出会いカフェくん編まとめ | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

 

 



 

↓出会いカフェくん感想カテゴリ(PCのみ)

http://ameblo.jp/tsucchini/theme-10007563540.html

 

↓出会いカフェくん最終話

http://ameblo.jp/tsucchini/entry-10142712197.html


 

まとめっつっても、特に新しい感想はないのだけど…。とりあえずコミックス読みました。

 

ふーむ…いくつか修正点があるにはあるな…。まず、ほぼ意図的とおもわれる、第一話における「美來」の「未來」という誤植はなおっている。それから、「k」という単位も、ちゃんと千円になってますね。

 

しかし、サラリーマンくんのときのようなおはなしの補足となるような書き足しや削除は、とりあえず大きいものは見当たらないかな…?

 

それから、これは連載時の感想にも書いたことだけど、JPに冬美と監禁されたとき、やはりアキトはふーみんのアレを飲んだんだろうか?というのは、アキトの渡したミネラルウォーターを飲み干したふーみんは、直後ペットボトルにおしっこしているわけですよ。ここにはふーみんが隠してあったカフェラテ以外ボトルはないはずなので、たぶんそのミネラルウォーターが入っていたやつに。

しかしその次に二人が登場するシーンでは、暑さで意識を失いかけているアキトの横にからのペットボトルが転がってるんですよね…。

いや、なんとも下卑たはなしだとはおもうんですが、さらっとなんの注意もひかずに描かれているけど、これはようはそれだけ二人が極限の状態だったということの表現だとおもうんですよね。

 

 

週刊連載で読むのと単行本で読むのとでは、こちらの気分の問題なんかではなく、まったくちがった印象をはなつものですが、通して読むと、スピード感はかなりのものだけど、それだけに不完全な感じが残る気がする。それは尺が足りてないということともちがうのだが…。ニューリッチの登場は、連載で読んでいたときよりも意外に唐突な感じが少なかった。Kと美來の初対面を読んでみると、まあ出会いカフェでKが美來を指名したわけなのだが、軽く説教して、謎めいた発言を残すだけで、Kはほとんどなんにもしないで美來の前から消えてしまっている。またJPとともに美來が「彼等」のもとに向かうとき、電話の感じでは「彼等」とKのあいだで美來は「例の女」として認識が共有されている。したがって、なんらかの話題において彼等とKのあいだで美來が登場し、その名前に含みがもたされていていたことになる。もちろん「彼等」は美來のことなんて知らないから、Kが彼女の名前を出さなければこういうことにはなりえない。また、「彼等」とKは、「格差弁当」のくだりが示すように、特に仲良しこよしというわけではない。そうなると、勝負の条件は「彼等」の友人の代理母になることだったので、「彼等」のほうで条件にあう女の子を探していて、それをKに依頼していたのではないかとおもえてくる。とはいっても、Kとの会話の様子を見る限りでは特に急いでいるようでもないし、なんとなくはなしをしてあって、紹介料の支払いを約束していたぐらいのことだったのかもしれない。

またKは、じしんの過去の苦い思い出もあってか、若さを切り売りする彼女たちのありかたに否定的だった。「彼等」の勝負は、ノブレス・オブリージュ…高貴なものが高貴であるために必然的に負う義務の名の下に行われる「富の分配」であったが、そうなるとKの行いもある種のオブリージュであったのではないかともおもえてくる。勝負にのったのは美來の意志だが、ギラリカフェで最初に彼女を選択したのはKである。げんに「お前は選ばれた女だ」という発言をKはしている。ウリをしていない健康なからだで、そのうえミコは美人だったので、Kの目にとまったのだろう。

ところで、「出会いカフェ」が受身のありかたの模型であることは最終話の感想に書いた。Kにとっての一発のチャンスとミコにとってのそれでは、若さというアドヴァンテージを残しているかどうかで意味がまったく異なってくる。つまり、Kにとってみれば一発のチャンスは文字通り一発こっきりのチャンスだが、若いミコには、可能性という意味合いにおいては、まだチャンスはいくらでもあるのだ。ではなぜミコは選択されたのか。それは、このままでは同じところをぐるぐるまわって未来=未來を食いつぶすだけで、それは可能性がないも同然だからではないだろうか。受身のありかたにある人間が受身のありかたを脱出するには、抜本的な変化が不可欠だ。なぜなら、受身のありかたにある人間は当然受身のありかたで、受身の言語でものを考えるが、しかし受身で受身のありかたを抜けることは原理的にできないからだ。その超次元的変化を与える役目を、まあ結果的にではあるが、Kは負うことになった。受身で勝負に勝つことはできない。金がどうとかではなく、ミコにとってこれはまさに「出会いカフェくん」を抜け出る一発のチャンスだったのである。

 

ミコは勝負中に言った。

 

 

「純平…

運命を受け入れて!!

 

私も純平と一緒に受け入れるから…

 

純平がアキトにしたコト。

冬美にしたコト。

巡り巡ってきたのよ。

 

私は…

流されてきた結果が巡ってきたの」

 

 

これは、これまでの彼女の出会いカフェ的受動性の清算という意味だろう。ミコのこの言い分では、「運命を受け入れること」と「流されること」はちがうことになる。そのちがいはおそらく自覚的であるかどうかということだろう。出会いカフェ的段階を抜け、サルトル的な能動的な生の獲得の段階に達するために、この清算はおそらく不可欠なのだ。というかまさにこの「自覚」こそが、みずからに残されているはずの可能性を、「勝負」で金額に数量化する行為によって得られたこの目覚めこそが、もっとも重要な条件だったのかもしれない。

 

 

まあ、単行本を読んでおもったことは、それくらいです。

 

 

 

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