2児拉致「74年6月」特定、指示の女の逮捕状を請求へ | trycomp2のブログ

2児拉致「74年6月」特定、指示の女の逮捕状を請求へ

 1973年に消息を絶った渡辺秀子さん(当時32歳)の2児が北朝鮮に拉致されたとされる事件で、渡辺さんの夫が勤務していた東京都内の貿易会社の役員の女(59)が74年5月中旬ごろ、配下の工作員に「(2児を)北朝鮮に連れ出すことになった」と話していたことがわかった。
Click here to find out more!

 当時の関係者が警察当局に供述しているという。警視庁公安部は、複数の関係者の供述などから2児の拉致の時期を同年6月中旬ごろと特定できたとして、12日、兵庫県警と共同捜査本部を設置し、国外移送目的拐取容疑で近く、この女の逮捕状を請求する方針。

 警察当局が得た供述などによると、この女は、品川区西五反田の貿易会社「ユニバーストレイディング」(78年ごろ活動停止)を拠点にした工作員組織のリーダー格。73年冬に渡辺さん母子を目黒区内のマンションに監禁した後、74年4~5月ごろ他人名義の旅券で成田空港から出国した。

 5月中旬に日本に戻り、監禁していた渡辺さんの長女敬美(きよみ)ちゃん(当時6歳)と長男剛(つよし)ちゃん(同3歳)について、「北朝鮮に連れ出す。具体的な日時などは、本国から後で連絡がある」などと配下の工作員に伝えた。その後、女は配下の数人とともに、本国からの指示をラジオの暗号放送で受けていたという。

 一方、翌6月中旬ごろ、監禁先から福井県小浜市の海岸まで2児を車で連れ出したのは、配下の工作員の男(54)と判明。また、それまで2児の世話役をしていた別の女(55)が、2人の子どもと一緒に工作船で北朝鮮に渡っていた疑いが強いこともわかった。

 複数の関係者が、当時、2児を車で連れ出した男が「子どもが途中で目を覚ましたら困るから、睡眠薬を用意しておかないと」と話すのを聞いている。また世話役の女も「北朝鮮に渡ってから、子どもの親と勘違いされた」などと話していたという。

 世話役の女は日本国内に居住していることが確認されており、警察当局では詳しく事情を聞く方針。またリーダー格の女は、79年5月に日本を出国後も、日本国内の知人と連絡するなど今も北朝鮮で生活している可能性が高いため、国外での滞在時期は除外される公訴時効(7年)は成立しないとみている。
(2007年4月12日3時0分 読売新聞)

2児拉致「74年6月」特定、指示の女の逮捕状を請求へ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)