『チェーホフ・ユモレスカ』チェーホフ | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

■『チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集Ⅰ』アントン・チェーホフ著/松下裕訳 新潮文庫

チェーホフ・ユモレスカ-傑作短編集 1 (1) (新潮文庫 チ 1-4)/チェーホフ
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「結婚式の夜、苦悩の果てに男が過去を打ち明けたときの新婦の反応は。上演中なのに大声で俳優を罵る、劇場勤めの老人の運命は――。あっと驚く皮肉な結末に導かれる愛すべき登場人物たちは、100年以上を経た今も生きている! 1000編もの作品を残したロシア最高の短編作家チェーホフ。ユーモアたっぷり、洒脱で鮮やかなショートショート傑作集、本邦初訳を含め、すべて新訳の65編」裏表紙から



広く把握しているわけではまったくないがそれでも、チェーホフはロシアの作家でいちばん好きです。というか海外の作家では、キングを除いたらもっとも愛読している作家かも。影響を受けている…と書きたいところだがそれはよくわからない。



「ユモレスカ」とは、ロシア語で「ユーモア小品」を意味するそうです。
チェーホフといえばやはり戯曲(演劇の脚本、あるいはその方法で書かれたもの)が有名だ。僕としては戯曲と小説を比べたら少なくともいまの段階では小説への興味のほうが圧倒的に大きいから、チェーホフどころかシェイクスピアなどもほとんど読んだことはないのだけど、とにかく一般的な認知ではチェーホフといったらやはり劇作家なのでしょう。もちろん創作者としてのチェーホフの試みは変化しつつも必然性をもって連続していたはずですから、小説家のチェーホフと劇作家のチェーホフを区別して捉えることはとても危険なわけですが、げんに「劇作家としてのチェーホフのほうが一般には有名である」ということは事実でしょう、たぶん。そしてそのことがかんけいあるのかないのか、あるいはこちらこそが原因なのか、信じられない数の掌編小説を残しながら、このひとの作品はあまり翻訳や文庫化がされてこなかった。少なくとも僕のような、大学の研究室に属してるわけでもない一般読者の手には、なかなか届きにくかったとおもう(同じ訳者でちくま文庫から全集が出ているが。いま解説を読んで知りました。だからまあ、探せばあるんだろうけど)。あるいはそれは、本書にまさに収録されているタイプの小説の、ある種の軽さが原因なのかもしれないが。そういうわけで、このような短編集の刊行はとにかくうれしい。もうなんというか、読む前から満たされてしまうような買い物だった。

以下の年号などの記述は『たいくつな話/浮気な女』の、浦雅春による解説を参照しました。

1879年にモスクワ大学の医学部に入学したチェーホフは、家計を助けるためにユーモア雑誌への寄稿をはじめた。学業のかたわら、チェーホフは多いときで年間120本…ほとんど三日に一本という猛烈な勢いで、ごく短いものながら小品として見事に完成した作品を書きあげていった。本書に収録されている作品はそのときのもので、1886年にチェーホフは文壇の大御所グリゴローヴィチに見出だされ、つまらぬ雑誌なんかで才能を浪費するなという忠告をうけ、やんわりと反論しつつも文学者として出発することになるのだが、このときに身につけた職業作家としてのスキルはまちがいなくその後の活動にも役に立ったことでしょう。お金のために、大衆のために書くということは、ある程度自制をきかせ、執筆マシンのようなものに徹してしまうことなのかもしれない。本書に収録されている「駆けだし作家の心得」には「簡潔に書くこと」の重要性が記されているが、とにかくおもしろおかしく書かなければならないこの仕事では特にこのことがとても大切だったはずだ(たまたまこのあいだ見た「一人ごっつ」のDVDでも松本人志が似たようなことを言っていた)。


余計なことばを削ぎおとし、書き手じしんの存在感は抑え気味に、登場人物たちのやりとりのみを、クールに、しかしどこかシニカルに取り上げる…これは考えてみると、じっさいに発せられたことばと具体的事実のみを記した戯曲の手法に通じるものだったのかもしれない。やはりチェーホフの起源はここにあるのでしょう。



ところで、チェーホフは本書内でたびたびゴーゴリの名前を“ネタ”的に用いていたが、どういうことなんだろうな。僕はちょっと前に読んだゴーゴリの『鼻/外套/査察官』もすごい好きなのだが…。


《関連図書》


たいくつな話・浮気な女 (講談社文芸文庫)


可愛い女(ひと)・犬を連れた奥さん―他一編 (岩波文庫)/チェーホフ
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鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)/ゴーゴリ
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