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北朝鮮女工作員リーダー 渡辺さん殺害、独断指示

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 昭和48年に失跡した渡辺秀子さん=当時(32)=の殺害と北朝鮮への子供2人の拉致の詳細が10日、判明した。警察当局の調べでは、殺害と拉致を指揮したリーダーの女工作員(59)は、夫の後を追い、北への渡航を希望した渡辺さんを監禁。半年たっても、渡航が実現しないことにいらだった渡辺さんに激高し、本国の指示に背いて独断で殺害を配下の工作員に命じた。また、福井県の海岸から工作船で幼い子供たちを北に移送した別の女も特定した。警察当局は現在も国内にいるこの女の事情聴取を進め、拉致事件の全容解明を進める。

誘い

 「親子で夫のいる北朝鮮に送ってあげる」

 昭和48年6月ごろに所在不明になった「高大基」を名乗る北の工作員だった夫(79)の行方を捜していた渡辺さんにリーダーの女はこう近づき、親子を監禁した。

 渡辺さんは、長女の高敬美(こう・きよみ)ちゃん=当時(6)、長男の剛(つよし)ちゃん=同(3)=の手を引き、9月ごろから、夫の所属先で実態は工作拠点の貿易会社「ユニバース・トレイディング」(解散)周辺で、夫の行方を尋ね回っていた。

 工作活動の発覚を恐れた女は、親子を監禁する一方で、配下の工作員を出国させ、本国の判断を仰いだ。「3人とも連れてこい」。北の指示だった。調べでは本国の判断を仰いだのは11月。監禁はその直前に始まったとされる。

独断

 渡辺さんと子供2人は別々に監禁され、子供はユニ社の工作員のアジトがあった目黒区周辺の4、5カ所の工作員の拠点を転々とさせられた。

 「今、大阪にいる」。渡辺さんは12月、北海道の実家に電話をかけ、正月には埼玉の自宅に戻ると伝えた。警察当局は、電話は無事を知らせる「偽装工作」で女らがかけさせたとみている。

 翌49年3月には知人に電話し、「福井にいる」と話した。ユニ社関係者は、この時期に女の命令で、3人を北に連れ出そうとしたが「天候不良で工作船と接触できなかった」と証言している。

 監禁生活は半年前後に及んだ。「一体いつになったら、夫の元に連れて行ってくれるのか」。渡辺さんは女らに不満をぶつけると、騒ぎ出した。

 気性の荒い女はカッとなり、本国の指示に背き、殺害を配下の工作員の男に指示した。数日後に渡辺さんは絞殺されたとみられる。殺害場所は目黒区のマンションとみられていたが、その後の調べで、別の場所であることが、関係者の証言で新たに分かったという。

接点

 残された子供2人は、ユニ社所属の5人程度の女工作員が2、3週間ずつ交代で世話をした。1人は、よど号ハイジャック犯(53)が偽造旅券で名義を使った男の兄の妻だった。

 この妻は、都内の拠点から工作船と待ち合わせる福井県まで、渡辺さん殺害にも関与した男が運転する車に子供2人を乗せて移動した。

 「カチッ、カチッ」。石をぶつける合図で、工作船で来た「戦闘員」と呼ばれる運搬役の工作員と海岸で接触。子供を船に乗せ、妻も一緒に北に行った。海岸は、地村保志さん夫妻も拉致された同県小浜市で、リーダーの女が工作船で出国する際、よく使っていた場所だった。

 「眠り薬を飲ませたのに子供が起き、びっくりした」「子供が船酔いで大変だった」…。妻は帰国後、別の工作員にそう漏らした。妻は現在も日本で生存している。

 リーダーの女に加え、工作員の男2人が殺害と拉致の中心メンバーとみられ、拉致にはこの妻が関与し、殺害にはもう1人の男が加担したとされる。

北朝鮮女工作員リーダー 渡辺さん殺害、独断指示|拉致|社会|Sankei WEB

2児拉致:被害者と断定 12日に捜査本部を設置

 1973年に行方不明になった北海道出身の主婦、渡辺秀子さん(当時32歳)の子供2人について、警察庁は北朝鮮による拉致被害者と断定した。これを受け、警視庁と兵庫県警は12日、国外移送目的略取などの疑いで共同捜査本部を設置する。捜査本部は、拉致を主導した女(59)について容疑が固まり次第、国外移送目的略取容疑で逮捕状を取り、国際手配する方針。

 警察当局によると、拉致されたのは、渡辺さんの長女、高敬美(こうきよみ)ちゃん(当時6歳)と長男の高剛(つよし)ちゃん(同3歳)で、73年12月ごろ、渡辺さんとともに失跡。母子3人は東京都目黒区のマンションに監禁され、74年初夏に福井県から工作船で北朝鮮に拉致されたとみられる。渡辺さんは「工作員らによって殺害された」とする複数の証言があり、最後に知人に「福井県にいる」と電話のあった74年3月以降に殺害された可能性があることから捜査本部は殺人についても解明を進める。

 2人の監禁や拉致は東京都品川区の貿易会社「ユニバース・トレイディング」(78年解散)を拠点とする工作員グループの女2人男3人の5人によって実行されたとみられ、同社役員の女(59)がリーダー格として事件を指示していたとされる。

毎日新聞 2007年4月12日 3時00分

2児拉致:被害者と断定 12日に捜査本部を設置-事件:MSN毎日インタラクティブ

2児拉致「74年6月」特定、指示の女の逮捕状を請求へ

 1973年に消息を絶った渡辺秀子さん(当時32歳)の2児が北朝鮮に拉致されたとされる事件で、渡辺さんの夫が勤務していた東京都内の貿易会社の役員の女(59)が74年5月中旬ごろ、配下の工作員に「(2児を)北朝鮮に連れ出すことになった」と話していたことがわかった。
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 当時の関係者が警察当局に供述しているという。警視庁公安部は、複数の関係者の供述などから2児の拉致の時期を同年6月中旬ごろと特定できたとして、12日、兵庫県警と共同捜査本部を設置し、国外移送目的拐取容疑で近く、この女の逮捕状を請求する方針。

 警察当局が得た供述などによると、この女は、品川区西五反田の貿易会社「ユニバーストレイディング」(78年ごろ活動停止)を拠点にした工作員組織のリーダー格。73年冬に渡辺さん母子を目黒区内のマンションに監禁した後、74年4~5月ごろ他人名義の旅券で成田空港から出国した。

 5月中旬に日本に戻り、監禁していた渡辺さんの長女敬美(きよみ)ちゃん(当時6歳)と長男剛(つよし)ちゃん(同3歳)について、「北朝鮮に連れ出す。具体的な日時などは、本国から後で連絡がある」などと配下の工作員に伝えた。その後、女は配下の数人とともに、本国からの指示をラジオの暗号放送で受けていたという。

 一方、翌6月中旬ごろ、監禁先から福井県小浜市の海岸まで2児を車で連れ出したのは、配下の工作員の男(54)と判明。また、それまで2児の世話役をしていた別の女(55)が、2人の子どもと一緒に工作船で北朝鮮に渡っていた疑いが強いこともわかった。

 複数の関係者が、当時、2児を車で連れ出した男が「子どもが途中で目を覚ましたら困るから、睡眠薬を用意しておかないと」と話すのを聞いている。また世話役の女も「北朝鮮に渡ってから、子どもの親と勘違いされた」などと話していたという。

 世話役の女は日本国内に居住していることが確認されており、警察当局では詳しく事情を聞く方針。またリーダー格の女は、79年5月に日本を出国後も、日本国内の知人と連絡するなど今も北朝鮮で生活している可能性が高いため、国外での滞在時期は除外される公訴時効(7年)は成立しないとみている。
(2007年4月12日3時0分 読売新聞)

2児拉致「74年6月」特定、指示の女の逮捕状を請求へ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)