自分なりの尺度を持つことが大切
講師として使用しているテキストに次のような内容があります。役職者になるころには・・・
「数字などの周囲の評価ではなく、自分が上手くやっているということを実感できる“自分なりの尺度”を持つことが大切」
今の鳩山政権についての支持率(周囲の評価)報道を見て、ちょっと感じました・・・。
アドラーチルドレン?
妻からの又聞きです。
長男(小2)のクラスで、H君が八つ当たり?で周りの子をぶったり、髪を引っ張ったりで暴れ、教務主任に職員室に連れて行かれたそうです。その後、長男が先生に
「H君が暴れたのも何か理由があるんじゃないかな?」
と言ったそうです。先生が帰り際、長男に「さっきはありがとう。普通はH君に対して文句を言うだけなのに、あのように言ってくれて」と声をかけてきたそうです。先生の真意はわかりませんが、長男の発言は私が実践している「アドラー流?子育て」の「目的論」の賜物かな?なんてちょっと思いました。
勇気づけリーダー養成講座
3月6日(土)7日(日)とヒューマンギルドの勇気づけリーダー養成講座に講師として参加してきました。
http://blog.goo.ne.jp/iwai-humanguild/d/20100307 (ヒューマンギルド岩井先生のブログです)
この講座のキーコンセプトは以下の2点です
①1回30分
・簡単な実習をベースに、理論解説・振り返りを含め、1回30分で1テーマ、全部で12回という構成
・30分なら、会議や休憩などの一部分で実施ができる
②伝える・講師をする
・伝える(講師をする)ための準備、参加者とのやりとりが、講師自身の成長と自信につながる。
・学習の“場”を創ることが、組織創り、組織活性化につながる。
講座の流れは、1回分のデモを体験した後は、残りの11回分について参加者に講師体験をして頂くというものです。講師体験は一人1~3回できます。最初はかなり乱暴な流れかな?とも思いましたが、やってみると多くの気づきがあります。
今回参加された方々が、それぞれの職場や地域で1回30分のミニ勉強会を開催して、職場や地域の人々を勇気づけ、自分自身も勇気づけて頂きたいと願っております。
愚痴のない職場って?
私の職場には愚痴を言う人はいません。弱音を吐く人もいません。
なぜでしょう・・・
愚痴を言っても目的が達成できないからだと思います。
愚痴って、「私なりに頑張っていることを認めて欲しい」「私のつらい現状を認めて欲しい」「職場に貢献しようという想いは認めて欲しい」といった目的があるのだと思います。
しかし、私の職場ではこの目的が達成されることは皆無です。「がんばって頼んだんですが○軒採用です」と発言しても、「聞いてませんから」とかえってくる。だれも愚痴の内容を認めてはくれません。
新参者の私も最近は愚痴っぽいことは言うのをやめました。
ただ、パワハラなどはなく、本当に淡々と進んでいくという感じです。
これって、アドラーで勉強した「目的論」(人間の行動には目的がある)の実践編かな?と思いました。目的がかなわないなら、その方法はとらない。他の方法をとる?
不思議な体験をしています。
外国に行って、自分は日本人であるとの自覚を強くする?
とは言っても、実際に外国に行ったわけではありません。
企業合併の話しです。
現在の私の職場、計8名中、A社出身者は私のみ、7名はB社出身です。
合併前は、A社の社員であるとの自覚もなく、逆にA社の社風をバカにするようなところもありました。
しかし、現職場に異動して、
やっぱり自分はA社出身の人間なんだ
との自覚を強くしております。
言葉の定義から、仕事の進め方、仕事観、もしかしたら人生観まで?多くの部分で強い違和感を感じるわけです。もっとA社の良かった部分を伝えたい
と思ったりもしていますが、多勢に無勢・・・
という感じです。
旅行や留学なら、また日本に戻ってこれますが、合併ですのでもうA社はありません。今更ながらA社に愛社精神を感じている、不思議な状態です。