■『ハイド・アンド・シーク/暗闇のかくれんぼ』
監督:ジョン・ポルソン
出演:ロバート・デ・ニーロ、ダコタ・ファニング
ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ
母親の自殺以来こころを閉ざしてしまったエミリー(ダコタ・ファニング)。父親で心理学者のデイビッド・キャラウェイ(ロバート・デ・ニーロ)は気分を変えようと、娘とともに郊外に移り住むが、やがて“チャーリー”という影のような存在が娘の周辺に見え隠れするようになる。デイビッドはこれを娘のこころの病気と考えるが、“チャーリー”の行為は次第に彼の手に負えないものとなっていく…
おもしろかったです。パッケージ裏の煽りだけでもう結末がだいたいわかってしまう(隠しすぎてそれがどんな性質のオチか見当がついてしまう)みたいなところもあったけど、総じてよかった。そういう作品の性格から深く内容を書くことはできないのですが、ここではやっぱりロバート・デ・ニーロとダコタ・ファニングの演技ですね~、ほんとにすばらしかった。
デ・ニーロは僕も大好きな俳優ですが、逆鱗というか怒りのスイッチがどこにあるかわからないような、人間関係にぴりっと緊張感のある役をやらせたら最高で(だからマフィアとかその手の役がはまりやすい)、ここではわりに温和な感じだったから意外でしたが、チャーリーからの攻撃がどんどんエスカレートして状況が混沌をきわめるにつれ、そういう持ち味を発揮できたようにおもいます。とにかく上手い!
そしてダコタ・ファニングね。天才子役ってこういう子のためにとっておくべきことばだよなー。このひとの位置が決定的となった『アイ・アム・サム』もすばらしかった。特にダコタ演じるルーシーが小学校にあがったのち、父親のサムが絵本を読んで聞かせるシーン。サムはルーシーが学校でつかっている教科書を読んであげようとするのだが、難しい単語が増えていてうまくいかない。小学生一般の言語能力が、すなわち娘の知力が、父親を上回ってしまった瞬間だ。それでもなんとか一生懸命読もうとする父親を見ながら、ダコタ演じるルーシーは「この本キライ」と父親から教科書を奪ってほうり投げ、それまで毎日くりかえし読んできた、父親も大好きなべつの絵本を手渡す。もう何百回も聞いていて内容なんか暗記しているはずなのに、ルーシーはやわらかく父親に身を寄せ、熱の入ったサムの朗読に聞きいる。この場面は、ルーシーがそうしたように、父親の苦しみを理解する思いやりと想像力が役者の側にないと、ぜったいに成立しない。そして6歳のダコタはこれが完璧にできていたのだ。あの場面は、はっきりいって映画史上に残る屈指の名シーンだとおもう。
I am Sam : アイ・アム・サム
今回もダコタのすごさ、想像力と役柄の読解力がよく出てる。もう「子供なのにすごい」という段階ではないですね。
こころを閉ざしてしまったエミリーという役で、ダコタは青い瞳で終始つららみたいな表情でいるわけですが、もちろん顔のきれいなひとが無表情になったときにあらわれるあの怖さ、ひとを寄せつけない鋭さというのは、ある程度はダコタにも備わってあったものだとおもうけど、僕はやはり彼女の圧倒的な想像力がもたらすものだとおもいたいですね。
こういうあたまのいい子は、ひとよりはやくいろんなことに気づいてしまうので壊れやすい。こんなふうにはやくから世界的なスーパースターになってしまえばなおさらだ。いまなんの撮影してんのかな~