沙耶を乗せた諸星のタクシーが「目的地」へと向かっていく。
スーパータクシーくん完。
うぅ~む…
なんという後味の悪さだろう。
旨い旨いと味わっていたら、南国の毒虫の料理だったみたいな感じか。ウシジマ印の不快エンドだ。
このあとふたりがどこへ向かったのかはあえてぼかして描かれてあるようだ。しかし、「なるようにしかならない」と諸星が断定している以上、それがどんなものであれ、彼らの向かう「目的地」は決定論的にひとつしかないはずである。ところで、諸星がネズミと交渉する前から、皮肉にも沙耶はネズミーランド行きを希望していた。沙耶の着ていた服はたぶんこの日のためにネズミが買い与えたものだろう。沙耶が「ネズミーランド」ということの含む「意味」を知っていた可能性はある。沙耶のくちにする「ネズミーランド」が、ネズミ的な意味を言外に共示している可能性も同様にしてある。しかし救いを求めて父親を探し歩いていた小さな子供がそこまでの想像力と行動力を見せるとはおもえない。そして美紗やネズミが沙耶の行方を把握していない以上、この沙耶の希望はネズミの言う「ネズミーランド」とはべつものであり、純粋にネズミの国に遊びにいくということだったはずだ。いずれにせよ、このじてんですでに沙耶のネズミーランド行きは決定していたことになる。どうあれ、沙耶はネズミーランドに行く宿命にあったのだ。
この「なるようにしかならない」という狭い真理はすでに出会いカフェくんで通過している。出会いカフェくんの主人公であるミコは、流されるように生きてきたそのつけを「勝負」で払い、みずから生を獲得する地点へと歩みだした。しかし諸星のそれは少しちがうようだ。
「なるようにしかならない」という視座は、「選択の余地がない」ということばで代用できるだろう。この哲学に基づいた人生は、その進路について、つねに一択しかない。このばあいは、流されるということともやや異なる。流される生き方の行き先は恣意的だが、「なるようにしかならない」ひとには、他の可能性や選択肢が最初から閉ざされているからだ。今話においても、諸星は最初、丑嶋を警察にわたし、娘と新生活をはじめるつもりだった。それができなくなったのは、今井に弱みを握られたから。そしてその弱みとは、彼の抑えがたい性欲がもたらしたもの。弱みのないにんげんはそもそも闇金で金を借りないといった議論はおいておいて、とにかく今回だけに限っても、諸星が警察行きという選択肢を失くしたのは性欲が原因だ。欲望は種類を変えて誰のうちにもある。それを制御するのが理性というものであり、ひとがひとたる根拠である。
とはいえ、述懐のなかで彼は「道はふたつ」といっている。つまり、このじてんでは「なるようにしかならない」とは、厳密にはいえない。その選択肢とは、娘を売って当座をしのぐか、娘を売らずに児童買春で警察にいくか。もしこのあと彼らがネズミーランドにいったのなら、ここで彼は前者を選んだことになる。これをもってして、彼は「なるようにしかならない」としている。したがって諸星は無意識でも、後者の選択を「なるようになる人生」において排除したことになる。諸星がどうこうしなくても、施設に預けるなりなんなり、少なくともネズミから沙耶をはなすというだけなら方法はありそうなものだ。このふたつの選択肢を見比べるとわかるように、娘を売ろうとじぶんがつかまろうと、諸星と沙耶が同時に平和に暮らすという可能性はすでにない。そのうえで、彼は娘の未来よりこの瞬間をしのぐことを選んだ。諸星のいう「なるようにしかならない」は、ある種の達観から、じしんのふるまいの規定路線のようなものを感じた先に出てきたものなのだろう。諸星が沙耶のことを「大好きだ」といったのも、真実なのである。しかし同様にして、不可抗力的に、神の視点からすれば一択の連続、「一本道」としかおもえないような道筋がじぶんの前後に伸びているという感覚もまたあるのだろう。
「スーパータクシーくん」という題名についても、これまでいろいろと考えてきた。諸星の昭和的なセンスとあわせ、「スーパーサイヤ人」的な意味合いで、娘の沙耶を救いだす「スーパーヒーロー」のことなのかと、最後には考えた。諸星がタクシードライバーとしてのじぶんをどう捉えているのかはよくわからないが、そういう言い回しも彼はげんにつかいそうだ。しかしこの決定論的人生の一本道…「なるようにしかならない」一択の連続から成る目的地への道程は、ある意味では究極のタクシー的なありようともいえるのかもしれない。ある地点からある地点にタクシーが向かうとき、その行き方はさまざまにある。要請されれば高速も一般道もつかいわけるし、客が酔っ払いで眠っていれば、ちょっと遠回りしてかせぐなんてこともできる。しかし諸星の運転はそうではなかった。みずからわかれみちを閉ざし、選択を限定して、ただひとつの決定された道のりを、目的地へ向けてたどるのが、彼の人生の操縦だったのかもしれない。
今回のエピソードは伏線も多く、まだ見えていないいろいろなしかけが隠れている可能性があるので、例によって単行本発売時にもういちど感想を書きたいとおもいます。またそれまでになにかおもいつくようであればこちらの記事に書き足します(追記があれば記事でお知らせします)。
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