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横田滋さん:拉致問題解決へ被害者団体と協力確認 ソウル

 【ソウル工藤哲】横田滋さん(73)ら拉致被害者家族会のメンバーらは16日午前、ソウル市内にある韓国の拉致被害者家族2団体の事務所を訪れた。拉致問題解決に向けて協力して取り組むことを確認するとともに、それぞれの代表者らを28日に東京都内で行われる国民大集会に招いた。

 一行はまず、「拉北者家族協議会」の事務室を訪れた。崔祐英(チェウヨン)会長(36)が出迎え、会が結束の象徴にしている「黄色いリボン」を横田さんの胸に付けた。99年からの家族会同士の交流を振り返り、祐英さんが「日本の家族が励ましてくれ、大きな力をもらった」とあいさつ。横田さんは「多くの人が協力してくれて心強く思います」と応じた。

 次いで、朝鮮戦争当時の拉致被害者家族協議会(李美一(イミイル)理事長)の事務所を訪れ、あいさつした。

 韓国の拉致被害者は、朝鮮戦争当時に不明となった拉致被害者家族協議会のほか、休戦後の被害者家族の団体としては、「拉北者家族協議会」と「拉北者家族会」がある。一行は午後、拉北者家族会の事務所を訪れ、横田めぐみさんの夫の可能性が高まった金英男(キムヨンナム)氏の家族と面会する予定。

毎日新聞 2006年5月16日 11時30分 (最終更新時間 5月16日 12時23分)
横田滋さん:拉致問題解決へ被害者団体と協力確認 ソウル-話題:MSN毎日インタラクティブ

横田滋さん、「韓国の娘」に会う

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 崔祐英(チェ・ウヨン)拉致被害者家族協議会会長(36)は青いワンピースに青いリボン、青いイヤリングに紫色の靴を履いていた。15日、崔さんは大きなバラの花束を抱え、金浦空港の入国ゲートが開くたびに近くに駆け寄った。崔さんは「3月に日本でお会いしましたが、予定が詰まっていて、いつも時間に追われていました。早く会いたいのに、なぜこんなに時間がかかるのでしょう」と落ち着かない様子だった。

 崔さんが首を長くして待っている相手は、日本人拉致被害者である横田めぐみさんの父、横田滋さんだ。トンジン号の漁労長だった崔さんの父は、1987年に拉致された。北朝鮮の工作員によって娘を拉致された日本人の父親と、父を拉致された韓国人の娘には、約30分の入国手続きが長く感じられた。

 前の晩一睡もできなかったという崔さんは「“お父さん”や日本人の拉致被害者家族を歓迎するために、青い服を着ました。日本人拉致被害者を救うため、日本全国で繰り広げられている『青いリボン運動』に合わせたものなんです」と話した。

 午後3時、ついに滋さんの一行が現れると、崔さんは駆け寄って滋さんの手をしっかりと握った。韓日の被害者家族との短いインタビューの間も、二人は手を離さなかった。

 崔さんと滋さんの縁は1999年、崔さんが拉致問題を訴えるため、日本を訪問したときに始まった。

 「祐英に初めて会ったとき、娘のめぐみに会ったような気がしました。外見が似ているだけでなく、めぐみも北朝鮮で暮らしながら韓国語を覚えたはずですが、祐英も日本語が上手で、ちょうど私の娘と同じだと思ったのです。それから祐英を娘と呼び、祐英も私をお父さんと呼ぶようになりました。こうして健康に暮らしているのを見るたびに、とても嬉しく、めぐみもきっと元気にしているだろうと思うんです」

 この日、滋さんは崔さんに赤色のゴルフウェアをプレゼントした。「祐英は顔が白いから、日に焼けるのではないこと思って首まである上着を選びました。」

 崔さんも滋さんにオレンジ色のネクタイを送った。「お父さんは『青いリボン運動』のためにいつも青いネクタイしかつけないんです。それで今回は少し華やかな色のネクタイはどうかと思って、オレンジ色を選びました。」滋さんは、明日、めぐみの夫の実家を訪ねるときに、このネクタイをしていかないと。持ってきた服にも良く合うし、青いリボンにも良く合いそうだ」と満面の笑顔を浮かべた。.

 滋さんは16日の午後2時にソウル松坡区の漁業組合中央会の講堂で、めぐみさんの夫、金英南(キム・ヨンナム)さんの母の崔桂月(チェ・ゲウォル)さんと会う予定だ。滋さんの娘である横田めぐみさんは 1978年、高校2年生の時に北朝鮮に拉致され、金英南さん(当時17歳)と結婚していたことが最近明らかになった。

 滋さんは「英南さんのお母さんに会うのは本当に楽しみです。めぐみも英南さんも同じ高校生の時に拉致されたので、あちらの家族が経験した悲しみや辛さはよくわかります。めぐみが幼い頃の写真を持ってきたので、お互いに子どもが幼かった頃の話をし、拉致問題の解決のために一緒に努力しようと話すつもりです」と話した。

朝鮮日報
朝鮮日報 Chosunilbo (Japanese Edition)

民団総連和解:「統一へいい流れ」在日コリアン歓迎

在日韓国・朝鮮の両団体中央本部のトップ会談実現が明らかになった16日、全国のコリアンタウンなどは「歴史的な和解」と、歓迎する声に包まれた。一方で草の根レベルでは既に「ワンコリア」を目指した取り組みが進んでおり、冷静に受け止める人も目立った。

 関東有数の在日コリアン多住地域の川崎市。拉致問題発覚後に朝鮮学校前で生徒の見守り活動をするなど、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)側と交流を進めてきた在日本大韓民国民団(民団)川崎支部常任顧問の李仁夏(イインハ)さん(80)は「かつては支部レベルでも、両団体の幹部の家に汚物を投げ込むような激しい対立があった。和解は朝鮮半島、北東アジアの平和にもつながる。日本人も共に喜び、見守ってほしい」と呼びかけた。

 在日コリアンの権利確立を求めて草の根の運動を続ける同市川崎区の金秀一(キムスイル)さん(44)は「これまで指紋押なつ問題や福祉施策などの行政交渉の際、民団と総連から『連名は困る』と協力を断られることがあった。和解は市民にとってもメリットが大きい」と話した。

 約15万人の韓国・朝鮮籍者が暮らす大阪。85年から大阪市内などで「ワンコリアフェスティバル」を開いている鄭甲寿(チョンガプス)さん(51)は「民団の変化が大きいが、両団体は地方レベルでは仲良くやっている。やっと南北交流の流れが在日組織の中央に及んだ」と評価。大阪市生野区の韓国料理店員で在日3世の文公美(ムンコンミ)さん(26)は「私たちの世代は、対立を意識せず友達付き合いをしてきた。でも、親の世代では画期的なニュースなんでしょうね」と話した。

 多くの在日コリアンが住む東京都新宿区大久保で、焼き肉店を経営する在日韓国人2世の高英気さん(68)は「長年の夢である『祖国統一』に向けて、いい流れが出来たのではないか」と笑顔を見せる。一方、韓国から来日して10年目の飲食店経営、朴正湖(パクジョンホ)さん(32)は「悪いことではないが、今さら和解をして何の得があるのか。祖国では、経済格差など環境が大きく違うので、統一は難しいと思う」と疑問を投げかけた。

 東京都北区の東京朝鮮中高級学校(具大石(クデソク)校長)は、約900人の在校生のうち朝鮮籍と韓国籍がほぼ半分だ。ある教員は「個人的には喜ばしい」と語りつつも、「国籍は違っても一緒に勉強してきたし、教育現場に大きな影響はない。改めて生徒に説明したり、教育体制を改編することもない」と冷静に話す。

 朝鮮総連北海道本部(札幌市中央区)の朴鐘民(パクチョンミン)委員長(53)は「(総連、民団とも)私が小さいころはみな貧しく、おかずを分け合ったりして助け合った仲間だった。和解協議まで私の人生とほぼ同じだけ期間を要したと思うと長かった」と感慨深げ。

 在日韓国人2世で約30年前に日本に国籍変更した福岡市東区の高原声鶴(せいかく)さん(70)は「差別や偏見をなくすために、民団と総連が協力し合ってほしい」と期待を込めた。自らが受けた就職差別などの経験から、「子供に同じ目に遭わせたくない」との思いを強め、日本国籍を取得した高原さん。住んでいる築約30年の在日コリアン向け市営団地には約90世帯が入るが、若者の就職先は運転手や廃棄物処理などに限られている。

 APU立命館アジア太平洋大(大分県別府市)の常勤講師として、留学生らに日本語との通訳技術を教える韓国出身の許南薫(ホナムフン)さん(42)。15年前、「総連は敵だ。近づくな」と周囲に言われて来日したが、同校に多い朝鮮学校出身の学生らと接することで、自然と疑心暗鬼の念も消えていったという。「好奇心でもいい。相手に近づかないと何も始まらない」と許さん。「民団と総連の和解は、両国に伝わってこそ意味がある」と言った。

毎日新聞 2006年5月16日 23時57分 (最終更新時間 5月17日 0時01分)
民団総連和解:「統一へいい流れ」在日コリアン歓迎-話題:MSN毎日インタラクティブ