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下弦の月 2010 0904 0:30

2~3日前からあの月を撮ってやろうと、帰宅時、携帯やデジカメで何度かチャレンジしたがなかなかうまくいかない。

とうとう昨夜、三脚とズームレンズを持ち出してつかまえた。

色っぽくみえる月だから、吉田拓郎が♪妙に色っぽいねと歌った「上弦の月」だと思ったら、「下弦の月」だという。上弦は右半分が膨らんだ月のことらしい。

むか~し、昔、嫦娥(じょうが)という美女が天に向かう途中、月で一休みしたという。思わず休みたくなったのだったら、ちょうどこんな月だったのだろう。

嫦娥の夫は、羿(げい)という無類の弓の名手だった。

当時太陽は10個あり、天帝の10人の息子が毎日交代で昇り、地上を照らしていた。

ある時毎日の仕事に飽きてしまった息子たちは、面倒だからと一度に昇ることにした。

そうなると、地上は暑くてたまらない。人は死ぬし作物は稔らない。地上の王、堯(ぎょう)から天帝にどうにかして欲しいと願いが届けられた。

その時選ばれたのが、例の羿。妻、嫦娥と共に地上に降りることとなった。

彼にとって太陽を落とすことは朝飯前、矢をちょうど10本用意した。しかしこの男、情がうすいのが弱点、察知した堯は家来に命じ、秘かに矢を1本抜き取り、9本にして、めでたく太陽は一つになった。

地上は太陽が一つになって万々歳だが、たまらないのは天帝。脅かすだけだと思ったのが、息子を9人殺されてしまったから、怒り狂って二人の神籍を剥奪してしまった。

そうなるとこの二人、毎日喧嘩ばかり、なにしろ、人になってしまったのだから、やがては死んでしまう運命。

ある時、崑崙山(こんろんさん)に住む西王母(せいおうぼ)が不老不死の薬を持っていることを聞きつけた。やせても枯れても元は神の端くれ。険しい山道、火炎山ものともせずたどり着いた。だがあいにく最後の2粒しかないという。

一つ飲めば不老不死、二つ飲めば天に昇れる。薬をもって勇躍戻った羿(げい)、「なあ、天には戻れないが死なないんだから、この地上で仲良く暮らそうや」と嫦娥に言った。

以前、夫羿(げい)は小さな浮気をしたことがある。その恨みかどうかはわからないが、あろうことか妻の嫦娥、薬を二粒いっぺんで飲んでしまった。

ほどなく身が軽くなった嫦娥。ふわふわと天に。「待てよ、このまま天に行けば、夫を裏切った女と言われるかもしれない。そうだあの月で一休みしよう」ということになった。

ところがそれがうんのつき(ダジャレ失礼)やがて絶世の美女の体は横に広がり、あばたが顔一面に。今でも嫦娥(じょうが)は月の別名だという。

教訓 「薬はその場ですぐ飲む。浮気はしない。男を捨てる時はためらわない。」かな?                                

 陳 舜臣著「十八史略」参考

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大行沢GPS軌跡 途中からONのため前半の軌跡がありません。

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今日は、Tさん、H1さん H2さん、それに私の4人のメンバーで、全国版(Tさんの解説によると)仙台秋保二口山塊(ふたくちさんかい)の「大行沢」に挑みます。先ずは静かなスタートを切りました。

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今日のリーダーはTさん、テレマークでもお世話になっています。冬山スキーでは「骨拾ってやっから」と言いながら、いつもしんがりを務めてもらってます。例の「白い粉に狂った私」ステッカーは彼が見つけてきました。今日はいつになく慎重です。

初めは「ゴルジュ」と呼ばれる両岸が切り立っているところを、へつって(へばりついて横歩き)行きます。

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沈したのはここを幅広くした感じのところ


ところが、しんがりを行くボクが、へつりから滑って水没してしまいました。H1さんの話では、頭から沈んでいったそうです。

すっかり沈んだのでしょうか?浮かび上がる間、「オレって泳げるから大丈夫だよな」とか冷静になろうとしていました。でもあわててたんでしょう、水を少し飲みました。

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泳ぐ

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へつる

言い訳を言わしてもらえば、泳ぐ、へつる、高巻く(遠回り)しかないのですから、下は深くて短い淵「落ちても泳げばいいだろう」の油断があったのかもしれません。ところがあんまり豪快に落ちたもんですから、デジカメは使えなくなりました。それ以降携帯で撮影です。ブロガーはメげません。

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一難去ってまた一難。前途に滝がはだかります。今日は得意の「悲しい色やね」の替え歌、♪「落ちたらアカン落ちたら」も出てきません。

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隊長が我々にロープを出す為に行きます。ボクも待てばよかったのですが、ホールドと足場が鮮明に見えてきましたので、隊長に続きそのまま登りました。

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H1さんが、タイブロックと言うすぐれものの金具を着けて登ってきます。

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H2さん、タイブロックはロープを張らないと難しいと判断して、エイトノットで手際よく自分を確保し、登ってきます。

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ハチ刺され

好事魔多し、次の滝でハチに刺されてしまいました。なんとロープの支点の木付近はハチの巣だったのでした。
見る間に手が腫れ上がってきました。これはいけません。翌日テレビで見た、キイロスズメバチそっくりでした。黄色と黒のストライプ、多分間違いありません。登った先がスズメバチの巣では、シャレになりません。あわてて、隊長にコース変更を進言しました。

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全員そろったところで、支点の回収をどうするかということになったようです。ハチが飛び回っています。怒っているのでしょうか?攻撃的です。そのうち、カッパをかぶって回収しようということになったようです。痛みを知っている僕は、「やめろ、やめろと」冷ややかに見ていました。そのうちT隊長が背中を刺されたようで、泣く泣く支点とロープを2mほど切って、出発です。・・・・。沢屋ってケチですね。

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「なめ」という言葉は滑(なめ)からきたようです。一枚の岩の浅瀬をなめるように水が流れます。大行沢(おおなめさわ)の名称もここからきたのでしょう。

隊長が解説します。「この沢の後半は天国。だからその前の苦しみは天国の階段」うまいことをおっしゃいます。でも、「なめ」の前に大がついているからか、ゴールには中々着きません。隊長にそのことをぼやくと、「来たのはずいぶん前だから忘れちゃった」と言われました。

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最後の5mの滝

この人千葉出身だから、ナマってません。「忘れちゃった」・・・か、とか反復しながら行くと、やっと正真正銘最後の滝に出会いました。

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樋の沢(とよのさわ)避難小屋

今日の最終到達点、樋の沢(とよのさわ)避難小屋にたどりつきました。

「沢登りって人生そのものだね」H1さんがいみじくも言いました。同感ですね。

でもヒネたボクは、「七つの坂を越えたところに、まさかの坂のハチがいたなんてね」と言葉を継ぎ足しました。

さあ、病院に行って注射してもらわなくちゃ。

「大東岳、だからあなたは嫌われる」とか標語を考えながら、なが~いなが~い大東岳の下りを急ぎました。実に7時20分発、16時30分着。9時間10分の攻防でした。

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大崎平野(2010秋)

「稔るほど、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」、大崎平野に秋がやってきました。出世するとだんだん腹が出てきたり、反っくりかえってくる人間に比べると、稲は立派ですね~。

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イナゴ

イナゴ、稲の子からきた名称なのでしょうか?

今の季節になると思い出します。「イナゴ取り」。この地方の小中学校は、授業を、2日か3日中止して、イナゴ取りをしたんですよ。

何キロかのノルマがあって、それをクリアーしなくちゃならないから、イナゴなんか見たことの無い都会からの転校生なんか大変。

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飛ぶイナゴ

そうそう、「ハッタギ」とも呼んでましたね。今日田んぼで写真を撮ろうとしたら、飛ぶんですね~あせる

ボクは、朝早く、朝露が乾かないうちにじ~っとしていたのを捕まえてたイメージでした。

取ったイナゴは毎日計量。石を入れて重くして怒られたり、水に漬けたら重くなるとかワル知恵は働かしましたが、うまくはいかなかったですね。

取るのは、刈り取り後の自然乾燥の時期。この地方独特の田んぼにじかに立てた稲を全部倒してしまったなんて話もありました。

取ったイナゴは山形方面に売られるとか聞いてました。佃煮にして保存食(おやつ?)になるとか。ボクの記憶が正しければ、毎年20万円くらいになり、ある年はピアノ購入代金になったとか。日本は貧しかったんですよ~。

そうそう、小学校高学年になるとマセてきて、明日は「オナゴ取りだ~」とか言ってましたね。昔も今も、その頃から男は、どうしようもなく、なり始めるんでしょうねパー