「世話やける これで三度目直したと 手を合わせれば 父が微笑む」

画像


父が逝ってから10年になる。

やはり、宮城県は地震常襲地帯ということになるのだろう。

今度の東日本大震災で墓を直すのが3度目になった。

一度目、ものの見事に倒れ落ち、隣のお墓によりかかっていた。業者に、起こしてもらって倒れないように接着してもらった。

二度目、墓所にとどまって倒れていた。業者に、高さを低くして芯を入れ接着してもらった。

そして今度の震災。倒れはしなかったが移動して反対方向を向いていた。違う業者に、持ち帰ってもらって入院させた。ひと月後、倒れないような強化を施して帰ってきた。

「おまえたちの世話にはならないよ」が父の口癖だった。

「手間がかかるなあ」と、角が少し欠けてすり傷のついた墓を掃除していたら、苦笑いしている父の顔が浮かんできた。
画像





8月11日、宮城県塩竃市で「東日本大震災」犠牲者追悼の催しがありました。



塩竃は、石巻や気仙沼の惨状に隠れていましたが、この震災では20名の犠牲者があったそうです。



会場となった物産館「マリンゲート」は、離島や松島観光への乗船場わきにあり、あの大津波の時、Uチューブでも紹介された市街地に向かった大波の通り道でした。大波は塩竃神社の参道下まで到達したそうです。



画像



西馬音内(にしもない)盆踊り



犠牲者の鎮魂に塩竃の人たちが選んだのは、秋田県羽後町の国指定重要無形文化財「西馬音内盆踊」です。



画像



「かがり火に うなじと指が ゆらめいて」


画像





「盆踊り」は元々死者を弔うものですが、秋田音頭の原曲とも言われている「音頭」と「がんけ」と呼ばれる切ないメロディーにのせて踊られる初めて見た優雅な「西馬音内盆踊」はそれにふさわしいものでした。(「西馬音内盆踊」は8月16日から8月18日までの3日間秋田県羽後町で行われます。)






震災の犠牲者を弔うことは、一人ひとりがその持ち分を果たすこと。



・・・・・・どうぞ安らかにお眠りください。





画像



花と蝶

稲の花が真っ盛りです。


宮城県地方は春の低温で田植えが遅れましたが、例年通りの8月7日頃の開花ということです。

画像

 白く飛び出しているのが役目を終えたおしべで、おしべの根元の、後にもみになる部分が開く2時間ほどが開花だそうです。ですからこの写真は受粉したあとの花が閉じた状態ということになります。(円内は開花時)

政府は、米の放射線基準値を1キログラムあたり500ベクレル以下としました。

ボクにはこの値が適正かどうか判断する知識は持ち合わせていませんが、諸外国の基準と比べずいぶん高い基準にしたようです。

秋田の生産組合では自主的に1キログラムあたり5ベクレル以下としたところもあったようです。

画像

放射線量、世界基準との比較表1

画像

放射線量、世界基準との比較表2

穫り入れまであとひと月半くらいでしょうか?日本中が祈るような気持ちで見守っています。