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産経新聞の科協に関する記事について(補足)

 産経新聞が掲載した信憑性の薄い「科協1200人名簿」記事についての2回にわたるメモが一部に好評だったので、最後に少々補足を。

 科協は1200人もの会員を擁していない。おそらく1000人を割ると思われる。「幹部級が300人」というのもどうか。何を以て幹部級と呼ぶのか。中央から末端の各細胞組織までをも含めた、全国レベルでの科学者親睦団体の幹事的な人数ならそれぐらいは数えられるかもしれない(それにしても多すぎるんでないかい?)。だが「秘密工作機関」の幹部の数というのなら、馬鹿馬鹿しくてまともに取り合う気もしなくなる。「メンバー1200人、うち幹部 300人」の秘密工作組織など、あろうはずもない。阿呆か、と言いたくなるところだ。

 どんな専門家集団でもそうだろうが、本当に突出して優秀な人材は一握り。少数の天才的人物がおり、あとは言い方は悪いがどんぐりの背比べ……ということはよくある。科協もその例に漏れない。

内燃機関専門家・S氏を真の天才と評する日本人科学者もいる。実際、彼は内燃機関の世界では「雲の上の人」だったという。だから筆者は大いなる敬意を払い、彼を「北のフォン・ブラウン」と呼ぶ。決して「チョン・ブラウン」などと揶揄してはいけないのである。

 この方式で呼べば、趙康造博士には「北のカーン博士」の称号がふさわしいであろう。そして忘れてはならないのは「北のオッペンハイマー博士」の存在だ。伏見康治博士の愛弟子にして科協会長を15期まで勤めたウランの権威・李時求院士(共和国院士)をこそ、こう呼びたいと思う。

 3 名とも「北の○○○」と呼ばれるに値する……歴史的学者に比肩する優れた人々である。彼らが在日として生まれていなかったら、政治と民族に人生を翻弄されることがなかったならば、学者としてまったく違ったステージが用意されていただろうと思うと、筆者は切なささえ感じる。

 こうした天才たちが、持てる才能と情熱を注ぎ込み、生涯をかけて「祖国に貢献」してきたのだ。彼らからすれば、科協全体が工作組織呼ばわりされることをどう感じるだろうか。僭越ながら想像することを許していただけるのなら、もしかしたら、彼らはこんなふうに言いたい気持ちが、どこかにあるのではないかと思う。「馬鹿言うな。あの烏合の衆に何ができる。本当に貢献したのは誰あろう、このわたしだ」と。

 科協の実態解明は重要だ。だが組織の実態がすなわち「祖国へのずば抜けた貢献」なのかどうかは疑わしい。筆者は先に挙げたような優れた在日科学者にこそ注目し、今後も彼らの「祖国への貢献」を徹底追跡し、核保有国となった北朝鮮の背景にあるものを追及する。それが筆者の、彼らに対する敬意の表明だからだ。
最終更新日 ( 2006/11/25 Saturday 21:13:23 JST )
North Korea Today - 産経新聞の科協に関する記事について(補足)

産経新聞の科協に関する記事について(その2)

 科協の名簿に拘泥しすぎると、重要な役割を果たしていると思われる人物を見過ごす……とは先日記したとおりだが、その例を一つだけあげてみよう。
(当ウェブサイト、NKTの至るところに伏せ字を「破解」する手がかりがあります。あと変な表現を見つけましたら、それは気のせいとあきらめるか、参考にしてください)

 この世界(笑)の超有名企業にDという会社がある。何も伏せ字で書く必要もないのだが、そこは念のため。代表取締役を同胞就職情報センター所長がつとめ、役員の1人にハングル翻訳ソフト等を販売する在日IT企業社長が列している会社、といえばわかる方にはすぐにわかるだろう。ちなみにこのIT社長、博士号を持つ科学者であっても、科協ではないはずだ。科協が萎縮しきっている最中に、果敢にも北の民族科学技術討論会に出席されたのだから。

 このD社、役員がころころ変わる。ついこの前までは長寿研究所に直結していたのではないかと思われる「驚異の知識人」氏がおり、D社の前身企業DK社の社長は「北のフォン・ブラウン」氏だった。

「北のフォン・ブラウン」氏には、年齢が一回りほど離れた、いわば「弟分」のような科学者がいる。「スモール・フォン・ブラウン」(SB)氏、とでもしておこう。

 SB氏は先のミサイル連続発射の当日、7/5に万景峰92号で帰国。もちろん最初のテポドン当時も兄貴分と一緒に北へ頻繁に往復。兄貴分と一緒に北朝鮮のK合弁会社の社長・副社長の関係でもあるという。

 で、D社なのだが、前身企業DK社→D社に変わったことで「内燃機関専門家色」は払拭された。D社の役員構成はそれこそ、誰でもいいというか、とりあえず表に出ても問題がなく、手の空いていそうな人を詰め込んだような様相を呈している……ただ1人を除いて。

 SB 氏が「科協1200人名簿」に載っているのかどうか、筆者には定かでない(兄貴分は科協中央の顧問)。ひょっとすると、科協東京の都下の支部の……たとえば忘年会や新年会などの連絡網の片隅に、ひょっこり名前が載っているのかもしれない。だが、それがどうしたというのだろう?そんな事実に、何かの意味があるだろうか。

 意味があるのは、SB氏の存在自体。そのことを念頭に置いた上で、D社役員にかわらず座している人物を「張りつめた気持ちをほぐして、泳ぐような心で」見つめてほしい。おそらくこの人物は科協の名簿には載っていないはずだ。だが、別のところ……これは推測だが、とっても意外なところに結構、こういう人物の名前が載っていたりする。

 さて。DK社のブラウン博士とSB氏、そしてもうひとり同姓の人物S3氏が役員を務める会社S社が、千代田区神田にある。頭文字はみんなSなのでややこしいのだが、ブラウン博士の名字もSなので、Sの3点セットご一行様がS社に集結している、というわけだ。S社が神田にやってきたのは昨年。その前は、例の白山の建物の中にあった。

 S社の代表取締役を云々することには意味がない。目立つところには無難な人物を据えるからだ。役員は先に述べたとおりブラウン博士とSB氏、そして謎の人物S3氏なのだが、このS3氏なども、たぶん科協1200人名簿には出てこないかもしれない。

「北のミサイルは日本製」とはよく言われることだ。だがいくら優秀な技術者がいても、それだけでミサイルができるわけではない。物資の調達をはじめマネージメント的役割をこなしうる人物が中枢となってはじめてプロジェクトが動くのは、どこの世界も同じ。科学より商売……というわけではないが、科学者と一緒にいる商売のプロ、こういうのはたいへん重要な人物といえる。また、この種の人物は科協の名簿には出てこないはずなのだ。だって、科学者じゃないんだから。

 ひとつ忘れないでほしいのは、北の「指示」が、科協を通じて個々の在日科学者に届けられる……なんてことは、まず絶対と言っていいぐらいない、ということだ。こと工作に及んでは、北とおのおのの在日科学者とは、直で繋がる。中間に総聯だとか、科協だとかの組織などを挟まないし、挟むわけもない。

 産経の記事では、科協の話として「(本国と)数年前までいろいろな分野で共同研究していた。(警察の疑いは)事実無根で、技術転用を言い出すときりがない。一般論として科学技術がないと国は発展しない」とある。彼らの言い分はまったくその通りで、科協は祖国の発展のためにこれまで多大な尽力をしてきた。公然に、である。

 だからといって、北の指示、工作指令が科協におりてくる、なんてことはない。そういうsensitiveな内容を、 1200人もの組織にどうしておろすだろう。北は、科協を構成している科学者のうちの一部に、スポーツや芸術団体の構成員の一部に、あるいは商工人に、または「あえてどこにも属さない人々」に、直接的に指示を出す。

「愛国愛族主義」とは「在日に横のつながりは必要ない」ことをも意味する。「祖国だけを見つめ、祖国とダイレクトに繋がり給え」というわけだ。縦割り社会であることをわすれて、組織論で在日工作世界を捉えるのでは、本質は見えまい。

なお余談だが、「正論」誌2007年新年号は、編集部に申し訳ないのだがお断りさせていただいた。お題が筆者の最も不得手な領域のひとつ、つまり拉致問題だったからだ。めぐみさんは生きているのか?筆者は、彼女が健康で海外を往来していると信じている。信じるに足る状況証拠のいくばくかも得ている。だが、それは書けない。

当ウェブサイトではトップページ最上部に、夏より延々と朝鮮語で書いた「告知」を掲示している。この内容はいまでも十分に有効。筆者がいま言えるのは、それだけだ。


最終更新日 ( 2006/11/20 Monday 23:42:46 JST )
North Korea Today - 産経新聞の科協に関する記事について(その2)

産経新聞の科協に関する記事について

産経新聞の科協に関する記事について

 18日の産経新聞朝刊一面に「北工作機関の直轄」として科協の記事が大々的に掲載されている。
 特に目新しい情報が記されているわけでもなく「何を今更」といった内容なのだが、少々気になる記述もある。「全国12支部の会員1200人弱の名簿も押収され、うち約300人が幹部級だった」という部分だ。

 筆者はこの名簿を目にしていないのだが、おそらく全体のうち多くの割合を朝大卒が占めていると思われる。「在日本朝鮮人科学技術協会」には朝大理工系卒業者の親睦会的な意味もあり、科協のいわゆる「工作機関的役割」を担う人々が必ずしもこの名簿に網羅されているとは限らない。そういう意味では、科協とは名簿があってないような組織だ。

 科協は、もともと「在日本朝鮮人科学者協会」(59.6.28結成)だった。それが85年7月14日、「在日本朝鮮人科学技術協会」へと改組される。それまでなかった「技術」の文字が、新たに加えられたのである。ここに関係しているのが北朝鮮の「合弁法」だ。

「科学者協会」時代の旧科協は、基本的には日本の大学を卒業した在日科学者の団体。日共系の日本科学者会議に張り合うべく、優秀な科学者による学術組織を指向していたのであった。もともと「科学者協会」とは、たいへんアカデミックな組織だったのである。

アクティブイメージ いっぽう在日の最高学府、朝鮮大学校は「中央朝鮮師範学校」→「朝鮮師範専門学校」を経て、56年4月10日に偽装会社「共立産業」から用地を買い取る形で創立(同社社長は架空の人物)。当初は2年制であったこの「大学」には、すでに理数学科があった。58年に4年制学部に改編。68年に朝大は美濃部東京都知事により各種学校に認可された。

 だがいくら創立当初から理数系重視教育を行っていたとはいえ、所詮は各種学校。すぐれて authenticかつ学術指向的な「科学者協会」は、朝大卒の入会を受け付けなかったのだ。そのため朝大卒の優秀な在日科学者が、「科学者協会」に入る……つまり祖国が認める在日科学者となるには、朝大卒業後に日本の大学に入り直さねばならなかった。たとえばウラン濃縮の専門家である“北のカーン博士”趙康造博士の略歴は、そのような経緯を暗に示していると言っても過言ではない。

 だが朝大で理工系の学問を修めた人々がとる道の多くは、科学者ではなく技術者。もういちど日本の大学に入り直すより、町工場に勤めたり、あるいは自ら経営して持てる技術を磨いてゆく、という方策を選んだ者が多かったのは、むしろ当然であろう。こうした人々が実際的な技術経験を積み「いっぱしの技術者」となるのは、ちょうど80年代を迎える頃だった。

 おりしも北朝鮮では84年9月8日に合弁法が施行。合弁法の目的が資本主義国家、特に日本からの技術導入であることは言うまでもない。祖国が在日科学者に望んだのは、アカデミックな学術機関ではなくなった。合弁企業を通じて日本からの科学技術の導入を期待した北朝鮮の意に沿うために、「科学者協会」は一大変貌を遂げねばならなくなった。「いっぱしに育った」技術者たちを大挙して参入させる必要が生じたのだ。それが、「在日本朝鮮人科学者協会」から「在日本朝鮮人科学技術協会」への改組の意味である。

 したがっていまの科協には、朝大卒が日本の大学を経由せずに、そのまま入会できる。科協が現在、朝大理工系卒業者の親睦会的な意味合いを持つようになるのは当然の流れといえる。科協会員1200名がみな対外連絡部直轄の工作組織構成員、というわけではない。産経新聞の記事に文句をいうわけではないが、あの記事はどうも、そう誘導しているような節がある。と同時に、科協の「名簿」なるものの意味を知れば、名簿にあまりに拘泥しすぎることが、むしろ重要人物ないし組織の所在を見失うことになりかねないので注意が必要と思われる。

 たとえば生物兵器。北の生物兵器開発に最も貢献している組織は、科協ではない。正確に言えば、科協よりはるかに貢献度が高い、と強く推察できる組織ないし人士がある。だがこれはいままで、少なくとも北朝鮮WMD関係のいかなる報道にも登場していない、一般の人からすれば「意外な組織」だ。

 余談ながら若手の優秀な在日科学者は、ときおり「セセデ」や「イオ」の誌面を飾る。注意して読むと、えっ、と驚くような研究をしている学者が、実にさりげなく紹介されていたりする。この2雑誌は、少なくとも過去5年にさかのぼって入念にチェックする必要があると思う。ただ問題はときどき、誌面の各所に焼き肉のうまそうな写真が載っていたりすることだ。どうにも腹が減って仕方がない。


最終更新日 ( 2006/11/25 Saturday 19:27:32 JST )
North Korea Today - 産経新聞の科協に関する記事について