「うぅ…僕のバカ…」

 

レオンハルトは、十数分前の自らの行動を絶賛後悔中だった。

 

「なんで逃げたんだよぉ…」

 

眉をひそめた父の顔を見た瞬間、自分の行動を省みてその後の運命を悟り、

「終わった」と思った瞬間に反射的に駆け出してしまった。

よくよく考えれば逃げた罪も加わるのだからまだその場に残っていればよかったと

今ならわかるのだが、あの時はもう無我夢中だった。

 

と、茂みで膝を抱えて反省タイムのレオンハルトの視線に、影が映った。

 

「やっと見つけました…。相変わらずものすごい足の速さですね、王子。」

 

ハッとレオンハルトが振り返ると、そこに立っていたのはハイネだった。

レオンハルトはとっさに立ち上がるが、ハイネが素早く動いてレオンハルトの進行方向に両手を広げて立ち塞がった。

 

「また逃げるのですか。」

 

「そこをどけ! もう今更っ…」

 

しかし、ハイネはいいえ、と強く言った。

 

「どきません。逃がしませんよ。王子にこれ以上罪を重ねさせたくありませんから。」

 

「っ…」

 

「もしこの場から王子が逃げれば、私はそれを報告しなければならなくなります。

一度逃げたことと、二度逃げたこと、同じではありませんよ。大違いです。」

 

「だって…もう…」

 

もう遅い、とうつむくレオンハルトと目を合わせ、励ますように肩を叩く。

 

「遅くはありません。ここで反省していたのでしょう。反省したことを陛下にお話ししましょう。」

 

しかしレオンハルトは首を大きく横に振る。

 

「そんなのっ…父上は呆れてるに決まってるっ 

弟を置いて逃げた卑怯者の僕は、リヒトの言ったとおり王位継承候補から外されるんだ…

今更、そんな僕の反省なんて父上が聞いてくれるわけが…」

 

「王子。」

 

どんどんネガティブ思考になっていくレオンハルトを見かねて、

ハイネはレオンハルトの両手をとると、下に引いて一緒にしゃがませた。

 

「な、なんだハイ…」

 

反射でしゃがんだレオンハルトが首をかしげると、ハイネが突然ペチッとレオンハルトのおでこを叩いた。

 

「何するんだ!!」

 

おでこを押さえるレオンハルトを見つめて、ハイネは説いた。

 

「ちょっと落ち着いてください。ネガティブになりすぎです。」

 

「だ、だって…。」

 

「あなたのお父上は反省した我が子の言葉に聞く耳をもたないような人ではありませんよ。

確かに逃げてしまったことはいけないことです。

その前の、リヒト王子への行動も悪いことです。お叱りを受けるのは避けられません。

ですが、やってしまったことに対して、逃げないでちゃんと向き合って、反省して、

その姿勢を見せればきっとわかってもらえます。」

 

「う…でもっ…やっぱり怖い…」

 

視線をさまよわせるレオンハルトに、ハイネは言い聞かせるように話す。

 

「王子。嫌なことから逃げない、と私と決めましたね。今もそのときです。

いつまでもここで悔やんでいても進めません。

私も書斎までご一緒しますから、まずは宮殿に戻りましょう。」

 

「っ…わかっ…た…」

 

ハイネに諭されて、レオンハルトはようやく立ち上がり、

ものすごい速度で駆け抜けてきた道をハイネと2人でゆっくり戻るのだった。

 

 

 

宮殿に戻ると、2人が戻るのにかなり時間を要してしまったため、

ヴィクトールが一旦執務に入ってしまったことを秘書から告げられた。

お昼前に書斎に来てほしいという伝言を受け取ると、一度2人はレオンハルトの部屋に戻った。

 

部屋でレオンハルトは、これでもかと反省日記を量産していた。

普段は適当なところで止めに入るハイネだが、今はどうせ授業どころではないし、

日記を書くことで後ほどヴィクトールに反省を伝える手助けになれば、と今回はあえて止めなかった。

 

 

 

そして、部屋に戻って小一時間ほど。

ドアがノックされ、秘書が「国王陛下がお呼びです。」とレオンハルトを呼びに来た。

 

「さぁ、行きましょう。王子。」

 

ハイネに促され、レオンハルトは森から宮殿に戻る足取りよりも更に重い足取りで書斎までの廊下を進んだ。

流石に遅すぎてハイネは内心苦笑したが、自分の足で進んでいることは評価したいし応援したい、と急かすことはしなかった。

 

コンコンコンコンッ

 

「国王陛下。レオンハルト王子とハイネ・ヴィトゲンシュタインが参りました。」

 

「どうぞ。」

 

いつもより心なしか低い声のヴィクトールに、ハイネの隣に立っていたレオンハルトが身を固くする。

ハイネがドアを開け2人で一歩部屋に入ると、ヴィクトールが口を開く前に、

レオンハルトがもう数歩歩み出て、ガバッと頭を下げるとそのままものすごいスピードでまくし立てた。

 

「父上ごめんなさいっ…!

リヒトと喧嘩して、フォークを投げつけたりリヒトに『弟じゃない』とかひどいこと言ったりしました、

危ないし、リヒトへの暴言はほんとはそんなこと思ってなくて嘘だし、

それで朝ご飯の時間をめちゃくちゃにしてハイネやカイ兄様やブルーノ兄様にも迷惑かけたし、

あ、それにメイドさんたちも困ってた…

それに、それに父上に叱られるのが怖くて逃げて、リヒトを置いて無責任なことしました、

ハイネと嫌なことから逃げないって決めたのにそれも守れないし、

あ、そもそもニンジンとピーマンの好き嫌いもよくないし…

もう、今日ほんとに僕は最低で最悪で、今も父上のお仕事の邪魔して迷惑だしっ…」

 

「王子…」

「こらこら、レオンハルト。」

 

ものすごい勢いに、隣にいたハイネが服を引っ張り、

ノックの返事は低めのトーンで、招き入れた瞬間は朝と同じく険しい顔をしていたヴィクトールも

さすがに面食らって声と表情を和らげて止めようとするも

当の本人は全く聞こえておらず、頭を下げたまま、まだまだ話し続ける。

 

「ほんとに、ほんとにごめんなさい…もう僕のこと呆れたと思いますけど、

でも、でも反省したことは伝えないとってハイネに言われて…

王位継承候補から外されるのも嫌だけど、呆れられたままなのはもっと嫌で、

皆に嫌われたくなくて…僕、僕は…」

 

「こーらレオンハルト。一旦ストップだ。」

 

見かねたヴィクトールが、頭を下げたままのレオンハルトに歩み寄り、しゃがむと頬を両手で包んで前を向かせた。

 

「あぁ、もうこんなに泣いて…。まだ何もしていないだろう? 相変わらずお前は泣き虫だね。」

 

ヴィクトールに顔を上げさせられたレオンハルトの目からは既に涙が溢れていて、

ヴィクトールと目が合い、頬に添えられた手袋をした手で拭われると、更に涙が溢れ出す。

 

「父上、父上ごめんなさい…僕のこと、き、嫌いにならないでください…

ちゃんと、ちゃんと反省しますから、

足りないならもっと、反省します。もうこんなことしないって約束します。だから…」

 

「…これで反省が足りないなどとはとても言えないな。」

 

すがりついてくる息子の姿に、ヴィクトールは苦笑して言う。

 

「支離滅裂ではあったが、反省すべきことはしっかり考えられていた。

自分のしてしまったことにちゃんと向き合えているね。」

 

ヴィクトールはレオンハルトの頭を撫で、立ち上がる。

すると、また心なしか厳しい声音で言った。

 

「だが、レオンハルト。反省できたらもう一つ、やらなければならないことがあるね?」

 

「っ…」

 

レオンハルトが身を固くする。わかっている。逃げた理由はこれも大きいのだから。

固まるレオンハルトを尻目に、ヴィクトールはハイネに目で合図を送った。

ハイネはそれを受けて、「それでは私はこれで」と一礼して部屋を出た。

 

「きちんと反省できたことはいいことだが、してしまったことの罰は受けなければいけないよ。レオンハルト。」

 

ヴィクトールは厳しく言うと、リヒトの時と同じようにスツールに座り、膝を叩いた。

 

「来なさい、レオンハルト。お仕置きだ。」

 

「っ~~~~~」

 

レオンハルトはぎゅっと目をつぶると、少しずつ父の元へと歩き出す。

受けなければならないことはわかっている。だが、怖い。

そんな気持ちを表すかのように一歩進んでは止まり、を繰り返すが、ヴィクトールは急かすことはなかった。

 

ようやくレオンハルトがヴィクトールの横にたどり着くと、ヴィクトールはレオンハルトの手を取り、膝に引き倒した。

履いているものを下ろされ、感じる部屋の冷気にレオンハルトが少し身震いする。

ヴィクトールはそんなレオンハルトの背中をポンッと叩くと、その優しさとは裏腹に厳しい罰を通告した。

 

「さぁ、レオンハルト。それでは1つずつ、今日お前のしてしまったことに対するお仕置きだ。

1つにつき3発ずつ。3発受けたら、反省の気持ちを込めて『ごめんなさい』だ。

…まずは、朝食の場でリヒトと喧嘩したこと。」

 

バチィィンッ

 

「いたいぃっっ」

 

真ん中に痛い1発目が落とされる。

 

バチィンッ バチィンッ

 

「っあぁぁっ いたいぃぃ…っ」

 

続いて右、左に1発ずつ。

お仕置き前から泣いていたレオンハルトの涙腺はもう完全に決壊していて、

1発落とされるごとに泣き声をあげ、頭を振っては毛足の長い書斎の絨毯に涙が染みこんでいく。

 

「レオンハルト。」

 

「喧嘩してっ…ごめんなさいっ…」

 

ヴィクトールに促され、慌ててレオンハルトが「ごめんなさい」を口にする。

痛みに弱いレオンハルトは、この3発で既にヴィクトールの言葉が吹っ飛んでいるようで、

先が思いやられると、ヴィクトールは1人困ったように笑った。

 

「兄弟喧嘩は絶対するなとは言わないが、時と場と加減をわきまえなさい。

食事の場でいつまでも喧嘩を続けるのはよくない。

悔しくても、頃合いを見てその場をおさめるようにしなさい。」

 

「はい…」

 

「次。リヒトに向かってフォークを投げたこと。」

 

バチィィィンッ

 

「うわぁぁっ」

 

先ほどよりも痛い平手に、レオンハルトはたまらず足を蹴り上げた。

しかし、ヴィクトールは難なくその足を避けて残り2発も容赦なく打ち込む。

 

バチィィィンッ バチィィィンッ

 

「あああぁっ…いたぁぁぁぃっ…っく…ぇっ…」

 

「これは今日お前がしてしまったことの中でも特に悪いことの1つだ。

どんなに腹が立っても暴力に訴えてはいけない。

もしこれでリヒトが怪我をしたら、リヒトもお前も苦しむことになる。それに、物に当たることもいけない。」

 

「はいぃ…もうしませんっ…ごめっ…ごぇ…なさいっ…」

 

「次。リヒトに暴言…酷い言葉を言ったこと。」

 

バチィィンッ

 

「うぅぅぅ~~~っっ!!」

 

「言葉の暴力は、時として物理的な暴力以上に人を傷つける。

特に…人の心をね。心にもないことを言って、人を傷つけてはいけない。」

 

バチィンッ バチィンッ

 

「うぇぇっ…ごめんなさぃぃっ…」

 

「それから、いろんな人に…お前は迷惑、と言っていたがどちらかと言えば心配だな。

突然喧嘩して飛び出していったら皆心配するだろう。いろんな人に心配をかけたこと。」

 

バチィィィンッ

 

「ふぇぇっ…ったぃぃぃ…」

 

バチィィンッ バチィィンッ

 

「っく…ぅぅっ…ごめんなさぃっ」

 

「…よし。それじゃあ最後だ。…お仕置きから逃げたこと。」

 

それまで厳しくも穏やかだったお説教する父の声がまた少し険しさを増して、

それを感じたレオンハルトはビクッと肩を震わせた。

自分の背中に添えられた手が、ぐっと強く押さえつけるようになった。そして、次の瞬間…

 

ベシィィィンッ

 

「~~~~~~!!!??? うわぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

「こらレオンハルト!」

 

あまりの衝撃に、無我夢中で父の膝から逃げ出した。

レオンハルトの渾身の力に、押さえておけず逃がしてしまったヴィクトールは、内心しまったと思いつつ、

それを顔に出さず「レオンハルト。まだ終わっていない。戻りなさい。」と冷たく言った。

その手に握られているのは、分厚い木の背板の洋服ブラシだった。

 

父の膝から逃げ出し、へたり込んだレオンハルトが見上げて見てしまったものは、

父の怖い顔とその父の手に握られている恐ろしい凶器で。

そんなものを見てしまってから「戻りなさい」と言われても、体が言うことをきかない。

 

「やっ…無理…無理です父上っ…痛い…怖いぃっ…」

 

「してしまったことの責任はとるものだよ、レオンハルト。

お仕置きから逃げてしまった事実は消えない。その責任をとるために、お仕置きは受けなければいけない。

…お前は一度逃げて、また更に逃げるのかい?」

 

「っ…でもっ…」

 

わかってる。わかってるけど怖くて行けないのだ。

さっきみたいな痛みをあと2回も味わわなければいけないなんて、とても無理だ。

 

「父上っ…」

 

涙目でヴィクトールを見つめるが、ヴィクトールは険しい顔のまま、無言で首を横に振るだけ。

どうしてもあと2発受けなければ許されないらしい。

数分経った後、レオンハルトはぎゅっと目をつぶり、絞り出すように言った。

 

「父上っ…お仕置き、残りちゃんと受けますっ…っく…でもっ…行けない…お尻痛くて立てない…っからっ…」

 

そう言って、父の方へと手を伸ばす。

ヴィクトールはレオンハルトの言わんとしていることがわかり、

やれやれ、とスツールから少し離れたところで座り込んでいるレオンハルトの元に歩み寄る。

そして、その場で立て膝をつくと、レオンハルトを小脇に抱え込んだ。

 

「また逃げそうになったら今日のお仕置きを思い出しなさい。

してしまったことからは目を背けないで、向き合うように。」

 

ベシィィィンッ

 

「ふわぁぁぁんっ…!! っく…ふぇぇっ…」

 

「逃げても更に厳しい罰が待っているだけだ。それを肝に銘じなさい。さぁ、最後だ。」

 

そして、ヴィクトールはこれまででひときわ高く手を振り上げた。

 

ベチィィィンッ

 

「あぁぁぁぁっ いたぃぃぃぃっ!!!…ぇっく…ごめっ…ごめなさぁぁぃっ…」

 

なんとか『ごめんなさい』を言ったレオンハルト。

それを聞き届けると、ヴィクトールはふわっと微笑んで、膝の上のレオンハルトを抱き起こして抱きしめた。

 

「よし、よく頑張った! さすがは私の息子だ!」

 

「父上…父上ぇぇっっっ ふぇぇぇっ…いたかった…こわかったぁぁぁっ」

 

「あぁ、厳しいお仕置きをしたね。よく耐えた。ちゃんと反省できたねレオンハルト。

とってもいい子だ。」

 

「ふわぁぁぁぁんっ」

 

レオンハルトは、しばらくヴィクトールに抱きついて離れたようとしなかった。

そんなレオンハルトの頭をずっとなで続けながら、

ヴィクトールは先ほどまでの険しい顔が嘘のように穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

 

「…父上、僕、リヒトに謝ってきます。」

 

ようやく落ち着いたレオンハルトが、まだ赤い目でヴィクトールを見つめ唐突にそう言った。

 

「甘えんぼタイムは終了かい? 寂しいなぁ…」

 

「ち、父上僕はそんなっ…は、恥ずかしいこと言わないでくださいっ…」

 

「まだニンジンもピーマンも食べられない甘えんぼさんが恥ずかしがってもねぇ…

まぁ、お仕置きするほどのことではないが、好き嫌いはないにこしたことはない。

こうやって私やリヒトにからかわれなくてすむようになるしね。」

 

「ちちうえぇっ…」

 

からかわれ、また少し涙目になるレオンハルトに吹き出しそうになりながら、ヴィクトールはレオンハルトの背を押した。

 

「ふふっ。早く仲直りしてきなさい。リヒトも話したがっていた。」

 

「…はいっ 失礼します。父上…ほんとにごめんなさいっ ありがとうございましたっ」

 

「あぁ。」

 

しっかり一礼して出て行ったレオンハルトに、

さっきまであんなに甘えていたのに、こういうところはしっかり成長して…と残されたヴィクトールは1人感動していたのだった。

 

 

 

「レオ兄!」

「リヒト!」

 

レオンハルトが書斎から出てリヒトの部屋に向かう途中で、廊下をそわそわ行ったり来たりしているリヒトと鉢合わせした。

2人はどちらからともなく駆け出して近づくと、2人で一斉に

 

「ごめんなさい!」

「ごめんっ!!」

 

と謝った。

 

「レオ兄、酷いこと言ってごめんなさい… 

ほんとはあんなこと言うつもりなくって、でも引っ込みつかなくなっちゃって…

レオ兄のこと傷つけた…ごめんなさい…」

 

リヒトがしゅんとして謝れば、レオンハルトも。

 

「僕だって酷いこと言ったし、それにフォーク投げたり…お前置いて逃げたり…

お前の兄として恥ずかしいことをした…ごめんなさい…」

 

「…」

「…」

 

謝ったはいいものの、まだなんとなく気まずい雰囲気が流れ、2人の間に沈黙が流れていたそんな時。

 

「はい、一件落着ですね。」

 

「うわぁぁっ!? 先生!?」

「お前、一体どこから湧いて出たっ」

 

突然ハイネから声をかけられ、2人は飛び退いた。

2人の反応に、ハイネは少しむくれながら言う。

 

「お二人が感動の仲直りをされている最初からおそばにおりました。

お二人の世界に入られていたので全く気づいていただけませんでしたが…」

 

ハイネにそう言われ、二人は少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「うわぁ、はっず……ま、これで仲直りってことで。ね、レオ兄!」

「ああ。」

 

リヒトが差し出した手をレオンハルトが握り、二人は晴れて仲直り。

そんな二人の様子を見て、ハイネは「さて…」と切り出す。

 

「それではお二人ともお部屋に参りましょう。」

 

「げっ、もう勉強…」

「うぅ~~~」

 

顔をしかめる二人に、違いますよ、とハイネは答える。

 

「お二人ともお尻の手当をしませんと、この後お勉強やお食事の度に辛い思いをなさいますよ。

私、打ち身と腫れによく効く薬を持っているので…おや?」

 

ハイネからしたら純粋な気遣いのつもりだったが、

二人にはその気遣いがむしろ恥ずかしさを増大させ、二人仲良く顔を真っ赤にしてうつむくのだった。

 

学校の2学期というものは、とかく行事が多い。

惣一たちの学校もご多分に漏れず、9月は体育祭、10月は球技大会と立て続け。

そして、11月の今月は…文化祭だった。

 

根っからの体育会系の惣一やつばめは今までよりテンション低めだったが、

なんだかんだ「人生最後の合唱コンクール!」と意気込んでいる。

惣一たちの学校は中高一貫校だが、クラス対抗の合唱コンクールは中学でしか行われないのだ。

 

そして、誰よりも真剣にこの文化祭…中でも合唱コンクールに取り組んでいる人物がいた。

 

 

 

「今日はここで練習してんの? 洲矢。」

 

音楽室のピアノに向かい、何度も何度も繰り返し同じ曲を弾いているのは洲矢だった。

洲矢は、D組の伴奏者に選ばれている。

ふと現れた仁絵に話しかけられ、洲矢は鍵盤から顔を上げた。

仁絵は、風丘に頼まれた雑用を風丘の個人部屋である元音楽準備室で片付けていたところ、

音楽室から漏れ聞こえる聞き覚えのある曲に、気になって訪れたのだ。

 

「ひーくん! うん。だって、もうあと1週間しかないんだよ? 

ピアノは、とにかく弾きこむのも大事なんだから。1日も無駄にできないよ。」

 

「いや、まぁ、そうだろうけど。別に音楽室で練習する必要ねーだろってこと。

おまえんち立派なピアノあんじゃん。」

 

仁絵に指摘されると、洲矢はあー…と少し気まずそうにする。

 

「今日は…お家帰れないから。」

 

「は…?」

 

仁絵は洲矢の返答に一瞬不思議そうな顔をしたが、

壁に掛かっているカレンダーの曜日を見て合点がいった。

 

「なんだサボりかよ…」

 

今日は水曜日。

中学1年の時の騒動から洲矢のピアノのレッスンは一時なくなったが、

中学2年の半ば頃から毎週水曜日、洲矢は自宅で有名な先生からのピアノのレッスンを再開していた。

週1に減ったこともあり、今度の先生とは比較的相性もいいのか

通常時ならレッスンで思い悩むことはなくなっていたが…。

 

「しょうがないのっ 帰ったらレッスンに時間とられちゃうし、

そもそもレッスンの曲全然練習してないからレッスンやっても弾けなくてきっと怒られるし…」

 

「ピアノの家庭教師に頼めばいいだろ。しばらく合唱曲の伴奏の練習やりたいって。」

 

「ダメだよ…ピアノのコンクールの方もまた1ヶ月後くらいにあるから、

先生はそっちの方やりたいと思うし…」

 

「ばあやさんにはなんて言ったわけ?」

 

「委員会で急な会議が入っちゃったからって。」

 

「ナチュラルに嘘かまわしたわけね。やるじゃん。」

 

「――――っだってぇ…」

 

からかわれてくしゃっと顔を歪めた洲矢に、仁絵はフッと笑ってピアノのそばのスツールに腰掛けた。

 

「んな顔すんなよ。俺はおまえのそういう割と見境なく突っ走るとこ嫌いじゃねぇし。

サボりについては、そもそも俺はとやかく言える奴じゃねーしな。」

 

ポンッと肩を叩かれ、洲矢の顔に笑顔が戻る。

 

「ひーくん…ありがとうっ」

 

「つーか、さっき聴いてたけどほぼほぼ完璧じゃん。そんな必死に練習しなくても…」

 

「ダメだよっ うちのクラスまだ合唱コンクールで勝てたことないし…

ひーくんがせっかく譲ってくれた大役だし…」

 

「いや、俺は譲ったっていうか逃げただけだから(笑)」

 

D組は、1年・2年と圧倒的にピアノのうまい洲矢が連続で合唱コンクールの伴奏を務めていた。

しかし、流石に3年連続は…となって、同じくらいピアノが弾ける仁絵に白羽の矢が立とうとしてるのを、

仁絵が「せっかく最後なんだから最後まで洲矢でいいだろ」と言って、今年も洲矢でいくことになったのだ。

仁絵としては、ただでさえヤンキーで目立つのに、

目立たなくてもいいところで自主的に目立ってどうする、という思いで回避しただけなのだが、

洲矢はなぜか「譲ってくれた」と甚く感謝し、俄然張り切っているのだ。

 

「伴奏が完璧だからって優勝につながるわけじゃないけど、

少しでもミスって足を引っ張っちゃうことは絶対あっちゃいけないことだから。」

 

真剣に鍵盤を見つめる洲矢に、仁絵はフッと息をついた。

 

「あんまり気負いすぎんなよ? 

伴奏なんて止まらなきゃいい、ぐらいの気持ちでやればいいんじゃねーの。」

 

「もーっ それじゃダメなのっ」

 

「へいへい(苦笑)」

 

いつになく真剣な洲矢に仁絵は少し苦笑いしながら、

練習を再開した洲矢の奏でる音色に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

結果として。

ことはそう上手くはいかなかった。

 

「あー、もう悔しい! 今年も3位かー」

「ま、うちのクラスには音楽の才能はなかったってことでしょ。なんせ筋肉馬鹿ばっかりだからね。」

「おい夜須斗! そこでなんで俺を見るんだよ!」

「まーまー、みんなベスト尽くしたんだからいいじゃない。」

「さすが委員長、いいこと言うーっ」

 

D組の結果は5クラス中3位。昨年と同じ順位だった。

残念だねー、と口々に言い合うクラスメイトの輪から少し外れて、俯いているのが1人…。

 

「おい。」

 

仁絵に声をかけられ、ハッと顔を上げる。

 

「お前のせいじゃねぇよ。気にしすぎだ。」

 

「っ…!!」

 

ボソッと呟くように言われた仁絵からの言葉に、

洲矢は顔を紅潮させ、また下を向いて合唱コンクールが行われた講堂を出て行ってしまった。

 

大したミスタッチではなかった。それこそ、ピアノを多少やってないとわからないくらいの。

しかし洲矢自身はそのミスタッチに動揺したか更にその後に続く3音の和音が1音鳴らなかった。

だがそれだって、鳴らなかったのだから不協和音になって曲に影響を及ぼすよりよっぽどいい。

総じて、洲矢はピアノ上級者としてしっかりまとめ上げていた。

そもそも、冷静に考えれば伴奏のミスタッチの1つや2つで合唱コンクールの順位が変わるなんてそんなこと現実的にあり得ない。

それは洲矢自身だって「伴奏が完璧だからって優勝には繋がらない」と言っていたとおり理解できていたはずだ。

だが、演奏後の思い詰めた表情から、今はとてもそんな客観視できている様子はうかがえなかった。

だから仁絵は、「少し落ち着け」という意味も込めて声をかけた。

そして洲矢が出て行っても、それで頭が冷えればいいだろうと追いかけずに見送ったのだった。

 

文化祭の日は帰りの会などもなく流れ解散だから、

その後洲矢が現れなくても問題になることはない。

風丘も忙しくて合唱コンクールの結果発表後「みんなお疲れ様―」と少し顔を出したくらいで

それ以来戻ってこず、洲矢不在は指摘されなかった。

流石に惣一や夜須斗たちは気が付いたが、

「徹夜でピアノ練習してたのが、気ィ抜けたせいか具合悪くなったから先帰るってさ。」と

仁絵が最もらしい理由を取り繕ってごまかした。

洲矢が夜遅くまで練習していたことは知っていた3人にとってその話は信憑性が高く、誰も疑うことはなかった。

 

 

 

しかし、仁絵の、しばらく頭を冷やせば落ち着くだろう…、という考えは甘かった。

洲矢は、のめり込むととことん、の人間だということはわかっていたが、計りきれていなかった。

 

 

 

それは、文化祭翌日の土曜の昼過ぎに、風丘宅にかかってきた1本の電話で発覚する。

 

プルルルル プルルルル

 

「ごめん、仁絵君出てくれるー?」

 

風丘に促され、仁絵が電話を取ると、電話口から聞き覚えのある声がした。

 

「はい、風丘…」

 

“あら、その声は仁絵さん?”

 

「えーっと…洲矢んとこの…ばあやさん?」

 

仁絵の声に、嬉しそうな声が返ってくる。が、その内容がちょっと問題だった。

 

“はいはい、そうです。仁絵さんならちょうどよかった。

楽しいお泊まりの最中にごめんなさいね。

洲矢さんに、そろそろお帰りにならないとレッスンの時間に間に合いませんよ、と伝えてくださる?”

 

「…は?」

 

“え?”

 

思わず聞き返してしまった仁絵。

2人の間に妙な間が流れるが、瞬時に状況をくみ取った仁絵が慌てて答えた。

 

「あ、あー…えと、すみません、

実は、ちょっと学校のことで洲矢が風丘…担任に相談しているのが長引いてて。

あ、別にそんな深刻な雰囲気ではないんですけど…

もし可能であれば、レッスンの日にち、ずらしてもらえると…」

 

“あらまぁ、そうなんですか。洲矢さん、最近お忙しいみたいで…委員会も活発で。

わかりました。先生には日を改めて調整してもらうように連絡しますので

洲矢さんにも先生とのお話が終わったらそう伝えておいてください。“

 

「え、えぇ。伝えます。はい、失礼します…

 

ガチャッ

 

あの馬鹿!」

 

仁絵は部屋に戻って財布と携帯を持つと、風丘に「ちょっとコンビニ行ってくる」と言って

ナチュラルに家を出た後、猛スピードで駆け出した。

 

ばあやの口からは「楽しいお泊まり」なんて言葉が出ていた。

ということは、洲矢は少なくとも昨日の夜から今まで家にいなかったということだ。

だが、仁絵がいる風丘宅には一度たりとも来ていない。

走りながら洲矢の携帯に電話をかけたが、コールが鳴り続けるだけ。

 

「ったく…どうせあそこだろ。」

 

とってくれない電話を切ると、仁絵はある場所に向かって更に足を速めた。

 

 

 

 

 

「…お前ほんとここ好きな。」

 

「…。」

 

仁絵が洲矢を見つけたのは星ヶ原神社。

1年の時のプチ家出騒動でも洲矢が居着いていた場所で、

その後も洲矢は考え事をする時によく立ち寄っていて、

騒動後に転校してきた仁絵も洲矢が行く場所といえば、で一番に思いつくほどの場所になっていた。

 

「一晩中こんなとこにいたのかよ。風邪引くだろ。」

 

「…コート着てるし、カイロいっぱい買ったから平気。」

 

「ばあやさんからうちに電話があった。今日レッスンだったって。

先週のサボった分の調整か? とりあえず適当にごまかして再調整してもらうように頼んだ。」

 

「…ピアノ、弾きたくない。見たくない。」

 

洲矢らしからぬ素っ気ない返事に、仁絵はまだ引きずってんのかよ、とため息をつく。

 

「あのなぁ、お前も『伴奏完璧にしたからって優勝につながるわけじゃない』って言ってたろ。

だから分かってると思って敢えて言わなかったけど、

あの程度のミスタッチで順位が変動するわけねぇだろ。

あれは合唱コンクールで、あくまでメインは合唱。

そりゃ伴奏だって完璧に弾けるに超したことはないだろうけど…」

 

「…わかってるよ、そんなこと…っ いちいち言われなくたって!」

 

仁絵の言葉にいらついたか、洲矢が珍しく食ってかかってきた。

仁絵はさらに荒立てないように落ち着いたトーンのまま返した。

 

「…わかってるんなら頭冷やして切り替えろよ。ほら、送ってやるからとりあえず…」

 

パシンッ

 

「!」

 

洲矢に向かって伸ばした手。しかしそれは振り払われた。

 

「ひーくんは当事者じゃないから簡単に切り替えられるんだろうけど、僕は違うもん…っ

こんな…こんなになるなら最初から僕じゃなくてひーくんが伴奏やればよかったのに…」

 

「おい洲矢…」

 

洲矢の言葉に仁絵の声が低くなる。しかし、洲矢は気づかずにまくし立てた。

 

「ひーくんだって思ってるくせに! 

こんなめんどくさい奴に弾かせるんなら俺が弾けばよかったってっ…

僕に伴奏譲ったの失敗だったって!」

 

「あ゛あ゛?」

 

「ひっ…」

 

仁絵に凄まれ、思わず洲矢が息をのんだ。

恐る恐る仁絵の方を見ると、冷たい目で洲矢の方を睨んでいる。

何度か見てきた表情だが、この視線が自分に向けられたことはほとんどなくて、

洲矢はさっきまでの勢いはどこへやら固まってしまった。

 

「黙ってりゃ好き放題言いやがって… 今まで散々フォローしてやったけどもう知らねー」

 

そう言うと、仁絵は携帯を取り出すと、どこかへかけた。

なんとなく察した洲矢が後ずさりしようとしたが、腕をつかまれ「逃げんな」とまた凄まれ、動けなくなってしまった。

 

そして、相手が出たのか仁絵が口を開いた。

 

「…あー、風丘。まぁ、詳しいことは後で説明するけど…今から洲矢、うちに連れていくから…」

 

続く言葉は、とても仁絵の普段の洲矢への接し方からは想像のつかないものだった。

 

「みっちりケツ叩いて泣かせて。じゃ、今から行くわ」

 

とんでもないことを言い放ってあっさり電話を切った仁絵。

そして掴んだ洲矢の腕を引っ張りずんずん歩き出した。

腕を捕まれている洲矢は振りほどこうとするが力で仁絵に敵うはずがない。

 

「やっ…ひーくんっ…」

 

思わずいつもの調子ですがるように仁絵の名を呼んだが、返ってきた言葉は冷たかった。

 

「今更甘えた声出すんじゃねーよ。あぁ、1つ言っとくけど。」

 

洲矢は数分前までの自分の行動・言動を後悔した。

 

「風丘は再犯には厳しいから。せいぜい覚悟しとくんだな。」

 

柳宮寺仁絵という人物は、味方だと心強いが、怒らせるとどれだけ怖いか、洲矢はわかっていなかった。

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※こちらの作品は、「王室教師ハイネ」二次創作のスパ小説となっております。

 二次創作が苦手な方、原作のイメージを壊したくない方はバックお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト・・・お前っ もう1回言ってみろ!」

 

和やかな朝食の場に、一転して緊張が走った。

きっかけは、リヒトの一言だった。

 

「何度だって言ってあげるよ。

15歳にもなってニンジンとピーマン食べられなくて先生にお説教されてるとか、

レオ兄ダッサー」

 

「私はお説教をしていたわけでは・・・」

 

ハイネは単純に「今日も召し上がらないのですか?」と聞いただけだったのだが、

それに過敏に反応したレオンハルトが

「う、うるさい! 今食べようと思っていたんだ!」とムキになったのを、リヒトがからかった。

そこから、口喧嘩がヒートアップしていったのだ。

 

「おい、2人ともいい加減にしろっ 食事の場だぞっ」

「みんな、仲良し。ケンカ、ダメ・・・。」

 

さすがにこれ以上はまずい、と上2人が窘めるが、もう2人の耳には届いていない。

それどころか、リヒトがとんでもないことを口走った。

 

「そーんなガキみたいな好き嫌いしてるレオ兄なんか、

今に王位継承者争いから脱落するんじゃないのー?」

 

「っ!!!」

「おい、リヒト!!」

 

明らかに言い過ぎだ。ブルーノが語気を強めるが、言ってしまったことはもう戻せない。

衝撃を受けたレオンハルトの顔が固まり、そして俯いて肩を震わす。

 

「っ・・・リヒトっ・・・お前みたいなっ・・・お前みたいな奴、もう弟じゃない!!」

 

レオンハルトはキッと対峙していたリヒトを睨みつけると、両手で強く突き飛ばした。

倒れはしなかったものの、数歩後ずさったリヒトも、もう戻れないとばかりに応戦する。

 

「はぁ!? 何それっ こっちこそ、あんたみたいなバカ兄願い下げだからっ!」

 

「うるさい!! リヒトのくせに生意気なこと言うなぁっ!!」

 

そして、レオンハルトはニンジンが刺さったままの自分のフォークを手に取り、

リヒトの胸めがけて投げつけた。

 

「わっ!! ちょっとレオ兄何すんだよっっ」

「レオンハルト王子! いくらなんでもそれはっ・・・」

 

口喧嘩くらいなら様子を見よう、と思っていたハイネもさすがに止めに入ろうとした時だった。

 

「何の騒ぎだい?」

 

騒ぎを聞きつけたのか、たまたま通りがかったのか、

4王子とハイネが朝食を摂っている部屋に父親であるヴィクトールが入ってきた。

険しい顔をした父親を認めると、レオンハルトは顔面蒼白になり、次の瞬間・・・

 

「っ・・・ち、父上・・・僕はっ・・・僕は悪くありませんからぁぁっ」

 

脱兎の如く、叫びながらヴィクトールが入ってきたのとは別の出入り口から

飛び出して行ってしまった。

あまりの俊足に、ヴィクトールはやれやれ、とため息をつきながら、ハイネを呼ぶ。

 

「レオンハルトはとりあえず君に任せる。

朝食を終えてからで構わないよ。見つけて私の書斎に。」

 

まだ少し残っているハイネの皿を見やって、ヴィクトールが気遣うと、ハイネがいえ、と制す。

 

「元は私が止めに入るのが遅れた不手際です。」

 

ハイネは、どうしたものかとオロオロしている朝食の給仕係のメイドに声を掛ける。

 

「すみませんが、私の残った分を箱か何かに詰めてお部屋に運んでおいて頂けますか。」

「か、かしこまりました!」

 

メイドはこの場を離れられる口実が出来、

ありがたいと言わんばかりにハイネの皿を下げ、そそくさと出て行った。

 

「それでは、私は失礼いたします。」

 

ハイネも恭しくお辞儀をすると、レオンハルトが出て行ったのと同じ出入り口から部屋を出て行った。

ハイネの後ろ姿を見届けると、

ヴィクトールはバツが悪そうに手を後ろに組んでそっぽを向いてる末っ子に声を掛ける。

 

「さて、リヒト。何があったか話してくれないか。」

 

「・・・」

 

黙ってそっぽを向き続けていると、リヒト、と少し低い声音で再度促され、渋々口を開いた。

 

「別に何もっ いつものケンカ! っていうか仕事にとっとと戻れば? 

俺たちと一緒に朝食食べれないほどに忙しいんでしょ?」

 

棘だらけのリヒトの言葉にも、ヴィクトールは動じなかった。

 

「朝一番の仕事の後は、今日は少し時間があるから、

朝食後の穏やかなひとときを可愛い息子達と過ごそうと

勇んで仕事を終わらせてきたところだったんだが・・・。

どうやら楽しい時間はお預けのようだ。」

 

「チッ・・・」

 

苦々しげなリヒトの舌打ちに息をつくと、

ヴィクトールはリヒトに説明させることを諦めて、黙って座っているブルーノを呼んだ。

 

「・・・何があったか説明してくれるかい?」

 

リヒトがブルーノを睨み付けるが、ここで父の言葉を無視するなどブルーノに出来るはずもない。

ブルーノは立ち上がり、説明を始めた。

 

「・・・確かに、最初はいつものケンカでした。

今日の朝食のメニューは・・・レオンハルトの苦手な野菜が多かったので。

こっそり避けて兄さん・・・カイの皿に入れようとしていたところを

ハイネ先生が見つけて軽く窘めたのを、リヒトがからかったんです。

いつもなら多少言い合いになって終わるんですが、

今日は二人とも虫の居所が悪かったようで、ヒートアップしていって・・・

リヒトが『そんなでは今にレオンハルトは王位継承者争いから脱落する』と言ったのに、

レオンハルトが相当ショックを受けたようで、

最終的にお互いがお互いを『弟じゃない』『願い下げだ』と言い合って、

レオンハルトがリヒトを突き飛ばし、フォークを投げつけ、

父上が来たのを機会に飛び出していった・・・というわけです。」

 

事実を淡々と説明してくれたブルーノに、

リヒトが少しは軽めに話してくれればいいものを、とますます不機嫌そうな顔になる。

ヴィクトールはブルーノにありがとう、と礼を言うと、というわけで、と改めてリヒトに向き直る。

 

「リヒト。私と一緒に来なさい。」

 

「はぁ!? そんなのおとなしくついてくわけ・・・「来るんだ。」」

 

「っ!!」

 

有無を言わさない迫力と、一段低くなった声に、リヒトは後を着いていくしかなかった。

 

 

 

連れてこられたのはヴィクトールのプライベートルームでもある書斎だった。

が、ここに息子たちと二人きりで入ると、

この部屋は書斎ではなく息子たちにとって恐ろしい部屋へと変貌する。

 

「リヒト、分かっているだろう? ここへ来なさい。」

 

部屋につくなり、デスクの脇に置かれていたベルベットのスツールに腰を掛けたヴィクトールは、

膝を叩いてリヒトを呼んだ。

書斎に呼ばれたときから分かっていたものの、

行けばどうなるか嫌すぎるほど分かっているリヒトは当然のように拒んだ。

 

「嫌だよ! っていうか俺被害者だしっ 突き飛ばされて、フォーク投げつけられて!」

 

「確かに力に訴えた上に逃亡したレオンハルトは悪い。

だから後でしっかりレオンハルトにも反省してもらう。

だが、リヒト。お前にも反省すべきところがあるだろう?」

 

「っ・・・ないっ 俺悪くないからっ」

 

「ブルーノの話だとレオンハルトに酷い暴言を言ったようだね。

ブルーノの説明を聞いているときのお前の顔を見たところ事実のようだ。

リヒト。確かに突き飛ばされたり、フォークを投げられたり、

力で傷つけられたのはお前の方かもしれないが・・・言葉だって十分人を傷つける。

『お前なんて弟じゃない』。

レオンハルトにそう言われて、リヒトは何も思わなかったのかい?」

 

うっ、とリヒトは一瞬言葉に詰まるが、すぐにまた突っぱねる。

 

「べ、別にっ 俺の方こそ願い下げだってば、あんな暴力わがまま兄貴!」

 

「・・・はあっ 埒が明かないな。来なさい。」

 

「やだっ 来ないでよっ・・・離してっ 離せよっ!」

 

一度スツールから立ち上がったヴィクトールが、リヒトに近づいて腕をとる。

振りほどこうと暴れるリヒトに、ヴィクトールは呆れ顔でいい加減にしなさい、と低い声で言う。

 

「あまり暴れるならブラシを使うよ。それとも鞭のがいいかい?」

 

「じょ、冗談じゃ・・・「ならおとなしく反省しなさい。」

 

「わぁっ! ちょ、ちょっとっ・・・このバカ親父っっ 変態っっ」

 

あっという間にスツールに座ったヴィクトールの膝の上に横たえられ、

履いているものを全て下ろされてしまったリヒトが足をバタバタさせながら暴言を吐くと、

それを窘めるように厳しい平手がリヒトのお尻を目がけて振り下ろされた。

 

バシィィンッ

 

「いっ・・・たぁぁぁっ!? ちょ、ちょっと痛いっ」

 

「リヒト。お前はその口の悪さをどうにかするべきだ。

すぐに暴言を吐く、その癖こそ王位継承者としてよっぽど危険なことだ。」

 

バシィンッ バシィンッ バシィィンッ バシィィンッ

 

「いぁっ・・・ちょっ・・・いっ・・・たいって言ってんだろこの怪力親父!!!」

 

「はぁっ・・・言ってるそばから・・・

分かった。そんな口が利く気も起きないくらい痛くしてあげよう。」

 

ヴィクトールはそう言うと、やおら足を組んだ。

嫌な体勢に、さすがのリヒトも顔面蒼白になる。

 

「やっ・・・!? ちょ、ちょっと待って父さんっ・・・これやだっ・・・」

 

途端口調が甘え気味になったリヒトを、ヴィクトールは冷たく断罪する。

 

「今更遅い。たっぷり後悔しなさい。」

 

そして次の瞬間、先ほどまでとは比べものにならない痛みがリヒトを襲った。

 

バッチィィィンッ

 

「っ・・・!? やぁぁぁぁっ」

 

バチィィィンッ バチィィンッ 

 

「あぁぁぁっ!? 痛い痛い痛いーーーーっ!!」

 

お尻の真ん中にとびっきりの一発、その後は左右に一発ずつ。

それぞれ綺麗に手型がついている。

あまりの痛みにとっさに出た手はあっさりヴィクトールによって背中に縫い止められる。

 

「こら。今度は手でかばうとは・・・今日は本当に悪い子だ。」

 

バチィィィンッ バチィィィンッ


「あぁぁっ だってこんなの無理ぃぃっ いつもより全然いたいっ・・・」

 

「こんなに厳しくさせたのは誰だろうねぇ。」

 

バチィンッ バチィンッ バチィンッ

 

「ぎゃぁんっ・・・ふぁっ・・・いたいっっっ」

 

「答えなさい。リヒト。誰のせいでこんな痛い目に遭っているのか。」

 

バチィンッ バチィィンッ

 

「ふぁぁっ・・・俺っ 俺ですぅっ!」

 

「その通りだ。自分の発言や行動には責任が伴うものだよ。

悪い言葉を使ったから痛い目に遭うんだ。覚えておきなさい。」

 

バチィンッバチィンッバチィンッバチィンッバチィンッ

 

「うぁぁっ わかった、分かりました覚えますっ ひゃぁぁんっ 俺が悪かったですごめんなさぃぃぃっ」

 

足の付け根に5発連打をもらって、元来甘えたな末っ子は早々に陥落した。

が、今回はそう易々と許さない、とヴィクトールはリヒトの腕を押さえる手に力を込めた。

 

「まだ駄目だよリヒト。今回はたくさん悪い言葉を使ったね。

お仕置きも素直に受けないし。こんな程度じゃ終われないな。」

 

「や、やだ父さんっ・・・ごめんなさいっ・・・反省したからぁっ」

 

恐ろしい言葉にリヒトは必死で謝罪するが、ヴィクトールは決めたことを最後までやり通す。

 

「あと5回。1打ごとに回数と反省の言葉を言いなさい。」

 

「そ、そんなの無理だからぁぁっ」

 

「出来なければいつまでもお仕置きが終わらないだけだ。ほら、始めるよ。」

 

バチィィンッ

 

「いたぃぃっ・・・ふぇっ・・・うぅっ・・・」

 

痛い、しか言わずにいつまで経っても回数も反省の言葉も言おうとしないリヒトに、

ヴィクトールは呆れて厳しく言い放った。

 

「甘えていいのはお仕置きをちゃんと受けてからだ。

リヒトがその気になるまで、ずっとここを叩こうか。」

 

バシィィンッ バシィィンッ

 

「やーーっ あぁんっ 受ける、受けますぅっ」

 

両足の付け根に厳しい平手をもらい、リヒトはたまらず叫んだ。

ヴィクトールはよし、と頷くと、改めて1発目をお尻の真ん中に打ち下ろした。

 

バチィィンッ

 

「あぁぁんっ 1回っ・・・ごめんなさぁぃっ」

 

バチィィンッ

 

「いたぃぃぃっ ひくっ・・・2回・・・もうしないからぁっ」

 

バチィィンッ

 

「さんかいぃぃぃっ うぅぅっ・・・暴言言わないぃっ」

 

バチィィンッ

 

「ふぇぇぇっ・・・よんかいぃぃ・・・ケンカしないぃぃ・・・」

 

「さぁ、最後だ。」

 

バチィィィンッ

 

「ぎゃぁぁぁんっ・・・ふぇっ・・・いたぃ・・・ふぇぇ・・・」

 

また飛び切り痛い1発に、背を仰け反らせ、痛い、痛い、と泣くリヒト。

だが、ヴィクトールは「甘えていいのはお仕置きを受けてから」と言ったとおり、

最後まで甘やかさなかった。

 

「リヒト。それでは終われないな。もう一度だ。」

 

「やっ・・・とおさま待ってっ・・・」

 

リヒトの必死の願いもむなしく、痛みはやってきた。

 

バチィィィンッ

 

「うぁぁぁぁんっ ごかいぃぃぃっ レオ兄にも謝るからぁっ ごめんなさいぃぃっ」

 

「・・・よし、よく頑張ったね。終わりだよ、リヒト。」

 

ヴィクトールはリヒトを抱き起こすと、フワッと微笑んで抱きしめた。

 

「痛かったっ・・・父さん怖かったっ・・・」

 

いつもなら恥ずかしがってすぐに膝から下りたがるリヒトだが、

今回はよほど応えたのか、少し恥ずかしそうにしながらもそのまま父に抱かれている。

 

「末っ子でいつも甘やかしていたからね。少しびっくりしたかい?」

 

「少しどころじゃないよっ・・・いつもより段違いに痛いし怖いしもう最悪っ・・・」

 

「ハハッ・・・だったら、もうこんな思いをしないように言葉には気をつけなさい。」

 

「はーい。」

 

少し膨れながら、リヒトは素直に返事をした。

 

 

 

しばらくヴィクトールの膝の上であやされて落ち着いたリヒトは、衣服を整え、

部屋の中央にあるスツールとお揃いのベルベッドのソファに恐る恐る座った。

その様子を見て少し笑いながら、ヴィクトールもスツールから移動して隣に腰掛ける。

 

すると、リヒトは不意にヴィクトールに尋ねた。

 

「・・・ねぇ。レオ兄にも同じくらい痛いのするの?」

 

リヒトの問いに、ヴィクトールは一瞬目を丸くして、それからフフッと微笑んだ。

 

「レオンハルトのことが心配かい? さっきまであんなにケンカしていたのに。」

 

「っ・・・だって、俺がからかったり暴言吐いたりしたのが原因だし・・・」

 

「原因がリヒトでも、今日はレオンハルトも悪いところがたくさんある。

力でリヒトを傷つけ、悪い言葉も使ったようだ。

それに・・・あの子はお仕置きが嫌で逃げたしね。」

 

「でも・・・レオ兄痛いの苦手だから・・・」

 

小さい頃から泣き虫で、

運動が得意でほとんど怪我することもないからかたまに怪我しようものなら

ちょっとした傷でも大泣きしていたレオンハルト。

こんなお仕置きをされると思ったらいてもたってもいられなくなったのも同意できる。

 

「だからといって逃げていいことにはならない。

・・・だが、大丈夫だ。

レオンハルトは・・・お前のお兄ちゃんは、強くていい子だ。今は違うけれどね。

ちゃんとお仕置きを受けて反省できる。

そうしたら、2人で仲直りしなさい。分かったね?」

 

ヴィクトールに頭を撫でられ、リヒトは頷く。

 

「・・・うん、分かった。」

 

レオ兄がお仕置きを受けて書斎から出てきたら、俺が先に謝ろう、

リヒトはそう心に決めて、隣に座る父の肩に頭を預けた。

2018年がやって参りました!

明けました!(一応喪中なのでお祝いの言葉は避けさせてくださいあせる

 

旧年中は、体調のこともあり、あまり更新できず申し訳ございませんでした。

今年は、まずは昨年以上のペースで更新することを目標に、

少しずつやっていきたいと思います!!

年始めに書き初めたものたちは全く達成できずじまいだった昨年、

情けないですが、

今年はその分を少しずつでも取り戻せるように楽しみながら

駄文生産頑張らせていただきたいと思いますm(_ _ )m

ついに今年はアラサーに足を踏み入れる私、

有言実行できるようにしなければ・・・あせるあせる

 

さてさて、年末年始にかけ白瀬は、家が喪中で

毎年恒例のお祝い事等の準備がほとんどなかったため、

大掃除と苦情対応での臨時出勤以外は例年にない過ごし方をしてました。

・・・舞台に通ってました←

過去記事でも一度触れてますが、ミュージカル黒執事ですo(^▽^)o

ほんとに、古川さんが格好良すぎて・・・ラブラブ

社会人になって中途半端にお金が使えるようになるとほんとにね・・・笑

年末年始夢の中でした。・・・長くなるので別記事に書きます笑

 

スパ関係では、そんなこんなで二次創作が進む!とばかりに

ハイネと黒執事書いてます。

黒執事は最新の駒鳥ドレスのシエルのエピソードが書き進められたのが

確か前のミュージカル黒執事を見て滾ってたからなんですが(笑)

今回も同じ現象起きてます。

古川セバス、そして生執事すごい・・・(まだ言うか)

スパシーンに入るまでは順調! 入ってからが正念場かな、頑張りますメラメラ

 

それでは、今年も白瀬をよろしくお願いします!!

 

バシィィンッ

「いったぁぁぃっ!」

風丘の部屋では、高らかに素肌を打つ音が響き渡った。

「こら。1発目から暴れないの。」

ソファーに座った風丘の膝の上に横たえられた波江が必死に足をばたつかせる。

「痛いもんは痛いよぉぉっ」

強めの一発で、白いお尻には薄らと手形が浮かび上がっていた。

バチィンッ

「ぎゃんっ!!」

「そんな痛い目見ることになったのは誰のせいなのかなー?」

バシィンッ バシィンッ バシィンッ

「いったぁ! ああっ! ああんっ なんでよぉっ そんな悪いことしてないじゃんっ」

必死に平手から逃れようと暴れながら、大声で波江が叫ぶ。
波江が本気でそう訴えているのを感じ取った風丘は、

ため息をついて今日一番の平手を振り下ろした。

バッチィィィンッ

「っ・・・!? ったぁぁぁぁぃっ!!」

ギアが一段階上がったのが有り有りと分かる音と痛みに、

波江は一瞬息が止まり、直後更に悲鳴を上げた。
風丘は呆れ声でお説教する。

「全く・・・。いくら惣一君たち仲の良い子たちとの間だったからって、
監督者側の海保から賭け事に誘っていいわけがないでしょ。」

バシィィンッ

「ああんっ おおげさだよぉっ・・・お金賭けたわけじゃな・・・」

バチィィンッ

「ひゃぁぁんっ」

「当たり前でしょ。もしお金賭けてたら俺だけじゃなくて

光矢と森都にも手伝ってもらってそれぞれから100叩きはしてる。」

「ひぃっ・・・」

言われただけで背筋が凍るような内容に、波江は息を呑んだ。

バシィンンッ

「あぁっ・・・!!」

「ちょっと学生ノリ引きずりすぎ。

生徒たちと距離が近くて仲良いのは良いことだと思うよ。カウンセラーなんて特にね。
だとしても、今日のはやり過ぎ。そうでしょ? 海保。」

「っぅぅ・・・」

風丘の話は最もな正論。反論しようがないが、それでもなかなか素直に返事はできない。
波江が渋っている間に、次の平手がお見舞いされた。

バチィィィンッ

「いたぁぁぁぃっ!! ふぇっ・・・」

「海保。お返事は?」

ちょっと低い声でそう言われれば、返事するしかない。
久々のお仕置きでちょっと素直になれなかった海保の意地はすぐに崩された。

「っ・・・ぅ・・・はい・・・」

「生徒と賭け事して、しかもそれで仁絵君から俺の弱点聞き出そうとか。

いつまでたってもお子様みたいなことしないの。」

「ぅぅ・・・わかったぁ・・・」

頭をなでられながら、諭すようにそう言われ、波江は渋々ながらも返事をした。

久々だし痛かった・・・波江が起き上がろう、と思った時、頭上から耳を疑う一言が降ってきた。

「よし、じゃああと何回にしようか。海保。何回なら今日のこと反省できる?」

「え゛っ!?」

今のは終わりの流れだったじゃないか、波江は風丘の言葉に絶句し、必死で訴える。

「もういいよっ いらないっ 今ので終わりでいいよっ」

波江が手と頭をぶんぶん振って言い募るも、風丘も譲らない。

「何甘えたこと言ってるの。

学生時代だってこの程度でお仕置き終わったことなんてないでしょ。」

「そ、それはそうだけどでもっ・・・」

絶対にもうお尻赤くなってる。十分だろう、という波江の必死の訴えはにべもなく却下された。

「だーめ。大体海保、『もうしません』も『ごめんなさい』も言ってないし・・・何より。」

そう言って、風丘が抗議のためにこちらを向いていた波江の頬を人差し指でつつく。

「顔がまだ不満でいっぱい、って感じ。全然反省してないでしょ。」

「っ! してるっ ごめんなさい、もうしない!!」

風丘の指摘に矢のような早さでその二言を口にした波江だったが、

風丘には全く相手にされなかった。

「はいはい。それであと何回?」

「い、今言ったからもういらないっ!」

なおも食い下がる波江だが、さすがに幼なじみの風丘はその扱いに慣れていた。

「お仕置き終わらせるために投げやりに言った『ごめんなさい』なんて数に入りません。
海保が決められないなら俺が決めちゃうよ?
そうだなー・・・“とりあえず”平手で50回と・・・」

「わー!! 待って待って自分で決めるからっっ・・・」

「とりあえず」をあからさまに強調した言い方に波江が焦って口走った一言を、風丘は逃さない。

「じゃあ、はい、どうぞ。」

「っ・・・かい・・・」

風丘に見つめられ、波江はボソッと口にしたが、余りに小さすぎて聞き取れない。

「聞こえないよ?」

風丘に聞き返され、波江はなおも小さい声ながらも改めて口にした。

「ごっ・・・ごかい・・・」

どう考えても少ない回数。

どうせ却下されるだろうと思いながらも、自分が叩かれる回数を多く言う勇気は波江にはなかった。
目をつむって下を向く。怒った声が降ってくるか、ため息が降ってくるか。
が、風丘の返答は、意外なものだった。

「ふーん?・・・りょーかい。」

「えっ・・・?」

意外すぎる回答に波江が顔を上げる。

「5回ね。オッケー。その代わり、しっかり反省してもらおうね。はい。」

「??? わぷっ」

突然、風丘は波江に抱えるのを促すように波江の頭近くにクッションを引き寄せ、

不穏な言葉を波江に放った。

「騒いで舌噛まないでね。」

「えっ・・・」

その刹那。

ビッシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィィンッ

「ひっ!?・・・っぁ・・・ゃっ・・・やぁぁぁぁぁっ!!!」

5回は5回でも、どこからともなく登場した物差しで足の付け根ばかりを狙った「最凶最悪の」5回だった。

 

 

 

 

「ふぇぇ・・・はーくんのばかぁっ・・・鬼畜ぅ・・・人でなしぃっ・・・」

お仕置きが終わり、お尻に濡れタオルをのせてもらって涙を拭い、もう大分経ったが波江は相変わらずこの調子である。

「もー、いつまで拗ねてるの。」

さすがに呆れ混じりの風丘の声に、波江が逆ギレするように噛みつく。

「痛いんだもんっ 大人になってもお尻叩かれたら痛いっ しかも物差しとか出てくるし!!

何、ソファーの座るとこの隙間に隠してるとか! おかしいでしょ、そんなの!!」

 

突然登場した物差しは、ソファーの座面と肘掛けの間の隙間に隠すように仕舞われていたものだった。

風丘としては別に隠しているつもりはなく、お仕置きの時にわざわざ出してこなくても、

必要になったらすぐに出せるようにそこに仕舞ってあっただけなのだが、

突然使われた側からすればその恐怖はとてつもない。

「大人になってもお仕置きされるようなことしちゃう海保が悪いんでしょ。」

「お仕置き以外になんか方法あったでしょ! 大人なんだからっ」

波江の言い分を聞いて、風丘が少し意地悪げな目つきになって答える。

「へ~? お仕置き始まってもしばらくは反省の『は』の字も見えなかった海保が
お仕置き以外の方法で反省出来るなんて思えないけどな~」

「んぅーーーー・・・」

つい十数分前の自分の態度を掘り起こされ、波江は唇を噛む。

「今日のはーくん意地悪だから嫌いっっ」

しかし、そんな「嫌い」口撃も慣れたもの。風丘は全く動揺しない。

「ふーん? なら早く俺の膝から頭どかしてもらえないかな?」

「っ・・・ぅ・・・ぅ・・・」

それは嫌、とも言えず、風丘の膝に頭を乗せたままうーうー唸る波江に、風丘はたまらず吹き出した。

「・・・プッ もー、相変わらずだね海保は。はいはい、虐めすぎたよごめんね。」

背中をぽんぽん、と叩くと、波江はほんとだよっとむくれる。

「反省したんだからもっと甘やかしてっっ」

「はいはい。」

波江に求められ、風丘は若干苦笑しつつ波江の頭を撫でる。
学生時代がフラッシュバックする光景に、変わらない幼なじみに対する一抹の不安を感じながらも、
先ほどの雲居とのテニス対決も思い返しながら、風丘はしばし懐かしさに浸ったのだった。