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曽我ひとみさん「子に弟の名をつけていた」

 北朝鮮に拉致されたとみられるルーマニア人女性、ドイナ・ブンベアさんの弟、ガブリエル・ブンベアさん(39)が21日、新潟・佐渡市を訪れ、かつてドイナさんが北朝鮮で親しくしていた曽我ひとみさんらと面会した。

 ガブリエルさんの姉、ドイナさんは、78年に北朝鮮に拉致されたとみられている。面会では、ドイナさんがよくガブリエルさんの思い出を話していたことや、自分の子供を「ガブリエル」と名付けたことなどが伝えられた。

 曽我さんは、ドイナさんが病気で亡くなるまで面倒を見ていたという。

日テレNEWS24

ルーマニア人拉致被害者弟と曽我さんら面会

 来日中のルーマニア人拉致被害者、ドイナ・ブンベアさんの弟、ガブリエル・ブンベアさん(39)が21日、曽我ひとみさん・ジェンキンスさん夫妻の住む新潟・佐渡市を訪れた。

 佐渡市で21日午後4時ごろ、曽我さん・ジェンキンスさん夫妻と面会したガブリエルさんは「お会いできて、言葉にできないほどうれしいです」と話した。

 ガブリエルさんの姉・ドイナさんは、78年、滞在先のイタリア・ローマから北朝鮮へ拉致されたとみられている。

 ドイナさんが生まれ育ったルーマニア・クライオーバ。家族は、突然消息を絶ったドイナさんをこの町で待ち続けた。母・ペトラさん(76)は「ドイナのことを1日1秒も忘れることはなかった」と涙ながらに語った。

 ドイナさんがいなくなって約30年たった05年、転機が訪れた。ジェンキンスさんが自伝「告白」の中で、ドイナさんが北朝鮮にいたことを明らかにしたのだ。ジェンキンスさんによると「(ドイナさんは)日本に行くとだまされて北朝鮮に来て、だまされたまま亡くなった」という。

 30年ぶりに聞く消息とともに家族に知らされたのは、ドイナさんの死だった。ペトラさんは「私は、ドイナがどうしているかを知るために生きてきた。彼女が火葬されて灰になったなんて、古い傷口が開かれたようです」と話す。

 すでに死亡したとされるドイナさん。しかし、ガブリエルさんは、北朝鮮での姉の暮らしを少しでも知りたいと、体調の悪いペトラさんを残して来日した。ガブリエルさんは、来週初めまで日本に滞在し、麻生外務相らとも面会して情報を集めることにしている。

日テレNEWS24

子供2人「拉致被害認定を」

妹の鳥海さんが要請
朝鮮籍で困難現行法改正を 「焦らず待ちたい」

 【東京】1973年に失跡した帯広育ちで埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)の主婦渡辺秀子さん=失跡当時(32)=の子供2人が北朝鮮に拉致された事件をめぐり、渡辺さんの妹の鳥海冏子(けいこ)さん(帯広市在住)は20日午後、内閣府の拉致問題対策本部(本部長・安倍晋三首相)などに、2人を拉致被害者支援法に基づく拉致被害者に認定するよう求める要請書を提出した。同本部事務局は現行法での認定は難しいものの、認定された場合と同様の情報提供を行う考えを示した。(安田義教)

 渡辺さんの長女敬美ちゃん=同(6)=、長男剛ちゃん=同(3)=の失跡について、警察当局は北朝鮮による拉致事件と断定しているが、工作員の父親と同じ朝鮮籍のために拉致被害者支援法が定める「日本国民」の要件に外れ、拉致被害者の認定を受けられない。認定されれば、被害者らが帰国する際や後に、給付金支給などが受けられる。

 鳥海さんは要請書で、2人の子供が日本で生まれ育ち、自分の意思で朝鮮籍になったものではないことなどから、「国籍によって、差別的な対応がなされることは、あってはならない。一刻も早く現行法を改正してほしい」と訴えた。また、渡辺さんの失跡についても、拉致の可能性を含めて再捜査を求めた。

 対応した同本部事務局の河内隆総合調整室長は、現行法での認定が困難との考えを示しながらも、ほかの被害者家族同様に、拉致問題に関する外交上の動きなどの情報提供や相談に応じていくとした。

 鳥海さんは続いて、拉致被害者家族会代表の横田滋さんと早紀江さん夫妻と対面。超党派の国会議員でつくる拉致議連(平沼赳夫会長)の幹事、松本洋平衆院議員にも要請書を手渡した。

 衆議院第二議員会館で開いた記者会見で、鳥海さんは「情報提供や相談に乗ってもらえるとのことで、本当にありがたい。今の時点では認定が難しい状況は分かったので、焦らずに待ちたい」と話した。

 同行した特定失踪者問題調査会の真鍋貞樹専務理事は「2人以外にも国籍の問題を持つ人がいる。これからも要請したい」と語った。

家族会の横田夫妻と面会、胸中吐露
姉の夫が工作員、ずっと謝りたかった
 【東京】政府への要請活動の途中、内閣府で鳥海冏子さんは、拉致被害者家族会代表の横田滋さん・早紀江さん夫妻と初めて対面した。自身が抱える積年の思いを伝え、拉致問題の解決に向けて力を合わせることを約束した。

 今回の上京では拉致被害者認定の要請とともに、別の大きな目的が鳥海さんの胸中にあった。鳥海さんは「姉の夫が工作員ということで、すべての被害者、家族の方々に申し訳ない気持ちでいっぱいだった」とし、拉致問題が明るみに出て以降、負い目のようなものを感じ、拉致問題解決に向けた活動にも参加することを控えていた。また、機会があれば直接会って謝りたいとも考えていたという。

 横田夫妻との懇談はわずか十数分だったが、そうした気持ちを伝えると、早紀江さんから「みんなそれぞれ、いろいろな事情を持っている。気にしないで一緒に頑張っていきましょう」と声が掛けられたという。

 記者会見で鳥海さんは涙ぐみながら、「少し胸のつかえが取れた思いです。奥さん(早紀江さん)の言葉が身に染みた。できることなら皆さんと一緒に頑張りたい」と話した。

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