trycomp2のブログ -602ページ目

急変!朝鮮半島情勢 中国が狙う朝鮮半島

高麗大学北韓学科教授 南成旭


朝鮮半島で試される「実用主義的接近方法」
ポスト金正日を見据える胡錦濤政権



 中朝同盟は、1950年、朝鮮戦争(中国側では「抗米援朝戦争」)を共に戦うという歴史的体験の下で出発した。歴史的・地政学的側面から形成された中朝間の伝統的な血盟関係は、1994年、金日成が死去して急速に色褪せはじめる。両国は、互いに重要視しながらも、特別な関係ではなくなった。
 中国は2002年、第4世代の胡錦濤体制に移行した。毛沢東、訒小平、江沢民と続いた社会主義体制は転換期を迎える。胡錦濤政権は、社会主義理念から脱却し、国家建設のカジを「実用主義的接近方法」で取りはじめた。中国の対朝鮮半島政策も例外ではなかった。




 今日の中国の朝鮮半島政策は、単純に金正日政権一辺倒ではない。中国は、朝鮮半島で韓米同盟を牽制すると同時に、東北アジアの安定を維持することが「中華復興」に欠くことができないと見ている。そのためには、朝鮮半島における自国の影響力(Chinainfluence)が不可避であると判断している。
 中国は、訒小平の十六字方針にある「韜光養晦」戦略を守ろうとしている。韜光養晦とは、光を隠し、力を養うといった意味で、「能ある鷹は爪を隠す」ということわざに相当する。
 2006年10月、北朝鮮が核実験を強行して以後、中国の対北政策には2つの原則が共存してきた。緩衝地帯論(bufferzoneschool)と北朝鮮責任論(liability school)だ。
 緩衝地帯論は、北朝鮮の地理的・戦略的価値を重要視する考えだ。北朝鮮での戦争の勃発を未然に防ぎ、北朝鮮政権を維持することが中国の安全保障に必要不可欠だということだ。
 北朝鮮責任論は、中朝の相互関係における利害得失を考えたとき、北朝鮮は中国にとって「失」の方が多いという考えだ。最近急速に支持を得ている。胡錦濤の外交政策において、北朝鮮は伝統的な血盟関係や戦略的要衝ではなく、米国との関係を悪化させる「トラブルメーカー」として映っているからだ。
 北朝鮮は2006年9月、胡錦濤に核実験を行わないことと、6カ国協議への復帰を約束した。しかし10月、北朝鮮は核実験を行った。
 中国は実験直後に公式声明を発表して、「北朝鮮の核実験は、悍然たる行動で、中国は断固反対する」と、激しく反感を表した。
 中国当局の関係者によれば、声明文には元々「悍然」の文字はなかった。胡錦濤が独断で追加した表現だった。「悍然」とは、「悍戻」に通じ、手荒く道理にはずれているという意味として受け取ることができる。胡錦濤の金正日に対する怒りのほどをうかがわせる。
 中国政府内ではしかし、北朝鮮の核実験にもかかわらず、緩衝地帯論が七割程度を占めている。北朝鮮の戦略的価値は少なくないという考えが、依然根強いのだ。

 緩衝地帯論と論理を共有しているのが「同伴成長論」だ。
 同伴成長論とは、東北3省と北朝鮮の開発を連携させるという意味だ。
 東北3省は、伝統的に重化学工業の中心地だった。しかし、改革開放の優先順位で他地域よりも再開発は後回しにされ、相対的に工業化に遅れた。

 中国政府は、地域間の貧富の格差が深刻な状況では、訒小平の提示した「小康社会」(衣食足りた次の発展段階を指し、多少は豊かさを実感できる社会水準のことを指す)の達成は不可能だとする立場を取っている。とりわけ、東北3省の発展の遅れと、住民の地域間の不均衡は、中国社会が統合される場合のかなりの負担になると考えられている。
 そこで出てきたのが「北朝鮮工程」だ。つまり、東北3省の再開発のための、中国企業の北朝鮮への進出である。「北朝鮮工程」が、小康社会達成の手段になるという論理だ。
 2005年6月、中国政府の決定により、東北3省の開発は本格化しはじめた。
 「マルチラテラル」と呼ばれる「多辺主義戦略」も、同伴成長論の裏づけになる。21世紀、中国は多辺主義により、東アジアの周辺国と政治的・経済的な協力体制を築くことを外交政策の重点に置いている。北朝鮮だけでなく、ロシア、パキスタン、ベトナム、タイ、インドネシアなどの国家も対象に入る。
 この戦略上に中国は、北朝鮮経済を「環東海経済圏」として捉えるようになった。
 問題は北朝鮮地域を含めた東北4省論だ。これは、韓国の高句麗史を歪曲したものだとして韓国で反発を招いた。中国の北朝鮮進出戦略には、北朝鮮を衛星国家にしようとする底意がある。ポスト金正日の朝鮮半島から米国の影響力を排除し、親中政権を維持する戦略の一環と見られる。
 中国は先に北朝鮮を東北の第4番目の省と見なすような「東北工程」を訴えている。韓国では、東北四省論を第2の東北工程と見ている理由は三つある。
 第一に、中国資本の北朝鮮進出が、中国政府の一貫した計画と方針の下で行われているという点だ。
 中国資本の北朝鮮進出は、2004年春を基点に質的な転換を果たした。中国の温家宝首相は2004年4月2日、中国を訪問した金正日総書記と中朝経済協力に関する意見を交換し、「中国政府は、中国企業が北朝鮮側と多様な形態で互恵的な協力を行うことを奨励する」と表明した。
 中国資本の北朝鮮進出は、国有企業でも民間企業でも、中国政府の方針が確定された後に本格化するようになっている。中朝経済協力が、企業間の取引以外に、政治的意図を帯びていることを示唆している。


中華復興 実用主義の手の内
北朝鮮のみこむ「東北4省論」

 中国は2004年2月、「北京朝華友連文化交流公司」を設立して政府次元で北朝鮮進出を統括しはじめた。朝華友連の形態は民間企業だが、実質的に中国の意思を代弁していると見る方が正しいだろう。実際、遼寧省政府は、北朝鮮進出を計画する企業を支援すべく、別の組織を運営している。2005年2月、中国人民対外友好協会と、中朝友好協会は北京で朝鮮投資事業説明会を行った。出席した北朝鮮の対外経済協力推進委員会の金永民副委員長は、2004年末、北朝鮮に進出した外国企業は300社に上り、うち40%の120社が中国企業であったことを明らかにした。
 胡主席は2005年10月に訪朝し、今後の中朝関係発展のための4原則を明らかにした。(1)高位高官の相互訪問の継続。(2)協力的な内容が盛られた交流領域の拡大(3)経済協力による共同発展の模索(4)積極的な協力による共同利益追求だ。
 中国の温家宝首相は金正日総書記との会談で、「政府主導で企業を募り、市場原理に基づいて(北朝鮮内での中国企業を)運営させる」という対北経済協力方針を明らかにした。北朝鮮の地方官僚の黙認の下、限られた分野で市場原理に即した経済交流を行う従来の方式とは根本的に違う。中央政府レベルの中朝経済協力が本格化するということを示唆したと見られる。中国の対北朝鮮経済政策が、消極的な支援政策から、積極的な介入政策に転換されたということを、最高指導者間で確認しあったのだ。
 2番目に、中国の「平壌市場先行獲得戦略」が挙げられる。
 「中国人は(朝鮮戦争に続き)再び鴨緑江を渡る。今度は商人として」
 2004年10月付の『瞭望東邦週刊』のヘッドラインは、最近の中国の北朝鮮への資本進出ぶりを象徴的に描写した。
 2005年には1万人以上の中国人が投資目的で平壌を訪問した。平壌に常駐する中国人ビジネスマンが3000人以上だということは、もはや公然の秘密だ。
 税金引下げなどで、平壌の投資環境は大幅に改善された。北朝鮮の安価な人件費は、中国企業人たちをして、北朝鮮が10年以内に魅力的な市場になると希望を抱かせた。北朝鮮は需要に比べて供給が不足しているため、商品価格が高く、相対的に労働者の賃金は安い。労働集約型産業の発展の可能性は高い。
 3番目の理由は、東北4省論こそ、まさに経済の東北工程だと見なすに足りる証拠となるからだ。
 中国は、ポスト金正日においても、朝鮮半島北部での影響力を維持するという外交目標を守ろうとしている。
 中国は、白頭山の管理権を強化することで、旧「間島」地域に対する領土紛争の芽を、あらかじめとり除こうとする意図を隠していない。
 92年の韓中国交正常化以降、多くの韓国人が白頭山に太極旗を立てた。「満州はわが領土」と叫ぶ彼等に驚いた中国は、高句麗史を唐の歴史の一部として組み入れ、旧満州地域に存在する高句麗の遺物への韓国人の接近を禁じた。この地域には、韓国語を日常語とし、自らの民族性を明らかにする朝鮮族が根をおろしている。
 中国史上、単一王朝の平均寿命は150年に満たない。分離独立を恐れる中国政府にとって、東北地方は警戒すべき地域の一つだ。東北に住む朝鮮族の民族主義を抑えるには、経済的な同化がもっとも効果的なのだ。
 ただ、中国の北朝鮮政策を考える上で忘れてはならないのは、中国が国際社会に対してどのように苦慮しているかということだ。
 冷戦体制の崩壊後から展開されている地政学的変化は、北朝鮮に対する中国の理解と関心を増幅させている。北大西洋條約機構(NATO)は東へと拡大している。米国の力は、かつて中国と西側諸国との緩衝地帯であったアフガニスタンなどの中央アジアにまで広がった。日米同盟の強化で、台湾海峡も脅威にさらされている。
 米国の対外政策に「中国危険論」が散見されるようになり、米軍のアジア再配置も進んでいる。
9・11テロ以後、反テロ戦線は、中国の周辺に集中した。北朝鮮は地政学的に、中国の要衝地になった。
 中国資本の北朝鮮進出には、北朝鮮体制の崩壊による東北地域の不安定化と、米国の影響力拡大を阻む目的もある。日米が北核問題の解決過程で、中国に経済制裁参加を呼びかけても、全く動かないのは、北朝鮮の「戦略的防波堤」としての価値が高まったからだ。


統一日報*特集

急変!朝鮮半島情勢

本紙編集委員 仲田功

錯覚と茶番 6カ国協議の舞台裏

 北朝鮮の核実験をうけて行われることになる07年末の韓国大統領選挙は、朝鮮半島の平和をどう維持し、発展させるのかということが焦点とならざるをえない。ハンナラ党の新政策「韓半島平和ビジョン」という謳い文句は、その限りにおいては当を得ているのだろう。1年、崩壊したと見られていたが、復活しつつある。(崔世一)




 問題は、平和を維持する力がどのような理念によって支えられるべきかということだ。理念に“流行”などあろうはずはない。ハンナラ党はしかし、韓国内で草木もなびく親北朝鮮世論に迎合した。「時代に逆流する政党」でありたくないというのが彼らの本音なのだが、時代の流れはそれが大勢であったにせよ、結党の理念に照らして反するものであれば、そこに立ちはだかるべきが、本来の政党のありようではなかったか。
 ハンナラ党の大統領候補、李明博も朴槿惠も重々、そのことを承知する人々であったはずだ。その彼らをして変質せしめるほどの変化が起こった。容易ならざるその変化とは、いつしか、金正日政権の存続を図りたい中国によって主導されはじめた6カ国協議と、その下で変節を重ねた米国の対北朝鮮外交であろう。
 6カ国協議は、米国の中国に対する錯覚、つまり中国の圧力によって北朝鮮の核を封じ込めるという「チャイナ幻想」によって始まった。
 中国の対北朝鮮政策はしかし、米国の幻想を次々とうち破った。気が付くと、金融制裁という最も効果的なカードを捨てた米国は、6カ国協議という中国主導の枠にしばられるだけの位置に後退していた。北朝鮮への関与が限界に達すれば、直ちに5カ国によって「懲罰連合」を形成するというブッシュ政権の思惑はもはや絵空事となった。

北朝鮮住民を見捨てるブッシュ政権  金正日には核保有の道
チャイナ幻想に敗れた米国

 ブッシュ政権は、胡錦濤政権に金正日への思い入れがないのを見計らいチャイナ幻想を広げた。確かに、胡錦濤は、江沢民時代まで続いたような「血盟」の情を対北朝鮮外交に介在させていない。歴代政権のなかで、最も実利主義に徹した中国のリーダーは胡錦濤だと言っていい。その胡錦濤をして、「金正日体制」の崩壊は座視し得なかった。米国の力が朝鮮半島全域に及ぶのを嫌ったからだ。
 胡錦濤政権の対北朝鮮政策の優先順位が「核放棄」ではなく、金正日体制の存続であることが分かったとき、ブッシュ政権は対北朝鮮政策の舵を大きく切り直す必要に迫られたと言っていい。北朝鮮を「ならず者国家」と規定して対北朝鮮政策を進めてきたブッシュ政権は、たとえば国務長官コンドリーザ・ライスが「北朝鮮は主権国家」と呼びはじめ、かつてクリントン政権時のオルブライトがそうであったように、金正日をまともな国のまともな元首として扱うようになっていた。

 ブッシュ政権内に対北朝鮮政策をめぐって鋭い対立があったのは確かだ。米外交問題評議会の発行する『フォーリン・アフェアーズ』は、そのことを明らかにしている。
 「米国の対北朝鮮路線をめぐる最大の問題は、抑圧国家としての問題を問わずに核開発問題に特化すべきか、それとも、すべての問題を解決するために政権交代策をとるべきかをめぐってブッシュ政権内に大きな対立がある」(05年7月号)
 カーネギー国際平和財団シニア・アソシエートのジョセフ・シリンシオーネも対立の構図について述べている。
 「核兵器の開発だけが問題ではないと考え、政権(金正日政権)を崩壊させることを目的に据える人々と、核開発問題の解決を目標に据え、政権の存続は認めてもよいと考える人々との衝突である」
 国務長官コンドリーザ・ライスが対北朝鮮外交の舵を大きく切ったとき、シリンシオーネのいう米政権内で対立した一方が、敗れたことを物語っていた。
 ライスは5カ月前の07年2月、訪米中の韓国ハンナラ党・朴槿惠元代表にこう語っている。
 「米国の究極の目標は核問題だけでなく、北朝鮮人民を救うため北朝鮮を解放することにある」
 この五カ月の間、彼女に何があったのか。朴槿惠に語った言葉に嘘がなければ、彼女は、というより「北朝鮮は主権国家」という彼女の提言を受け入れたブッシュ政権は豹変したことになり、北朝鮮住民を見捨てたことになる。

親北世論に迎合するハンナラ党

 ブッシュ政権が豹変したわけは何か。「中国を抜きに朝鮮半島は語れない」。朝鮮戦争以来のトラウマともいうべきものが、ブッシュ政権にも生じていた。6カ国協議を、米国中心とする対北朝鮮包囲網から、金正日体制を保障する場へとレジーム・チェンジさせる中国の罠にはまったブッシュ政権がそこにある。
 ブッシュ政権は07年2月以後、「核さえ捨ててくれれば、すべての望みを叶えよう」と北朝鮮に訴えてきた。国家としての威信も政権の面子もかなぐり捨てた米国の涙ぐましい努力はそれでも、実らせることができればまだいい。だが、この政権は最後の最後に決定的な過ちを犯すことになるかもしれない。7月、寧辺核施設を視察したIAEA事務次長のハイノネンは、合計1万6000本の使用済み核燃料棒がすべて再処理された可能性があると語った。この抽出済みプルトニウムの保管場所は明らかにされておらず、しかも高濃縮ウランによる核開発計画などのすべての核プログラム開示の道筋も付いてはいない。
 忘れてはならないことがある。07年3月のニューヨーク会談で北朝鮮外務次官の金桂寛は、クリストファー・ヒルに“インド並み”に扱ってほしいと訴えていたことだ。06年3月に合意された米印核協定をモデルとし、北朝鮮は、米国を相手に核軍縮交渉―核協定の締結を狙っているのは明白だ。ブッシュ政権は “インド並み”要求を拒否したが、最終的には米本土を狙わないという条件で、北朝鮮の核を黙認するかもしれない。その際、保証人は中国となる。
 黙認は“イスラエル方式”に通じる。
 「金正日打倒策を中国に阻まれたブッシュ政権は、土壇場で、イスラエルの核を黙認しているように、表向き北朝鮮に核放棄宣言をさせて、裏で現存する核兵器には目をつぶるという密約を行うかもしれない」
 ワシントン消息筋は見ている。
 北朝鮮住民を見捨て、韓国ハンナラ党を混乱の淵に追いやりながら、米国は元の実利主義へと戻りつつある。



「親北朝鮮15年体制」

 07年末の韓国大統領選の行方を占うスリルはもうなくなった。スリルを奪ったのは、ハンナラ党だ。7月4日、この党は金大中、盧武鉉も驚くほどの対北朝鮮包容政策「韓半島平和ビジョン」を掲げた。大統領選挙は結果がどうであれ、北朝鮮に関しては次期政権に政策上の決定的な変化が訪れることはないだろう。親北朝鮮15年体制への継続の始まりを告げることになるのはほぼ間違いない。自由韓国の浮沈を占う戦後最も重大な選挙が、かくも軽薄に流れようとしている。なぜか。米国の対北朝鮮政策における豹変が、ハンナラ党の変質を誘いだし、金正日体制とともに、韓国の親北朝鮮政策を保障しはじめたのだと見ていい。韓国の良識ある声が聞こえる。「アメリカの裏切り」だと。1945年の「8・15」直後、韓国で「日本が起きあがるぞ。ソ連に騙されるな。アメリカを信じるな」という言葉が広まった。62年後の今、国際社会を警戒した韓国人のその時の言葉は、事、米国に関しては当たろうとしている。

統一日報*特集

元自民党幹事長、野中広務氏が、混迷する北朝鮮問題に言及=大阪市内の集会で

【PJ 2007年08月17日】- 終戦記念日の15日、「第21回アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会」が、大阪市内で開催された。集会で、「私の戦争体験」と題して自身の戦争体験を語った元自民党幹事長、野中広務氏(81歳)は、混迷する北朝鮮問題に言及した。

 野中氏は、「わたしは90年代、8回にわたり北朝鮮を訪問しました。努力しましたが、わたしの訪問で、功を奏することができませんでした。99年を最後に、それ以後、北朝鮮を訪問することはありませんでした。その後、小泉首相が、2回にわたり訪問しました。これは、勇気のあることだと思います。拉致被害者を5人取り戻したことは評価します」と、当時の小泉首相の行動を支持する考えを示した。

 その上で野中氏は、「北朝鮮は儒教に裏付けられた国です。訪朝の際、泊まらない、水も飲まない、食べない。こういう条件で、訪朝したことが、後でわかってまいりました。私どもの経験から言うと、何かを出さない限り、向こうが条件をのんでくれることはない国です。北朝鮮がこれ以上動かないのは、あのあと、日本がその時の約束を果たさないからだと思います。水も飲まない、食べないという相手を信用しないやり方をしたことが、相手が約束を履行しないことの原因ではないかと思います。わたしは、こういうところに、北朝鮮問題が動かない原因があるのではないかと思っています」と、北朝鮮問題がなかなか解決の道を辿らない理由について自身の考え方を言及した。

 最後に「戦争の傷跡を62年も引きずっています。わたしは、一人の政治家として、20年間国会議員をやっていたものとして、人生、どれだけ残っているかわかりませんが、戦争の傷跡を残した犠牲者の修復を行わない限り、その時代に生きた人間としての責任を果たすことができないと考えています」と話した。【了】


livedoor ニュース - 元自民党幹事長、野中広務氏が、混迷する北朝鮮問題に言及=大阪市内の集会で