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・・・とはウェールズの言葉で《頂上》を意味します。
フランク・ロイド・ライトの建築作品にタリアセンと呼ばれる《学校》があります。
建築教育的な活動をした施設なんですが、ライトが仕事のナイ時に建築を教え、収入を得るために創ったトコロ。

この建築は、しばしライトの最高傑作と呼ばれることがあります。
建築家のポール・ルドルフやフィリップ・ジョンソンなどもライト作品の中で特に傑出していると評しているホド。

なので、タリアセン=頂上が、作品としての最高峰と置き換えられてしまうこともあります。
但し、ライト自身は《頂上》を生み出すフィールドとして名付けたようです。


さて、今日は知人の依頼で郊外の某マンションの管理組合(理事会)に出席してきました。
完成から10年目を来年に控え、長期的な修繕プランなどを管理会社に委託するらしいのですが、その建築的なアドヴァイザーとして意見を述べて欲しいというのです。

専門家だから?というだけのことですが。
まあ、この話題ははいずれ、、また。



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もー終わってしまいましたが、シルバーウィーク前に青山のプリズミックギャラリーで《成瀬友梨+猪熊純 プロジェクト展》を観てきました。

http://www.prismic.co.jp/gallery/gallery_works28.htm

このギャラリーはマンションの一室なんですが、内装と家具は建築家菊地宏氏のデザインです。
窓いっぱいに青山霊園の緑が広がる、けっこう落ち着く~~ロケーション。

建築系の個人展示が多い、ちょっとした穴場。

特に、まだまだ若手や新鋭の建築家が出展するので、そのデザインワークやビジネススタイルを知る良い空間でもあるんです。

パースや図面、建築模型など「こういうヤリカタもあったんか」とか「あ~やられたなあ」なんて、チト歪んだ(笑)視点で観ることも。

今回は、建築作品だけでなく、家具製作にも力を入れているという設計事務所サンなんで、そういった面も楽しめました。
(+ベンキョウになりました)

但し、スペースが狭いんで制約は多いんでしょうが、もっとギャラリーいっぱいにデコレートした展示があっても、ヨカッタかなあ。


で、帰りはすぐ近くのベルコモンズでシボネに寄り道して。

http://www.cibone.com/

ついでに無印をひやかして。

表参道ヒルズの北欧デザインハウスを覗きました。

http://www.e-sfs.com/omotesando/index.html


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今日はミーティングも現場もスケジュールもなくて、ランチの後、1人オフィスでミースのDVDを観ていた。

今日は雨で、ブラインドを少し上向きにして、ディスプレイに映るミースの建築をぼんやりと眺めた。

オフィスには模型が溢れていて、設計中のプロジェクトは同じ5つの《敷地》に5つのパターンで違う建築が《建って》いる。
1/20スケールのある室の模型は2つ積み重ねてプリンターの上を占拠しているし、現場監理を担当している某プラントは同じ模型を4つ無印の紙袋に詰め込んでいる。

建築模型を造る時、まず思い描くのは《形態》で、それが《機能》するかが必ずバックボーンにあることを知る。

『形態と機能なのであり、両者を引き離し、引き裂いてしまう科学的分析に落ち込んではいけない。
それを結びつけたい』
と、ライトは言っている。


レイクショアドライブは好きなミース建築のひとつだ。
ミースは鉄を見事に形態的機能に昇華させている。
明快なグリッドはストラクチャーを単純化させているだけでなく、鉄の持つイメージを決定的に変えている。

『コンクリートは徐々に好きになった。鉄はほどほどに好きだ』
ルイス・カーンはそう言ったが、鉄が自然を支配していたり、事象に反しているとは思わない。

I・M・ベイはレイクショアドライブについて『機械化された社会がものを製造し建設する方法が、もっとも完全な形であの建物で表現されている』と語った。

『機能とは近代建築におけるフランケンシュタインのようなものだ。
そこで建築家はじっと座して機能が何かを生み出すことを待っていたが、何も起こってはいない』
サーリネンは、機能を過信してはいけない、機能が人間を幸福にするとは限らない、ということを言っているのだろうか。
これは現代のデジタルツールと同じだ。


ウィトルウィルスのお陰で、私たちは古代ローマ時代のテクノロジーを知ることができる。
彼らは、自然の力だけで、都市の中に噴水や水飲み場を造り、市民の為にパン工場を稼働させていた。
建築の定義とは、『すなわち美・用そして強である』
(「建築十書」より)


今日から10月。。。もー秋ですね。
何の秋?
食欲?
スポーツ?
アート?
読書?
近所の柿の木にはイガイガがいっぱい。


さて。
「アニメの殿堂」「国営漫画喫茶」と呼ばれた某メディアセンターの建設がオクラ入りになりました。
政権が変わるって、やっぱりスゴイな。
もし自民が勝っていたら、すんなり建設してたでしょうし。

個人的には、ヨカッタかなと思ってます。
一応建築にかかわっているヒトなんで、業界的にはハコモノだってダムだってどんどん造ってもらった方がイイんですよね。
でも、不必要なモノを造っても、結果ムナシイでしょ。

今回は、ドンと施設を造るより、人材育成したり、教育機関へ助成した方が、有効活用ですネ。
まず、才能を育てる・・・ヒトを創る方が大事です。

あまり話題にはならなかったけど、ある建築家のグループではもし今回の施設に関する設計コンペがあっても辞退する・・・と表明していたトコもあるんですナ。

まあ、いろんな考えはあるとは思いますが。
今日、とある雑誌で東山紀之サンにエッセイを読みました。

かなり前、舞台で光源氏を演じた時、稽古中控室で《やきそばパン》食べていたら、女優の山岡久乃さんが入ってきて。
開口一番「あなた!なんていうものをたべているのっ」と怒られた・・・というハナシです。

それ以来、《やきそばパン》は口にしていない。。とか。

山岡さんが怒った理由が、わかります?

理由を聞いた東山さんに、「光源氏が食べるものですか、それは」と。

つまり、役者はその役を演じる以上、自分にその人物を投影させなければならない・・・。
光源氏を演じるなら、この舞台がある空間では光源氏でなくてはいけない。

そういうコトなんですね。


コレを読んで考えたのが、職業的品格ということ。
役者というのはまた特殊な存在ですけど、どんな職業にも《コレは譲れない》とか《許されない》ラインはあるハズです。

そういった職業的品格が、今どこか忘れさられているような気がします。
効率や経済性、エコロジカルな視点が優先され、とにかく結果が○なら、その過程はどうでもイイ・・・みたいなね。

だけどソレでいーんだろうか??

個人的には設計図面を描く時に、かなりレイアウトを重視します。
あまり余白を作らないように、スカスカな図面はダイキライ。
文字も大きさにアクセントを付けて、フォントも選びます。
(ウチは明朝体は基本、使いません)
それと設計図面は複数になるので、ストーリー性というか、流れも大事だと考えています。
関連あるパートをつなげて、見る人が違和感なく理解できるように。

いわゆる技術的なモノですから、↑みたいなものはあまり関係ないんですよね…ほんとは。
結果、間違いが無ければイイんだし。

でも、やっぱりそういったトコにもこだわらならいと、結局完成する建築も中途半端になりそうな気がするんです。

だけど、職業的品格をどこまで追求できているかな~~って、チト疑問に感じることも。。。あるんですな~。