trycomp2のブログ -982ページ目

6カ国協議の対朝“弱腰”ヒル米首席代表が槍玉

北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の米国首席代表、クリストファー・ヒル国務次官補の“弱腰”に、ワシントンではネオコンのみならず国防総省などから強い批判の声があがっている。特に02年10月の米朝協議で北が存在を認めた高濃縮ウラン(HEU)開発計画について「米国は完全な情報を把握していない」と述べたことが大きい。

プルトニウムと違って高濃縮ウランの開発は、偵察衛星など外部から捕捉できず放置できないというのが、これまでのブッシュ政権の対朝強硬策の最大の理由だった。ヒル次官補の発言は、そこに目をつぶり、最終的には北朝鮮の核保有を黙認することを示唆したのではないか、と受けとめられている。

ヒル次官補はまた、軽水炉も「提供の用意がある」と述べた。軽水炉提供は05年9月の共同声明で「適当な時期に議論する」とされたが、米国は「核放棄後の軽水炉提供」、北朝鮮は「軽水炉提供後に核放棄」と見解が分かれ、ヒル次官補がメンツをつぶした経緯がある。それでも「提供の用意」を明言したのは、米国が折れる可能性を示したともとれ、反発を招いた。

6カ国協議の2月合意の大枠はベルリンの米朝協議で決められたが、中身は副大統領も国防長官も知らされず、ライス国務長官とブッシュ大統領の2人で譲歩を決めたという。ライス長官は就任以来、外交でさしたる成果があがらず、焦ったがゆえの“独断専行”とされ、ヒル批判は仮面をかぶったライス批判でもあるという。

6カ国協議の対朝“弱腰”ヒル米首席代表が槍玉:FACTA online

2児拉致事件―工作組織の全容に迫れ(朝日新聞社説)

 33年間も闇に埋もれてきた事件に、ようやく光が当てられつつある。

 北海道帯広市出身の主婦、渡辺秀子さんと長女の高敬美(こう・きよみ)さん、長男の高剛(つよし)ちゃんの3人が73年暮れに行方不明になった事件で、警視庁は2人の子どもは北朝鮮に拉致されたとして、元工作員の東京にある自宅などを家宅捜索した。

 警視庁と、この事件を捜査したことのある兵庫県警が共同捜査本部を立ち上げてから、初めての強制捜査である。

 渡辺さんの夫は在日朝鮮人で、2人の子どもは父親と同じ朝鮮籍だ。「日本国民」を要件とする拉致被害者支援法では被害者と認定できない。父親は北朝鮮の工作員だった疑いもある。

 しかし、当時6歳と3歳だった幼い子どもが拉致されたのだ。むごい犯罪の犠牲者であることに変わりはない。警察は捜査を尽くしてもらいたい。

 母親の秀子さんは、夫が突然いなくなったため、73年暮れ、子どもを連れて夫の勤め先だった東京都品川区の貿易会社などを尋ね歩いた。母子の姿が消えたのは、その後まもなくだ。

 3人とも監禁され、秀子さんは翌74年春に殺された。子どもの拉致は女性工作員が指示した。元工作員らがそう供述している。殺害と拉致は、貿易会社を拠点にした工作組織が明るみに出るのを防ぐためだった、と警察は見ている。

 この通りなら、夫の消息を知りたがったというだけで、何のかかわりもない母親が殺され、幼い2人の子どもが拉致されたことになる。決して許すことはできない凶悪な犯罪だ。

 行方不明になってから長い歳月が流れた。真相を知る関係者の多くも国内にはいない。時効の壁もある。

 だが、秀子さん殺害の容疑は、事件の核心である。警察は家宅捜索の直接の容疑の拉致だけでなく、秀子さんの事件も解明しなければならない。

 それにしても、無関係の母子を犠牲にしてまで隠そうとした工作組織とは、いったい何なのか。

 捜査本部によると、工作組織の舞台になった貿易会社は、当時の在日本朝鮮人総連合会の第1副議長が設立した。社員には10人前後の工作員がおり、拉致を指示したとされる女性工作員が不法な出入国を繰り返し、指揮していたようだ。

 この会社が注目されたのは、北朝鮮からひそかに戻って兵庫県警に逮捕された「よど号」乗っ取り犯が、社員の親族名義の旅券を所持していたことだ。

 それだけではない。76年に失跡し、北朝鮮で別のよど号のメンバーと結婚したとされる高知県出身の女性も、この会社が入居するビルに派遣されていた。

 社員を装った工作員は在日米軍や自衛隊、韓国の情報を収集していた疑いもある。彼らの触手はどこに伸びていたのか。資金はどこから流れていたのか。

 2児拉致事件の捜査を通じて、組織と活動の全容を明らかにしてほしい。

asahi.com:朝日新聞社説

拉致2児、母から離して監禁か 逃走防ぐ「人質」に

 北朝鮮による2児拉致事件で、北海道帯広市出身の渡辺秀子さん(当時32)と子ども2人は、半年近くの監禁状態の最中、別々の場所に隔離されていた疑いの強いことが、警視庁公安部などの共同捜査本部の調べで分かった。子ども2人を「人質」として渡辺さんの逃走を防いだとみられるという。共同捜査本部はこうした拉致の実態がほぼ解明できたとして、26日にも主犯格の女(59)に対する国外移送目的拐取容疑での逮捕状を取り、国際手配の手続きに入る。

 共同捜査本部のこれまでの調べでは、渡辺さんと長女の高敬美(こう・きよみ)さん(同6)、長男の高剛(こう・つよし)ちゃん(同3)の3人は73年11月ごろから、北朝鮮の工作拠点だった貿易会社「ユニバース・トレイディング」(東京都品川区、既に解散)の工作員によって監視され、自由に出歩けない状態に置かれていた。

 親子3人が監禁された73年11月以降、渡辺さんはユニ社の男性社員寮として使われていた東京都目黒区のマンションの一室で、子ども2人はユニ社の複数の工作員の実家を1~2カ月ずつ転々とする形でそれぞれ監視下に置かれていたという。

 渡辺さんら3人は74年3月、いったんは主犯格の女らによって日本海側とみられる海岸まで連れて行かれたが、工作船と接触できず北朝鮮に渡ることは失敗。東京都内に戻った後、渡辺さんは何らかの理由で絞殺されたとみられるという。

 その後、残された子ども2人は品川区のユニ社の女子社員寮の一室に移された。ここで74年6月中旬に福井県小浜市の海岸から工作船で北朝鮮に拉致されるまで、実行役とされる元工作員の女(55)ら複数の女工作員が交代で世話をしていたという。

 この女は現在も東京都荒川区に住んでおり、警視庁公安部が25日に任意での事情聴取を求めたが、応じなかった。

 渡辺さんの夫はユニ社の工作員のリーダーで、73年6月に北朝鮮に渡った。渡辺さん親子3人は突然にいなくなった夫を捜していた時、工作員に監禁されたとみられる。

asahi.com:拉致2児、母から離して監禁か 逃走防ぐ「人質」に - 社会