鴨長明の名作「方丈記」は、「無常」を綴ったエッセイであると言われる。「人」も「住処」も、流れる川のように流転し、過ぎ去ってしまうものであると言う。それは、平安時代・貴族の時代から鎌倉時代・武士の時代へと移り変わる時代状況を大きく反映したものである。私は昭和30年代から平成20年代末へと世相を観察して来たが、「方丈記」に見られる様な消滅的無常観(関口忠男大東文化大名誉教授)を感じた事は無かった。例えば、昭和40年代の埼玉県「東大宮駅」は木造の駅舎で、周辺には昔からの民家が点在しているだけだったが、今日ではビルや商店街が立ち並ぶ市街地である。多くの人の葬式にも立ち会ってきたが、絶望的無常観を感じる事なく生きてくる事が出来た。人が死んでも葬式も出せず、家々に火を放つ戦乱の巷からは、当然の事として絶望的無常観が生まれて来るのだろう。とは言うものの、例えば「越後湯沢のバブル期後のリゾートマンション群」はゴーストタウンのようだったし、南会津八総鉱山跡の魚が浮いていた公害期の河川など、絶望的無常観を呼び起こす景観もあり得る。
絶望的無常観は旨くいかない社会からは容易に生まれ得るのだ。