今日でブログ開設二ヶ月っス。最近になってやっとコメントもらえるようになりましたが…ほとんどが音楽に関するものなので、あーおれの書評、まだまだなんだなって思います。アクセス数も伸びてきてはいますが、僕は小心者なので、ときどき、これは全部通りすがりのものなのではないかと不安になります。まるで、知り合いばっか多くて友人の少ない僕の人生みたいではないか…!f^_^;いやいや、まあとにかく、いま記事読んでくれてる人、どうもです。
『アンジェラ』2005年フランス
「『ジャンヌ・ダルク』から6年ぶりに放ったリュック・ベッソン監督作。パリを舞台に、借金を抱えギャングに追われるダメ男と、謎の美女との奇妙な恋をモノクロームで映す」WOWOW解説から
これもまた、例によってWOWOWでたまたま観たものです。といってもきちんとはじまりから観たわけではないし、途中でやきそば作ったりもしていたので、つまりしっかり観ていないから、分析的な感想は今回は控えます。だけど…すごいよかった。主人公(もう名前思い出せない…)が鏡ごしに自分と向き合うところなんか、まるで自分が見られているようでした。
この美女というのの正体が…書いていいものか?別にその正体によって施される仕掛けがあるわけではないし、かなり早い段階でわかることなんだけど…、とにかく美女がすごい美女で、美女にいちいちどきどきしてときめいていてはキリないし身がもたないので、僕はいつもそういうのに対して慎重であろうとしているのだけど(おかげで僕の日常生活からはきれいに女っ気が除かれてしまっています)、それでもまあすごいきれいでした。リュック・ベッソンの描く女の子というものが、僕は好きです。というかこの監督は「人」が好きなんだ、といつも思います。撮影技術的なことで知ったかぶりをするつもりはないし、できませんが、この人の映画って人間の顔のアップがすごい多いと思いませんか?ち、近すぎるよ!っていうくらい。顔のアップは、役者の表情を撮ろうとする意識のあらわれでしょう。たとえば『レオン』で…ええと、なんだっけあの人。『ハドソン・ホーク』に出てたイタリア系の人…。とにかくレオン(ジャン・レノ)が彼の店にやってきて、
たぶん仕事のはなしをしていて、ふと外をみると、マチルダ(ナタリー・ポートマン)が知らない若い男と話していて、外に出たレオンはヤキモチだかなんだか、自分でもよくわからない気分から乱暴にふたりを引き離し、あんなのと関わるな、と叱るところ。マチルダは、ただタバコもらってただけじゃん、なに怒ってんの?バカみたい、というようなことを言う。しかしレオンの不器用なふるまいのなかに彼の感情を感じとったマチルダは、ものすごく複雑な表情でレオンを見つめながら「了解」という…(たしかにこのシーンのレオンはかわいいくらい不器用である)。この場面大好きです。レオンとマチルダの、大人と子供、殺し屋と助手という上下関係が、(表面的にはレオンが叱ってマチルダが言うことをきいているが)完全に逆転してるんだもの。まるで世の中の男女すべての支配関係のかたちのようだ…。あの年齢でこのような複雑な表情を呈してみせるナタリーもすごいけど、これはやっぱりまず第一に、監督が考え、描いたことで、映画全体の
表現だろう。
ずいぶんはなしとんだけど、ええと、とにかく『アンジェラ』も、人間ドラマというと全然ちがうけど、理性以前に理不尽な気持ちの積み重ねで機能する、不完全な「人間」という生き物がよく見つめられていて、具体的なあったかいとか哀しいとかではなく、不思議な気分になる、音楽みたいな映画でした。