拉致2児、母から離して監禁か 逃走防ぐ「人質」に
北朝鮮による2児拉致事件で、北海道帯広市出身の渡辺秀子さん(当時32)と子ども2人は、半年近くの監禁状態の最中、別々の場所に隔離されていた疑いの強いことが、警視庁公安部などの共同捜査本部の調べで分かった。子ども2人を「人質」として渡辺さんの逃走を防いだとみられるという。共同捜査本部はこうした拉致の実態がほぼ解明できたとして、26日にも主犯格の女(59)に対する国外移送目的拐取容疑での逮捕状を取り、国際手配の手続きに入る。
共同捜査本部のこれまでの調べでは、渡辺さんと長女の高敬美(こう・きよみ)さん(同6)、長男の高剛(こう・つよし)ちゃん(同3)の3人は73年11月ごろから、北朝鮮の工作拠点だった貿易会社「ユニバース・トレイディング」(東京都品川区、既に解散)の工作員によって監視され、自由に出歩けない状態に置かれていた。
親子3人が監禁された73年11月以降、渡辺さんはユニ社の男性社員寮として使われていた東京都目黒区のマンションの一室で、子ども2人はユニ社の複数の工作員の実家を1~2カ月ずつ転々とする形でそれぞれ監視下に置かれていたという。
渡辺さんら3人は74年3月、いったんは主犯格の女らによって日本海側とみられる海岸まで連れて行かれたが、工作船と接触できず北朝鮮に渡ることは失敗。東京都内に戻った後、渡辺さんは何らかの理由で絞殺されたとみられるという。
その後、残された子ども2人は品川区のユニ社の女子社員寮の一室に移された。ここで74年6月中旬に福井県小浜市の海岸から工作船で北朝鮮に拉致されるまで、実行役とされる元工作員の女(55)ら複数の女工作員が交代で世話をしていたという。
この女は現在も東京都荒川区に住んでおり、警視庁公安部が25日に任意での事情聴取を求めたが、応じなかった。
渡辺さんの夫はユニ社の工作員のリーダーで、73年6月に北朝鮮に渡った。渡辺さん親子3人は突然にいなくなった夫を捜していた時、工作員に監禁されたとみられる。
asahi.com:拉致2児、母から離して監禁か 逃走防ぐ「人質」に - 社会