第120話/生への渇望
夜の本部道場、薄暗がりのなか克巳はひとり、郭海皇が無造作にやってのけた例の超音速による卵の殻切りに挑戦していた。しかし何度やっても卵はふつうに砕けるばかりで、天井からぶらさがるそれのしたにはいくつもの殻や黄身の残骸が散らかっている。本誌目次の作者のことばには「床に散らばった卵の全てを克巳君は、スクランブルエッグにして食べたそうな」と書かれてある(笑)いろいろやかましいもんね。しかし少年誌でカニバリズムを描ききったくらいだから、だいじょうぶでしょ。
克巳は郭のことばを思い返す。足の親指からはじまる、全身27ヶ所どころか、海皇は肩から先の数ヶ所しか使っていない。しかるに超音速。
「現実には数ヶ所の関節しか使用していない
しかし真実は違う
現実の構造はどうであれ
わしがイメージしている作りは違う
イメージは無限
おワカリか日本のオサムライよ」
サムライにオをつけてくるのがイラッとくる感じだ。誰も逆らえないけど。
郭のイメージする右腕の透視図は、長々とした前腕や上腕も細かく分断し、指先までを背骨のように細かな骨片で連結させたものだ。ただイメージするだけのはなしなら文字通り関節は無限、先週の郭のことばはこの意味だったのだ。
かつてないほど素直になっている克巳は、吊した卵に貫手の先をあてがい、やや脱力した立ち姿で「あるハズのない関節」をイメージする。
「バカな…
どう信じろというのだ…
イメージが現実に勝てるハズがない」
いくら無限の関節をイメージしたところで、げんにあるそれの数は決まっている。身長3メートルのじぶんをどれだけ明確におもいうかべても背が伸びるわけではない。
と、克巳は目前にぶら下がる卵から、妙な思考のアプローチをはじめる。卵はなぜ殻に包まれているのか?もちろん、脆弱ななかみを守るためだ。強力な殻を願った=イメージしたのだ。高い木の葉を食べたいがため、キリンは首を伸ばし、象は鼻を伸ばした。シマウマや虎、豹の模様、木の枝にまぎれる昆虫の擬態、鳥の翼、コブラの毒…、すべては生き残らんがため…。
「彼等 生物達の『生』に対しての執念ッッ
それによってもたらされる進化の大きさッッ
彼等の手にしたものに比較(くら)べたら武の為の肉体改造など
なんと控えめで
なんとつつましやかなことかッ
できる…ッッ」
克巳はおもいをあらため、再びイメージに挑戦する。そして行き着いたのは、エイリアンのしっぽか首長竜の頚椎か(といっても関節の数はみんな一緒だけど)…もはや関節の数や位置の無関係になった、まさに鞭のようなそれだ!翌朝、「パン」という破裂音とともに克巳はついに卵切りを達成したのだった…。
つづく。
…なにか違和感が。ピクル打倒ではなく音速超えが主旨になっちゃってるような…。
これとよく似た鞭打とのちがいはあるのか?柳龍光が得意としていたあの技は音速超えしてたんだろうか?液体ではなくあくまで無数の「関節」をイメージしていることがやはり重要なのかもしれない。
このじてんで克巳はまだ郭の見せた技ができるようになっただけにすぎない。拳法と空手を合体させるには、この境地を空手流にアレンジしなければならない。となると、全身が鞭みたいになったマッハ貫手が見れるのだろうか?なんかキモいぞ。
しかし郭のこの技に関しては、もはや全身でやる意味はないようにおもうのだが…。克巳のマッハ突きは、駆動する関節ひとつひとつを意識することで可能だったようにおもう。あてずっぽだが、関節を加速するというのは、そこを境にしてより後ろ側にある筋肉を駆動するというほどの意味でしょうか。しかし郭のほうは、関節を増やすという発想じたいは重なっているが、それぞれをどれだけ加速してみたいなはなしは無関係だ。いや、無関係ではないのか…。鞭打とのちがいを考えると。しかしここではそれよりもぜんたいをいかに「無数の関節」と捉えるかというはなしになっているようにおもえる。またあてずっぽになってしまうが…旧マッハ突きは、強力な技を求めたら、結果として音速を超えるに至ったという感じがするのだが、郭のそれは、こうやってもマッハいくよ、みたいな気が…。そりゃどうあっても音速超えてれば強力にはちがいないだろうけど…。
正直言って、動物の進化のはなしからイメージ成功の流れは意味不明で、迫力で納得させられてしまった感じだ。音速超えを必要とするあまり、克巳が一世代単独で突如進化をはじめ、関節がいっぱい増えたってことならSFとしてまだわかるけど、「げんにある関節は増えようもない」ということは変わらない。たぶんこの必要からの進化という観点は例の必要美の概念に返っていくものだろうけど、じっさいにはなかみを守るために殻ができたというよりは、殻があったから生き残れたという、「適者生存」のほうが正しいようにおもう。しかし進化、時間を超えたピクルという存在のまえで克巳がこの世界観に到達したというのは興味深い。パンダの大食いのせいで笹がなくなりそうだとか、ティラノサウルスは痛風だったとか、自然のシステムにもおかしなところはあるが、基本人間の手の加わらない世界ではバランスがとれている。例の必要美が示すようにピクルが必要から強くなったのなら、対する克巳もこれとバランスをとる「必要」を意識して進化すべきなのかもしれない。克巳にも「ピクルを倒したい」という切実な進化の動機はある。その方法としてさらなる音速超えという目標があったのだ。レントゲン写真撮ったらじっさいいくつもの関節にわかれていたりして。
