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政府は、近く再開する日本と北朝鮮の政府間協議について、北京での開催を求める方針だ。昨年11月の実務者協議以来となる今回は、今後の協議の進め方などで合意を得る「仕切り直し」の場と位置付け、前回協議の際に平壌で行った拉致問題の現地調査などは「必要ない」(外務省幹部)と判断したためだ。
同時に、東京との連絡が制限される平壌は避けたい事情があるのに加え、第三国とする場合は北朝鮮が大使館を置き、比較的近距離の北京が最も同意が得られやすいとみている。ただ北朝鮮側が平壌開催を強く求めてきた場合は応じる考えだ。
2002年9月の小泉純一郎首相の初訪朝以降、日朝政府間協議は国交正常化交渉がクアラルンプールで1回行われたほか、拉致問題をめぐる実務者協議が北京で2回、平壌で1回開かれた。
また今回の協議担当者については、局長級とするよう北朝鮮と調整する方針。拉致問題と併せて、北朝鮮側が関心を持つ「不幸な過去の清算」についても議題とするため「局長級以上の権限がなければ議論がしにくい」(外務省幹部)との判断がある。
昨年8、9月の2回の実務者協議は北京で審議官級で開かれたが、北朝鮮側の対応が不十分だったため、11月の協議は局長級に格上げし、平壌で行っている。(共同)
Sankei Web 政治 日朝協議、北京開催要求へ 「仕切り直し」狙う(09/28 19:01)
脱北、逮捕、拷問、両足切断、再脱北…。 脱北した罪で北朝鮮保衛部の拷問を受け、両足を失った女性が最近、長い道程を経てタイに到着し、韓国行きを待っていることが20日、確認された。 この女性は3月、脱北者支援組織の被拉脱北人権連帯に「歩いて行けなければ這ってでも韓国に行って、今日の惨状を告発する!」という内容の手紙を送ったパク某さん(41)だ。 中国、ミャンマー、ラオス、タイ…。この数千里の道をパクさんは、切断した2本の足にぴったり合わない安物の義足を付けたまま、松葉杖を突き、足をひきずりながら、時には四つんばいになって這った。 同行者は、息子(19)と在日朝鮮人1人を含む脱北女性2人だ。在日朝鮮人の女性は、1970年代に北送船(帰国船)に乗り、北朝鮮に暮らし30数年ぶりに脱北したものと伝えられる。 パクさんが初めて脱北を図ったのは2000年秋だった。咸鏡(ハムギョン)南道の貿易関連事務所で働いていたパクさんは、息子と一緒に中国・吉林省の長春に渡り、生きていくためにどんな仕事でもした。 パクさんは2003年12月、パクさんが働いていた食堂に息子を預け、内モンゴル自治区の満州里に向かった。内モンゴル自治区満州里は、脱北者たちがモンゴル国境を越えるために主に利用するルートの1つだ。 しかし、パクさんは中国公安に捕まり、昨年1月に北朝鮮に連れ戻された。咸鏡北道の保衛部員たちは、凍傷で腫れあがったパクさんの足を錆付いた鉄串で刺し、足かせをはめた状態で、靴で容赦なく踏みつけた。パクさんの足からは、血の膿が流れた。保衛部員たちは「この××も、ふくらはぎまで腐り落ちたら、韓国に行けないだろう」とし、拷問を続けた。 しかし、ひどい拷問もパクさんの脱北の意思を崩すことはできなかった。1か月ぶりに釈放されたパクさんは2004年9月、北朝鮮に残っていた家族が止めるのを振り切って、再び脱北した。 「松葉杖をついて、飢えて倒れ、歩くこともできず、這って中国に来ました。そのとき再会した息子と友達は、私の足をつかんで泣きましたが、私は泣きませんでした。あの地獄から脱出して、大韓民国に行ける道が開かれたのですから…」 夢にまで見た息子さえも、初めはパクさんだと気づかなかったという。拷問により顔がひどく歪んでいたうえ、骨と皮だけになっていたからだ。 今年2月、パクさんは中国で、腐った両足を切断する手術を受けた。パクさん親子は6月、内モンゴル自治区満州里からモンゴル行き汽車に乗るために長春を出発した。 しかし、5月からの取り締まり強化で中国内の脱北支援団体が大量に摘発され、パクさん親子の脱北を支援することになっていた支援団体も中国公安に逮捕されたことで、脱出計画は頓挫した。 8月中旬、パクさん親子は再び北京を出発し、雲南省・昆明に到着、帰国船に乗った在日朝鮮人女性パク某さん、及び別の脱北者女性チャン某さんと合流した。 パクさん一行は6日、密林や山岳地域を通過し、ミャンマー国境まで車両で移動した。しかし、突然の暴雨で道路が流れ出し、国境を越えられずに国境地帯の隠れ家に戻るほかなかった。 パクさんたちは今月8日には、陸路を捨てメコン川支流を舟で渡り、ミャンマーを経てラオスに移動した。ラオスでも舟でメコン川を渡り、翌日9日にタイへの入国に成功した。 パクさん一行は現在、タイ警察に身柄を保護されている。被拉脱北人権連帯ド・ヒユン事務総長は、「パクさん親子はタイ移民局に移送された後、国際連合難民高等弁務官事務所 (UNHCR)の審査を受け、難民と認定されれば望む国に行くことができる」と話した。 ド総長は、「日本政府は、パクさん親子と共に脱北した在日朝鮮人パクさんについて、『必要なすべての措置を取る』という意向を日本の非政府組織(NGO)に伝えてきた」と話した。 パクさんは手紙で、「私が叫んだ悲鳴の声…私のうめき声…しかしこれは私の声ではなく、現在北朝鮮に住む私の両親、兄弟たちの悲鳴の声、うめき声だ」とし、「韓国に行けるように計らってほしい」と書いた。
朝鮮日報 Chosunilbo (Japanese Edition) 北脱出者に対する非人間的待遇など、北朝鮮内部の人権惨状を収録した動画の相次ぐ公開で、撮影と流出の経路に関心が集まっている。
北朝鮮人民軍の北朝鮮脱出女性暴行場面まで公開され、徹底的な統制のもと、どうやってこのような映像資料が外に漏出されたのだろうか。1990年代末まで北朝鮮内部の姿が公開されたのは農民市場を密かに写した写真がせいぜいだった。しかし2000年を前後して事情が変わった。
北朝鮮人権実態を告発する写真資料と動画が相次いで流出した。今年に入ってからは1月に清津(チョンジン)市内「花つばめ」(家のない子供たち)の動画像に引き続き「金正日(キム・ジョンイル)打倒」声明書を朗読する咸北会寧(ハンブック・フェニョン)市の反体制活動画面が外部に知れ渡った。3月には咸北会寧で行われた公開処刑の動画も公開されている。
北朝鮮の人権に対する関心が高くなる中、映像資料に対する「需要」が高まり、日増しに小型化されるデジカメやビデオカメラなど撮影手段がさらに効率的になり、このようなテープの漏出が増えたと政府は分析している。
当局者は27日「劣悪な人権状況を外部に知らせようとする意味とともに危険負担が大きいほど最高5万ドル水準の大金を手にできるという風潮がかみあって動画の流出が続いている」と述べている。このため「北朝鮮人権告発に寄与する」という評価と「金儲けの手段に転落し、純粋性が疑われる」という批判が飛び交っている。
労動党や軍部の高位幹部が介入しているという説もある。今回公開された場面は一般人の接近が難しい軍部隊内で行われている点が衝撃的だ。テープは中国などのブローカーを経て大部分、日本の民営放送に流れる。大金をくれるといううわさによるものだ
◇操作・演出疑惑=北朝鮮人民軍の北朝鮮脱出女性暴行場面がインターネットに公開され、ネチズンの間では「動画は演出されたもの、あるいは操作されたものではないのか」という疑惑が起こっている。あるネチズンは「夏の猛暑に長髪と北朝鮮人民軍はどこかぎこちない。意図的に演出されたようだ」と主張している。一方、北朝鮮専門家は「対話内容が具体的である上、金日成(キム・イルソン)の肖像画がかけられた警戒所内部の様子などが北脱出者たちの証言と一致する」と操作説を否定した。
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